意外な幕切れ　作：はにわ改

　
「へ・・・？『サレンダー』？」

「ーーええ」

ーー透矢とシェリルの練習デュエル。
ライフを僅かに残し、今度はシェリルが如何に耐えるか、あるいは逆転の道を見出だすか、という局面で突如それは告げられた。
シェリルがデッキの上に掌を被せ、何かを口にした。
透矢は英語が分からないから、刹那の通訳を待っていたのだが、その刹那も驚いたのか、少し間を挟んでの通訳となった。

そして透矢もまさか、の結末に拍子抜けしたような顔色を見せた。

何と、シェリルは投了、サレンダーしたのである。

「さ、サレンダーか。
あんまりされたことないから、びっくりしちまったよ」

「・・・うん」

「状況を打破出来るカードが引けなかった、ってことかーー？」

「そう・・・でしょうね」

透矢の声に頷く刹那だが、本心は違う。
刹那は既にこのサレンダーに秘めたシェリルの思惑を読み取っていた。

「（ーーさすが、シェリル。
いくら練習とはいえ、デュエリストならば、そのプライドに賭けて、
勝ちに行ける場面なら、構わずそうするのが普通なのにーー）」

刹那は、シェリルが最後のドローをした時の久遠の表情、
そして突然自ら幕を引いたシェリルの行動から見抜いた。

シェリルは引いていたのだ。
『あのカード』をーー。

「（見事な幕引き・・・だったわ、シェリルーー）」

カードをさっさと片付けているシェリルを見つめる刹那。

恐らく勝てるはずの場面で、敢えて敗北を選んだシェリル。
その思惑や如何に。

『ーーどういうこと、シェリル？
何故サレンダーしたの？』

一方、久遠はシェリルにサレンダーの理由を問い詰めていた。
久遠はシェリルの最後のドローカードを見ている。
故に、納得がいかないようだ。

『ーー彼の実力はある程度、分かった。
何も無理して勝ちに行く必要はない』

淡々とカードを片付け、ホルダーに仕舞うシェリル。
その表情に敗北の悔しさなどは微塵にも見られない。

『それに彼とは世界大会で戦うかもしれないんだ。
たかが練習デュエルに、手の内の全てを見せるほど愚かではない。

ーーまぁ、手の内を晒してないのは彼も同じだろうがな』

久遠の問いに答えながら、シェリルは透矢を見た。

『ふふ・・・不謹慎かもしれないが、“大事”の前に楽しめそうな相手に巡り会えたな』

そして今まで悪く言えば無愛想だった顔が、柔らかい微笑みを見せた。
透矢はそうされて少し目を見開いていたが、すぐにシェリルも元の冷めた表情に戻した。

『でもシェリル・・・っ』

『もう止せ。
お前がそうやってあれこれ言ったら、彼が私のサレンダーに疑いを持つ。

ーー今日のところは華を持たせてやれ』

『うー・・・』

久遠を置いて、デュエル・テーブルから離れるシェリル。
この結末に不満なのか、久遠は口を尖らせていた。



『わぉ・・・シェリルが負けた。
初見で戦って、シェリルが負けるのを見たの、初めてかも』

ーーこのデュエルを観戦していたクリスたち。
そのクリスが最強、と評価する一人、メリッサがただただ意外そうに今回の結果を受け止めていた。

『ーーメリッサ。
今の場面、もしお前が最後のドローで勝てる手札を引いていたら、勝ちに行っていたか？』

『ふえ？
もちろん、勝ちにいきますけど？』

『ははは、お前らしいな』

『・・・？？』

クリスは『全てを知った』上で、メリッサにそんな質問をしてみると、
聞かれた彼女は何でそんな当たり前の事を聞くのか、と訝しむ。
クリスがそんな素直なメリッサの反応を見て笑うと、アルフレッドも小さく笑って見せた。


ーー互いにデュエル場から下りた透矢とシェリルは、クリスの元で落ち合い、自然な流れで握手を交わした。

「ーーアリガト」

「あ、ああっ！
またやろうな！」

デュエル前の挨拶の時と同じく、わざわざ不馴れな日本語を使ってくれたシェリル。
そんな彼女に透矢も明るい笑顔で応えた。
当然だが、透矢は彼女の真意に気が付いていない。

