敗者の定め　作：はにわ改

　
ーー外で起きてる異変に気付くどころか、気にする余裕もない透矢と刹那。
そして今、刹那のターンが終わり、『ラピス』のターンを迎えようとしている。

『ーーお前のエンドフェイズ。
“デザイア”の効果で“グラボイド”を裏側守備で場に帰還させる』

「くそ……っ！
またあのヤバい大型モンスターをっ！」

『ラピス』が自分のターンを迎える前に、抜かりなく『デザイア』の効果を使用。
『Ａ・Ｄ（アビス・ドミネーター）』の中でも、最も厄介な能力とステータスを持つ最上級モンスター、『グラボイド』。
このタイミングで特殊召喚することで、次の『ラピス』のターンで直ぐにその効果を発動出来るから、この動きはある種の定石なのだろう。

『くす……そして我のターン』

そして始まる『ラピス』のターン。

『ラピス』が刹那に死の訪れを予言した、迎えてはならないはずのターンーー。

『スタンバイフェイズ。
“深闇物質（アビス・マター）”、“深淵（アビス）”の２つの効果により、
我は除外している任意のカード１枚を手札に加える』

『深闇物質』はスタンバイフェイズに除外している任意のカードを墓地に戻し、『深淵』はスタンバイフェイズに墓地からランダムにカードを１枚を手札に加える。
墓地が０枚という条件の元、この効果が連動する事により、『ラピス』は毎ターン、任意のカードを加えられるのである。

『言うまでもなかろうが……加えるカードは、“暗黒物質（ダーク・マター）”だ』

「く、くそ……っ！！」

ーー『暗黒物質』。
相手のライフを１００にする凶悪無比のカード。
だがこの効果を受けたプレイヤーに２度続けて発動すると、それは相手のライフを０にするという効果に変わる。
それ故に、このターンを迎えてはいけなかったのだがーー。

『……くす。
娘、お前は全く動じてはいないな？
何か対策を用意しているのか、あるいは覚悟を決めたか？』

「……」

「せ、刹那！」

『ラピス』の問いかけに答えないどころか、表情すら変えない刹那。
その様は秘策を用意しているというよりは、覚悟を決めたそれに近い。
だから、透矢も案じるように声を掛けた。

『さて、“暗黒物質”を発動させたいところだがーーその前に。
先ずは“グラボイド”がこのタイミングで表側守備表示に変わり、効果を発動する』

裏側から表に返り、再び大地の底から姿を現す禍々しい怪物。

『“グラボイド”の効果。
自身の効果でリバースした時、相手は自分のカード１枚につき、５００ポイントのダメージを受ける！』

「（だ、駄目だ……！
先ずこいつの効果からして、俺には対策が用意できてねぇ！
こいつの効果を許しちまったら、俺たちは終わりだ……っ！）」

透矢のフィールドには５枚、刹那のフィールドには３枚。
どちらのライフも１０００を切っているから、当然このダメージには耐えられない。

「（くそ……！ここまでかよっ！！）」

『あるいは仲良く消えるか……？

ーー“クルスタル・コーラプス”！』

『グラボイド』が無数の触手を打ち付けて伸び、それが地底を抜けて透矢たちに迫る。
対策のない透矢に成す術はなく、ただ目を瞑って成り行きを受け入れるしかないーー。

「ーーカウンタートラップ、発動！」

「えっ？！」

「『カオス・ジャッジメント』！」

刹那の目に力が宿り、寸前でリバースカードの１枚を発動させる。
それは『ガブリエル』の効果で手札に加えたカードであり、この状況を打破するものだった。

「相手のモンスター効果が発動した時、自分フィールド上にそのモンスターよりもレベルの高い『混沌』、または『混濁』モンスターが存在する時に発動！
その相手モンスターの効果を無効にして破壊する！」

