舞の行方　作：はにわ改

　
ーーその日、世界大会は予定通り八戦ある一回戦の内、トーナメントの左ブロックに当たる四回戦が進められ、日本校を含めた勝ち上がり組は、次の二回戦へと駒を進めた。
ちなみに久遠のいるワシントン校は右ブロックとなり、明日登場することとなる。
もし日本校とワシントン校が当たるとすれば、それは決勝。
ある意味で両雄が望む形でその雌雄を決することとなる。

ーーだが一日目のデュエルにおいて、観客にも、そして他の参加校にも鮮烈な印象を与えたのはやはり、新参アラスカ校の、ニューヨーク校を完膚無きまでに叩き潰したその試合であろう。
ワシントン校の分校として、デュエル・アカデミアの名門校として、語られるニューヨーク校がまさかの大敗に驚きつつも、観客たちは嵐の予感と口にする者もいる。

そんなアラスカ校と２回戦で戦うのが日本校。

果たして日本校は、アラスカ校を退け、決勝への大きな一歩を踏み出せるのだろうかーー。





ーーその日の夜。
現・神楽坂財閥の本拠地となる、本社ビル。
その最上階の一室にて、極秘の会合が執り行われていた。

円型の巨大なテーブルの外周を埋めるように席に着くのは、中央奥に座る神楽坂宗介を始め、それに連なる幹部、同じ財界の著名人、更には警察・軍に属する高官、計十六名。
更にテーブルの中心に三角形を作るように置かれた三台のＰＣ。
その画面は縦に五つ区分され、その中に各一人の姿が映し出されている。
首から上は意図的に見切れていて、顔を見ることは出来ないが、
その五人は正にこの世の流れを操作する、権力者の面々だ。

そして唯一、席に着かず扉前に立つのは、日本校・ワシントン校の引率である、クロエ・クリスの両名。

今日、こうして極秘の会合を開く事になったのは、今、アメリカの各地で起きている誘拐事件について、
そして近付くある『計画』の実行について話し合うためである。

「ーー皆さん、御多忙の中をこうして一堂に会する機会をお作り頂き、私、神楽坂宗介より御礼を申し上げさせて頂きます」

宗介が立ち上がり、深々と頭を下げる。
対して礼を返す者もあれば、憮然とした態度で無反応な者もおり、人それぞれである。

『ーー挨拶は結構。
我々とて暇ではない。
早速、本題に入っていただこう』

画面の中の五人、中央に位置する人間が低音の声を響かせる。

「その前にーーマナセリア君。
暗木くんの一件は解決しそうなのかね？」

「……申し訳ありません。
未だ、解決の目処は見えていない状態です」

口を開いたのは警察幹部の人間。
マナセリアこと、クロエが答えた。

「ーー全く、この大事な時期に夜出歩いて、まんまと『敵』の手に落ちるとは、呆れた醜態だな」

「ーー返す言葉も……ございません。
上官である私の不足の成すところでございます」

次に軍の高官。
クロエ、そしてクリスが深々と腰を折った。

「そうでなくとも、我が合衆国内でのデュエリスト行方不明事件は後を絶えん！
マスコミや市民に何と説明したらいいのかね！」

「奴らの侵攻を食い止めるために、君らの機関が存在するというのに、全く抑止力にすらなっていないとはな！
君たちの存在意義を疑わずにはいられんよ」

警察・軍の高官による非難に、クリスが思わず唇を噛むが、クロエが小さく呼び掛けて爆発しそうなものを抑えさせた。

「ーーまあまあ。
彼女たちの機関とて、少ない人員で事にあたって下さっているのです。
それに彼女たちがいなければ、被害は更に膨らむ事でしょう」

「しかし、だね……Ｍｒカグラザカ」

「それにこれは本来、我々が全員一丸となって立ち向かわなければならない問題。
その意味でも我々は彼女たちのバックアップに協力しようではありませんか」

今会合の議長である宗介が口を挟み、高官二人は納得のいかない表情を見せつつも、それ以上は語らなかった。
クロエが宗介に向けて、小さく頭を下げる。

「ーーさて、本題に入りましょう。

例の『計画』の実行について、最終的な確認、及び皆様の了解を取りたいと存じますがーー」

宗介が議題を進行させる。

『ーーマナセリア君。
計画の遂行にあたって、万事抜かりはなかろうな？』

また画面の中の中央の人物が口を開いた。

「ーーはい。
……今大会が終わり次第、『選ばれたデュエリスト』を率いて直ちに実行に移します。
準備は……抜かりなく」

『ーー結構。
ならば、皆の決を取る必要はない。
その通りに事を運んでくれたまえ』

「……了解、致しました」

その一言で、何を話すこともなく、決議された。
元より『計画』の実行は必要不可欠な事であり、意義を唱える者がいようはずもない。
宗介が皆の顔を確認し、最後に一つ、頷いてみせた。