「すっごいよ、透矢くん！
本校では敵なしのシェリルに勝つなんて！」

「いや、たまたまさ。
最後だってもし良い引きされてたら、普通に危なかったし」

「あはは、そうだね！」

透矢の勝ちを、祝福する久遠。
だが最後の笑顔には、何か含んだものがあるような笑い方であった。

「ーー透矢くん、お疲れ様。
私の我が儘に付き合ってくれてありがとう」

次にクリスが横から透矢を労う。

「あ、いえ。
俺も楽しかったし・・・」

「ははは。
楽しんでくれたのなら、私としても嬉しい。
それに君の実力はこの目で見させてもらった。
もちろん、あれが全てではないだろうが、想像を超える素晴らしいものだったよ」

「そんな、大袈裟っすよ」

「世界大会、君の活躍を期待させてもらうよ。
是非、アルフレッドとのＴ・Ｆモンスター対決を見たいものだ」

「はい！望むところです！」

両手で力の篭った握手を交わしながら、クリスが透矢に絶賛の声を浴びせる。
謙虚に応じていた透矢ではあるが、最後の掛け声は、アルフレッドとお互いを見合いながら力を込めた。

「ーーなぁ、もういいだろ？
あたしゃ今日、観たいテレビがあるんだ。
そろそろ解散しよーや」

「まったく、舞っ。
お前って奴はーー」

くわえタバコのまま肩をすくめて、
堪えきれない惰性を漏らす舞。
クリスは呆れた表情を見せ、久遠は可笑しそうに微笑んだ。

「まぁ、確かに時間も時間だし、解散するとしようか」

『えーっ？！
次は私がデュエルじゃないんですか？』

『今日はもうダメだ。
我慢しろ』

『しょぼーん・・・』

『心配しなくても、お前には明日から死ぬほどデュエルさせてやる』

クリスの言葉に、メリッサが訴えかけるものの、叱られた子供のように落ち込んでしまう。
ただ仲の良さそうな雰囲気は伝わり、英語の意味は分からずとも透矢には何となくそれを感じる事はできた。

「ーー久遠、今日は色々、手回し済まなかったな」

「いいえ、このくらい何てことありませんわ」

「刹那も、休日にわざわざ済まなかった」

「いえ、私は何も。
お気になさらないで、クリス先生」

場は解散する流れへと向かい、舞は一足先に外に出ていってしまった。
すると透矢はふと気になった事があり、それを聞いてみる事にする。

「そういえば、クリス、先生はしばらく日本に滞在するんですよね？」

「ああ、そのつもりだが？」

「その間、どこに寝泊まりするんですか？」

「何だ、そんなこと気にしてくれたのか。
私たちはもうホテルに部屋をとっている」

「もう、先生。
私たちの家に入らしてくださればいいのに。
ホテルなんて費用が勿体ないですわ」

「いや、そこまで迷惑をかけるわけにもいかない。
なに、たかが一週間程度の滞在だ。
それぐらいの費用ならば問題ない」

久遠や刹那が住む家はとても広い。
３、４人が加わろうと問題ないだろうが、僅かな期間でも迷惑に変わりはなく、クリスはそれを考慮してホテルを予約してあるそうだ。
シェリルとメリッサも同じホテルに泊まるようである。

「早速明日から、君たちのアカデミアにもお邪魔するつもりだ。
その時はよろしく頼むよ、透矢くん」

「はいっ！お待ちしてますよ！」

「ふふ、君と話していると、本当に気分がいいな。
どうだ、真面目にワシントン校に留学しないか？
特別な待遇で迎えてやってもいい」

「先生ったら。
さりげなく強敵を今から引き抜こうとされてませんか？」

「ははは、まぁ正直言えばそれもあるな」

ーー会った当日にクリスに気に入られた透矢。
透矢も言葉の壁はあるものの、やはり同じデュエリスト同士で仲間が増えそうな期待に、素直に心躍らせていた。

かくして既に約束された明日、アカデミアでの再会を楽しみに一同は解散することとなる。
もちろん、全員神楽坂の車で送ってもらうようだ。

ただ今日は最初からそうだったが、刹那の様子がおかしいのを気にかけていた透矢。
だがそれとなく聞いても、彼女は何も答えてはくれなかった。