『能力解放』　作：はにわ改

　
ーークリスがクロエより、舞の居場所を聞き、助けに向かっている頃。

透矢・刹那・久遠・蓮華の四人もまた、前に進んでいた。
正面を刹那と久遠のツートップが固め、背後は蓮華が死守。
そして透矢はその間を走るという態勢。

ーーだが、透矢は敵を打ち倒す３人の姿に焦燥とする心を内に感じずにはいられなかった。

「（くそ……っ、俺は何のために付いてきてんだっ！？
俺は何も出来ねぇのかよっ！）」

確かに敵を倒し、前に進むことは出来ている。
だが自分が居なければ、もっと速く進軍出来るのではないか。
いや、もっと言えば、自分が少しでも手伝うことが出来るならばーー。

「（水花を……舞先生を助けなきゃなんねぇのに……くそぉっ！）」

しかしいくら足手まといとはいっても、今さら帰るなどという事は出来ない。
もはや最後まで付いていくしかない。
透矢に出来る事はそれぐらいなのだ。

ーーそんな中、前を行く刹那と久遠が突然足を止める。
透矢、蓮華がそれに合わせて足を止めると、その正面には『黒の一団』が『Ｒ・Ｅ・Ｃ』の能力によって召喚した、筋骨隆々の巨大な体躯を持つ赤い悪魔が立ちはだかっていた。

ーー『絶対服従魔人』。

胸の部分には縦に牙が並ぶ二つ目の口があり、そこが唾液を滴らせながら開かれて奥を覗かせる。

「ーーくっ。
中々、厄介なモンスターを呼んでくれるわね！」

「あのモンスターは自分からは動けないけど、壁として使うにはもってこいだわ。
こちらも柔なモンスターでは、太刀打ち出来ないかーー」

ここまで快調に道を切り開いてきた、刹那と久遠が初めて行き詰まる。
『絶対服従魔人』はゲームの中でも非常に使い辛いデメリットを持つ効果モンスターであるが、その攻守共に非常に高水準なステータスを持つ。
単騎で立ち向かい、真っ向から倒せるモンスターはそうはいない。