『ーー時に、マナセリア君。
暗木くんの事については、我々も軽視できない問題と捉えている。
計画の遂行前に救出することは可能なのかね？』

「それはーー」

同じく中央の人物に尋ねられて、クロエは言葉を詰まらせた。
何かを躊躇っているーーそんな表情に、一同の視線が集中する。

『仮にーー既に手遅れだとするなら……暗木くんを失うのはかなりの損失だ。
“選ばれし者”にその損失を埋めるだけの狭量はあるのだろうな？』

「ーーご心配には及びません。
我々の機関が揃えた人材は、必ずや我々のあるべき世界を救ってくれる事でしょう」

『……希望的観測を聞きたいとは、誰も言ってないのだがな』

「ーーそれに暗木は恐らく、殺されてはいません」

『ほう……何故、そう言い切れる？』

画面の人物とクロエとの対話。
集まった一同と、クリスは押し黙るようにして聞き入っている。

「ーーこれまでの奴らについて知り得た事に従うなら、奴らは捕らえたデュエリストを何らかの方法で洗脳し、自らの手駒に加えております」

『ふむ……』

「加えてプロデュエリストばかりを狙うのは、奴らも洗脳するべき者を厳選している、ということ。
ならばーー暗木ほどのデュエリストをそう易々と殺したりはしないはずです」

『……なるほど。

しかし、だ。
君のその考察に従うなら、より悪い状況というのが見えてくるわけだがーー』

「……はい、もし暗木が洗脳され、奴らの側に堕ちたならばーー最悪の敵と成りうるでしょう」

『そうなったら……どうするのかね？』

聞かれたクロエ。
一つ大きく呑み込むと、切れ長の眼差しに一際、力を宿らせた。

「その時はーー私の手で暗木を葬ります」

そう一言。

面々がざわつく。
画面の中の人間も何も言葉を発しない。

「ーーそうなる前に、救出出来るよう尽力致します」

付け加えたクロエ。
画面の人間はやはり黙ったままであるが、やや間を置いてから最終的な結論を述べ始めた。

『ーー本時刻より四十八時間以内に暗木くんを救出したまえ。
それが出来ない場合は軍と警察に協力してもらい、事にあたってもらう事とする』

「お、お言葉ですが！
そんなことをすれば何も知らない市民の不安を煽る事にも成りかねますがーー」

クリスが思わず口を挟んだ。

『致し方あるまい。
優先順位を考えた上での結論だ。

無論、その場合は君たちに責任をとってもらう』

「し、しかしーー」

クリスが更に言い返そうとしたところで、自分の進路を遮るように横に伸びたクロエの腕が、それを制止させた。

「ーーわかりました。
四十八時間以内に、必ず暗木を救出します」

「く、クロエーー」

『うむ、結構。

ーー我々もこれで君たちには期待している。
是非、いい報せを聞かせてくれたまえ』

「はい……っ！」

クロエが強い決意を持って頷いた。

ーーそれから小一時間、別の議題についての話し合いの後、この極秘会合は閉幕した。


「ーークロエ、どうするつもりだ」

その帰り。
共に廊下を歩きながら、クリスが顔色を窺うようにしながらクロエに訊いた。

「……帰り、私の部屋に寄ってくれ」

「それは構わないがーー」

「そこで話す。
私の『策』をな。

ーー刹那、久遠、シェリルにも話を通しておいた方がいいだろう」

「……分かった。
久遠とシェリルには私から呼び掛けておこう」

「……やむを得ない……か」

クロエが一瞬眉間にしわを寄せる。

誘拐された舞を助け出すためのクロエの非情の策とはーー。





ーー同刻。
刹那に同行した神楽坂家の待女長・蓮華の部屋に、遅れて日本からフライトを経て到着した彼女の部下四人がその姿を見せていた。

「……長距離の移動、ご苦労様。
早速ですが、状況に入って頂きます」

集まった四人。
『桔梗（ききょう）』。
『桜』。
『芙蓉（ふよう）』。
『椿（つばき）』。

彼女たちは待女長・蓮華を筆頭とする神楽坂家のメイドたちであるが、それはある意味では仮の姿。
今日の彼女たちは、目立たない黒を基調とした上下の服に身を包み、
今は外しているが、ここに来たときは皆、帽子とサングラスをつけていた。
まるで顔を覆い隠すかのように。

「あなたたち四人をリーダーとして、四班に散開。
今大会にて『選ばれた者』の護衛、警護をお願いします」

蓮華のその指令に、四人が右手を額に当てた敬礼で了解の意を表す。

「ーーお嬢様の警護は引き続き私が務めます。
加えて『機関』より協力の要請がある場合は、臨機応変に対応して下さい。

ーー以上」

蓮華がそう言い終えると、四人は即座に行動に移る。
足早に退室した彼女たちは本時刻より『状況に入った』。
蓮華から言い渡された指令を、遂行するのみ。
それが彼女たちの職務である。

蓮華もまた然り。
彼女が刹那に付いてここに来た時から自分のやるべき事は認識している。

それはーー『計画』の遂行日時まで神楽坂姉妹の身を警護すること。

例えーー己の身と引き換えになろうとも。

ひいてはそれが『世界』のため、なのだからーー。