アビス・デザイア②　作：はにわ改

　
『ラピス』が発動した罠カード・『深闇物質（アビス・マター）』。
その効果は墓地に存在するカードを全て除外。
しかも『ラピス』の墓地には、ほぼ全てのカードが眠っている。
それを除外してしまえば、通常の感覚で物を語ると、『ラピス』には戦う手段を自ら消し去るのと同意義だ。

『くす……さあ、ここからが始まりだ』

ラピスの口が横に大きく伸びて、笑みを作る。
すると彼女の左手が変化して作られた不気味なデュエル・ディスクの墓地ゾーンから、カードが１枚ずつ飛び出し、それらが宙空をさ迷うように散らばる。
一体何が始まると言うのか、透矢・刹那はただ見守るしかない。

『“深闇物質”の効果の続きだ。
これ以後、我が墓地へ送られるカードは全てゲームから除外される』

墓地のカード全てを除外すると、最後に発動を終えた『深闇物質』そのものもゲームから取り除かれる。
これにより、刹那が発動した『混沌への追放』によって除外されたカードも含めると、除外カードは全部で３９枚。
残る最後の１枚は『ラピス』の場にセットされているカードである。

『くす……最後の１枚』

そのカードを指で摘まみ、それを透矢たちに向けて翻す。

『“アビス・メタイア”、発動』

最後の１枚。
宙空に舞うカードの１枚１枚から黒いエネルギーが発せられて、そのカードに集束する。

『“深淵”、“深闇物質”がその効果を適用している時に発動。
“アビス・デザイア”を我の場に特殊召喚する』

「アビス……デザイア……？」

『アビス・メタイア』に集束した黒いエネルギー。
それが『ラピス』の頭上に巨大な球体を作り出す。
更にその球体から無数の細い管のようなものが周囲に広がりながら伸びて、その先端が『ラピス』の全身に張り付く。

『くす……』

その黒い管が脈打つように動くと、『ラピス』の顔を始めとする露出した肌に、血管が浮き出たかのように起伏を始める。
黒く染まった絵柄もテキストもない不可思議なカード、『アビス・デザイア』。

攻守、更にはレベルまでもが０と表示された。

「な、何なんだ、あれは……」

まるで太陽を連想させるかのようなそれを見上げる透矢。
決定的に違うのは、その太陽はこの世に光をもたらすのではなく、
黒き輝きで世界を闇に満たそうとしているということだ。

「（『アビス・デザイア』……！
『私たちの世界』に突如降臨したという……『黒き太陽』！
これが……これが……！）」

まるで憎いものと対峙したかのように歯を食い縛り、睨み据える刹那。
その様は怒りに奮えているようでもあるが、透矢も同じく黒の球体を目を奪われているせいか、それに気付くことはない。

『くすくす……これこそ全ての“原初”。
この世に真実をもたらす、我らのーーいや、お前たちの母なる神だ』

「母なる神、だって？
何言ってんだ！
そんなわけわからねぇもんが、俺たちの神であってたまるか！」

『ほう……ならば問おう。
お前が考える神とはどんな存在だ？』

「え……そ、そりゃあ……」

訊かれて、透矢の頭の中では神というものが、これまでに自分が見てきた様々な『神』と呼ばれるの姿が漠然と思い浮かぶだけで、直ぐに言葉に出来ない。

『くす……お前たち人間が思い浮かべる神の姿は様々だろうが、共通する点は１つだろう。
即ちそれは光輝く存在である、ということだ』

「だ、だからなんだ。
何が言いたいんだっ！」

『だが光が光として輝けるのは闇があるからこそ。
ならば起源（ルーツ）は果たしてどちらなのだろうな？
光が先か？それとも闇が先か？』

「……？」

何が言いたいのか、未だに見えない透矢。
それを見た『ラピス』が嘲るように笑う。

『くす、お前にこんな話をするだけ無駄か。

ーーまあいい。
お前も我々と同化すれば自ずと見えてくる。
真実は全て“そこ”にあるとな』

「同化、だと？
何だかよく分からねぇが、お前たちの仲間になるのだったら御免だ。
それに今の俺にとって大事なのは、水花を助ける事、だからな！」

『ふ……そうか』

『ラピス』は１つ頷いて、今度は刹那に目を向ける。

『さて……お前のターンだったな。
まだ何かやる事はあるか？』

「……いいえ。
私はこのままターンを終了するわ」

『ラピス』が２枚のカードを発動し、不可解な存在を召喚したせいで勘違いしそうになるが、今は刹那のターンのバトルフェイズ。
刹那は落ち着いた様子でそう告げた。

『そうか。
ならば我はこのタイミングで“アビス・デザイア”の能力を使わせてもらう』

「相手ターンで発動出来る能力だというの？」

『互いのターンに１度、我は“Ａ・Ｄ”モンスターを裏側表示で特殊召喚出来る。

ーー我は“グラボイド”を除外ゾーンから帰還させる』

『アビス・デザイア』の能力の一端が明かされる。
それにより、宙空に舞うカードの１枚が『ラピス』のモンスターゾーンに裏側守備表示で置かれる。

「お互い、って事はあいつのターンと、俺と刹那のターンで合計三回も特殊召喚出来るのか！」

「しかも『Ａ・D』限定とはいえ、好きなモンスターを……！
厄介な能力だわ」

その能力だけでも驚異を覚えさせられる『アビス・デザイア』の力。
だが『ラピス』は声には出さねど、そんな二人を嘲笑う。
この特殊召喚能力など、『アビス・デザイア』に秘められた更なる力に比べれば、何と小さいものであるか、とーー。