「ーー面倒だわ！
手っ取り早く、私の『混沌魔神（カオス・デビル）』でーー」

「待って、久遠！
こんなところでそんな強力なモンスターを呼んだら、壁が崩れるかもしれないわ」

「でもお姉さま！
それならどうすればいいの！」

刹那と久遠が戦略を練っている間、蓮華は後ろから現れる敵たちの迎撃を担っている。
やはり蚊帳の外なのは透矢。
だがそんな彼に危険が間近に迫っていた。

ーー実は『黒の一団』は『絶対服従魔人』を壁として置きながら、『あるモンスター』を放っていた。
それは水の中を泳ぎ、刹那と久遠の目を盗んでその横を通りすぎる。

「くそ……っ、俺も何とか力に！」

透矢は何の準備もなく連れてこられた。
だがデュエル・ディスクとデッキは身体の一部同然に装着している。

ーー何とか自分も手伝いたい！

その思いが彼にカードを引かせる。
だがそのカード、『白銀の盾』を試しにデュエル・ディスクに置いてみるも、それが実体化することはない。

「駄目か……！」

刹那は自分にも、同じ能力が使えるような事を口にしていたが、
これまでそんな事が出来た事もなければ、自分にそんな能力があるなどと考えた事すらない。

「ーー『ラグナシア』……」

デッキから『女帝の聖杖』を取り出し、その名を呼びながら見つめる。
カードに描かれた彼女が自分に見つめ返してはくるが、それが現実的なものになることはない。

ーーそんな思い悩む彼に、現実となった脅威が遂に襲い掛かる。
目の前の川の水に突然、不自然な泡が膨れ上がり、それに気付いた透矢が何事かとじっと見つめる。

すると次の瞬間、水の中から飛び出してきたのは、鋭利な牙を歯並びよく並べ添えた魚。

ーー『ピラニア』である。

「ーーうわぁっ！」

打ち出されたように自分に突っ込んでくるその魚を、何とか横に体を避わすと、その魚はその勢いのまま壁に激突し、地面に落ちる。

「こ、これもモンスターなのか？！

ーーはっ！」

地面の上で跳ねる魚。
まさか、ここに元々住んでいたものではあるまい、と。

そして再び水の方へ目を遣ると、同じ魚が何匹も顔を覗かせて透矢を睨み付ける。

「ーーぐ、『軍隊ピラニア』だ！」

『ーー透矢くんっ！？』

「遊戦名様っ！」

透矢が叫ぶ。

異変に気付いた刹那、久遠が声を合わせ、更に蓮華も後続を食い止めながら透矢の方を向く。

だが時既に遅く、『軍隊ピラニア』たちは一斉に群れを為して透矢へに向かって水から飛び出す。

「ーー駄目、そいつの『直接攻撃』を喰らっては！」

「逃げて、透矢くん！」

刹那、久遠が続けて声を発するが、狭い通路の上では回避行動もかなり制限される。

「うわぁああああっ！」

成す術のない透矢は尻餅を付きながら、思わずデュエル・ディスクを盾にするように自分の身体を庇う。
鋭利な牙たちが透矢に食い付こうと迫ったーー。

ーーが、その時、奇跡は起こる。

デュエル・ディスクにセットされた『白銀の盾』。
それが突如透矢の目の前に現れると、持っていた盾で『軍隊ピラニア』たちを弾き落とす。
そして更に水から飛び出してきた同じモンスターを、自らの剣で一閃、二閃と振るい、それらをまとめて斬り払った。

『ーーマスター、大丈夫ですか』

「へ……？」

ーーもう駄目だ。

完全に諦めていた透矢は頑なに目を閉ざし、自分が助けられた事に気付いていない。
だが優しい声が耳に響き、ゆっくり目を開いていくと、
そこには穏やかな笑顔を見せる『白銀の盾』の姿。

「あ、『アリアス』……？」

『良かった……マスター』

いつもデュエルの度に、自分に向けてくれているその安心させてくれる笑顔。
そして今は、前に何度か聞いたその声も聞こえ、『現実的な形』として自分を護ってくれた。

「カードを実体化させた……？」

「透矢くん……！」

驚く久遠と、安心しつつ、自分の見立て通りに力を目覚めさせた透矢に、頷きながら笑う刹那。

「本当に……『アリアス』か？

立体映像……じゃないのか？」

差し出された『アリアス』の右手。

透矢がその手を取ると、彼女が起き上がらせてくれる。
その手には確かな感触と『温かさ』が伴っていた。

「『アリアス』……本当に『アリアス』なのかーー？」

呼び掛ける透矢に、頷いた『アリアス』。
だが突然激痛に襲われたかのように顔を歪めると、胸を押さえてしゃがみ込んでしまう『アリアス』。

「あ、『アリアス』、どうしたっ！？」

苦悶の表情で呼吸を繰り返す『アリアス』。
透矢が何事か、とその両肩に手を置いて案ずる。

（ーー早く、『アリアス』のカードにお前の手を置け！）

「ーーえっ？！
ら、『ラグナシア』っ！？」

（早くしろ！
『アリアス』の身体が持たないぞ！）

不意に頭に鳴り響いた『ラグナシア』の声。
透矢の中で、今起こっている出来事の整理が付いていないものの、
とにかく今は『ラグナシア』の言う通りにディスクの『白銀の盾』のカードの上に、手を添えた透矢。

するとその手の平の下から光が漏れて、それがしゃがみこむ『アリアス』へと流れ込む。
その光を浴びた『アリアス』は徐々に呼吸を落ち着けていき、すぐにまた穏やかな笑顔を透矢に向けた。