刹那、決死のカウンタートラップ。
『グラボイド』のレベルは８に対して、刹那の場にいる『ガブリエル』のレベルは９。
発動条件を満たし、同時に『ガブリエル』が両手を横に並べて前に突き出す。
そこから放たれた光と闇の２つのエネルギーがまるでレーザーのように、『グラボイド』を撃ち貫き、粉砕する。

間一髪のところで効果を食い止め、透矢、刹那は無傷。
『ラピス』は特に気にした様子もなく、余裕の笑み。

「刹那……助かったぜ」

「言ったでしょ、私は透矢くんのパートナーだもの。
困ったときはお互い様よ」

「……ああ。
……けど……けどよ……！」

眼前の危機は脱した。
だが透矢はとても手放しに喜ぶことなど出来ないようである。

今の凌ぎはあくまで一時。
そのあとに待ち受けるのは非情な現実。

『くすくす……大した粘りだ、娘。
あるいは今の一撃で二人仲良く昇天かとも思ったが、まだ我を楽しませてくれるのだな』

賞賛の言葉。
だがその口調は、刹那の粘りを無為な行動とあげつらっている。

『だが、どちらにしてもお前はこのターン限りの命だ。
この“暗黒物質”によってお前のライフは確実に尽きる』

『ラピス』が透矢たちに向けてまざまざと見せつけるそのカード。
それが『ラピス』のディスクにセットされれば刹那の命（ライフ）はーー。

「ち、畜生！
よせ、やめろっ！」

『くす……そう言われて、止めると思うか？』

「代わりに俺のライフ全てを奪ってもいい！
だから……だから刹那の命は！」

『くすくすくすくす……あははは！
あははははは！！』

今までにない『ラピス』の高笑いが響く。
自分の命と引き換えにしてでも刹那を助けてほしいという透矢のひたむきな様が、『ラピス』には滑稽としか映らないのだろう。

「ーー透矢くん。
自分の命と引き換えに、だなんて軽々しく口にしないで」

「刹那……」

「自分の命を大事に出来ない人に、他者の命を思いやる資格なんてない。
自分の命と引き換えに他人の命を助けるなんて、そんなの自己満足に過ぎないわ」

刹那の辛辣にして峻厳な言葉に、透矢は言葉を返せない。
傍で佇むラグナシアも、神妙な面持ちで耳を傾けているようだった。

「透矢くん。
私は信じてる。
貴方ならきっとあの『ラピス』を倒して、水花を助けられる。

だから……私の分まで最後まで戦って」

「刹那……！」

穏やかに笑いかけてくれた刹那に、透矢は駆け寄ろうと足を踏み出させるが、刹那はそれを阻むように手の平を突き出す。
透矢はやりようのない思いを、握り手に力を込めて、ただ身体を震わせて表すだけだ。

『くす……講釈は終わったか？
ならば急かせて悪いが……終わりを享受するがいい』

そして遂に発動される『暗黒物質』。
すると前の時と同様に、刹那の身体を黒い霧が包み込む。

「刹那！」

「ーーお嬢様！」

「ま、まずいよ、刹那が！」

透矢の声に続いて、外野の蓮華、舞が声を上げる。
その中でもいち早く危機を察していたクロエは既に動いており、『せめて刹那を救う』ための手段を講じていた。

ーーが、しかし。

「何……『ログアウト』出来ないだとっ！？」

ーー『ログアウト』。
それはある意味、リスクを汲んでの『無理矢理に救出する』事を意味している。
だが電話の先で伝えられたのは、それが出来ないという、この状況に対して追い討ちというべき事。

「まさか……このフィールドの中にいるから、なのか……？」

愕然とさせられたクロエが端末を地面に落とし、液晶が割れて破片が飛び散る。

「私の……私の計算は、『ラピス』が甦っているという想定外によって、全てが破算していた、というのか……」

背中を壁に擦りながら、力なくへたりこむクロエ。

ーーそんな外野の様を視ていた『ラピス』が、哀れ、とせせら笑う。

『くすくす……こんな上物のデュエリストの魂を逃がすと思うか。

ーー『巫女』もこの娘の魂も……全て私のモノだ……。
くすくす……あはははははっ！』

再び高笑いを上げる『ラピス』。
その一方で、『暗黒物質』によって黒い霧に覆われた刹那が、徐々に全身を刺すような痛みに襲われ始め、身を縮めている。

ーーだが、刹那の目はまだ死んでいなかった。
程なく消え行くだろう最後の意識で、『そのカード』を発動させる。

「ーーリバースカードオープン！
『ウィッシュ・ギフト』！」

『何？』

最後のリバースカード。
透矢に最後の希望を託すために、刹那が引き当てたカードである。

「私のモンスター１体のコントロールを相手に移して発動！
その攻撃力か守備力、高い方の数値分のライフを回復し、更に移したモンスターのレベル４毎に、１枚カードをドローする！」

「ライフを回復して、ドロー……？」

その効果を聞かされて、やや困惑気味の透矢。
この段階ではまだ刹那の隠された意思は見えてこない。

「私はこの効果を透矢くんに対して発動！
私の場の『ガブリエル』を透矢くんのフィールドにっ！」

「俺の場にっ？！」

『ウィッシュ・ギフト』の効果が適用されて、刹那の『ガブリエル』が透矢のモンスターゾーンの最後の箇所に移動した。
すなわちこの瞬間から『ガブリエル』のコントロールは透矢が得た事になる。
刹那にとって透矢は味方なれど、ルール上では『相手のフィールド』と見なされるのだ。

「そして私は『ガブリエル』の守備力３４００ポイント分のライフを回復し、カードを２枚ドロー！」

後半の効果が処理されて、刹那のライフは１００から３５００へ、更に手札が２枚増える。
だがここに至ってなお、透矢には刹那のしたい事が見えない。
何故なら、こんな事をしても刹那はーー。

『くすくす……あはははっ！
正気か？娘よ。
いくらライフを回復したところで、“暗黒物質”の効果からは逃れられんぞ？』

『暗黒物質』の効果はライフを０にする効果。
つまりライフが１００だろうと、３５００に回復しようとも結果は変わらないのである。

『それに、ライフを回復したことでお前は更に地獄を見ることになる。

ーー言ったはずだ。
受けるダメージが大きいほど、“痛み”もより苛烈になる、とな』

「せ、刹那！お前、一体……！」

『ラピス』の言う通り、刹那は自ら苦痛を増大させただけである。
透矢も何故、敢えてそんな事をしたのかと眼で訴えかける。

「透矢くん……これも、全て僅かに残された希望を貴方に掴んでもらうためなの」

「希望を……掴む？」

「ーー私は水花に酷い仕打ちをした。
そしてその結果、大事な妹の久遠にまで、こんな目に遭わせてしまっている。

だからーーこれは、私の贖罪でもあるの」

「しょ、贖罪って……」

「後は……お願いね、透矢くん」

刹那が頬に涙を伝わせながら、天を向く。

ーーそして、遂に『痛み』が彼女の身体を鋭く蝕んだ。

「ーーぅうあああっ！
ああぅぐぐっ！
ぅう、うぅうあああああっ！！」

「刹那！」

「ーーお、お嬢様ぁあああっ！」

身を引き裂くような、あまりに痛々しい悲鳴。
刹那のライフカウンターが０に向かって急激にマイナスを刻むが、０になるまでその激痛が終わることはない。

『くすくす……いい声だ』

残虐に笑う『ラピス』。
さながら『ラピス』にしてみれば、それはオペラ歌手の心潤わす至高の歌声である。

やがて刹那は膝を尽き、そのまま床に倒れるのと同時ーー。
ライフカウンターは無情に『０』を刻んだ。
刹那はこの時点でこのデュエルの敗者となったのだ。

「刹那ぁああっ！！」

もはやどんなに大きい声で、何度呼び掛けようとも刹那は応えることはない。
闇のデュエルに於ける敗北は、すなわち『死』。
彼女の命（ライフ）はその名実と共に尽きたのだーー。