「『アリアス』……」

（ーー無茶をしてくれる。
危うく『死ぬ』ところだぞ、『アリアス』）

気遣う透矢の後に、『ラグナシア』の声が響くと、『アリアス』が頭を下げる。

「どういう事なんだ、『ラグナシア』？」

（今、『アリアス』は己の『活力』のみで『実体化』を果たした。
前に、私がお前の前で姿を見せた時と同じように）

「『実体化』を……？」

（だが、我々は己の『活力』のみでは長く『実体化』していられない。
そこでマスターであるお前の力が必要不可欠となる）

「俺の力が？」

（まだお前には早いと思ったがーー事態がこうなってはやむを得まい。

ーー透矢、お前も我々を『実体化』させて戦い、この状況を乗り切れ）

「俺にも……出来るのか？
刹那や久遠みたいに……」

透矢が信じられない、という表情を見せると、『アリアス』が立ち上がり、それを肯定するように頷く。

そして透矢はまだ不安はありながら、『アリアス』と共に刹那・久遠と並び立つ。

「透矢くん……『Ｒ・Ｅ・Ｃ』の力が使えるように？」

「（訓練もなしに……さすがは『あの女性（ひと）』が選んだデュエリスト！）」

デュエル・ディスクによるものではない、完全に『実体化』を果たした『アリアス』。
それを見た久遠が驚き、刹那は何かを確信するように頷いている。

「刹那、久遠。
まだ、やり方はよく分かってないけど……ここからは俺も手伝うぜ！」

色々と理解し難い出来事が自分の身に起きている。
だが今だけはこの流れに乗るしかない、と透矢は吹っ切る。

刹那と久遠もそれに頷き、これからは透矢を含めた全員で戦う意志を固めた。

「ーーでも、気をつけて、透矢くん。
透矢くんも知ってると思うけど、あのモンスターはそう簡単には突破できないわ」

立ちはだかる『絶対服従魔人』。
これ以上手をこまねいていては、またさっきのような奇襲を狙われてしまうかもしれない。

「やっぱり、強力な魔法カードで一気に突破するしかーー」

「でも、久遠。
敵がどのくらいいるか分からないのに、あまり大きく消耗するカードは使いたくないわ」

「お姉さま……じゃあ、どうしたらーー」

刹那と久遠が話していると、ふと透矢が自分のデッキの中の１枚が光っているのが見える。
それをおもむろに引き抜いてみせると、そのカードにはっとさせられる。

「ーー『ベアトリーチェ』」

引いたカードは『影縫いの微刃』。
そのカードが光り輝くのは、自分に対する訴えだと察する。

「分かった……お前の力を借りるぜ！」

透矢が決断すると、まず『白銀の盾』をディスクから外し、その場所に『影縫いの微刃』をセットする。
すると『アリアス』と入れ替わるように、透矢の足元に膝を折った状態で現れる黒ずくめの女。
デュエルにおいては様々な効果で透矢をサポートする、上級モンスターである。

「透矢くん、何するつもり？」

刹那が訊く。

「ーー『影縫いの微刃』の力を発動！」

刹那の疑問に、行動で示す透矢。
ディスクにセットした『影縫いの微刃』を墓地ゾーンへと送る。
すると足元でひざまずいていた『ベアトリーチェ』が、地面の影に沈むように姿を消してしまう。
そして地面の『影』が『絶対服従魔人』に向かって伸びるという不可思議な動きをすると、それが敵の影へと同化する。

ーー同時。

『絶対服従魔人』の影全体から伸びた黒い帯のようなものが、その巨体に絡み付き締め上げる。

「ーーそうか。
『影縫いの微刃』には相手モンスターの攻撃力を下げる効果がある……！」

刹那が思い出す。
透矢がよく使う効果でもあるから、記憶に強く刻まれてもいた。

「今だ！刹那、久遠！」

叫ぶ透矢。
刹那と久遠が一度目を合わせてから頷き合う。

「ーー敵を蹴散らせ、『アテナ』！」

刹那がすぐさまディスクにそのカードをセットすると、白銀の甲冑に身を包んだ戦乙女が素早い動きで迫り、その刃で『絶対服従魔人』の胸を貫く。
動きを封じ込められていた『魔人』に成す統べなく、跡形もなく破壊される。

「ーー行けっ！『エンド・オブ・アヌビス』！」

続けて間髪入れず召喚していた久遠のモンスターが、その『直接攻撃』によって『黒の一団』たちをまとめてなぎ払った。

「ーーよしっ！
これで先に進めるぜっ！」

思わず握り拳に力を込めて気合いをほとばしらせる透矢。

「（これが透矢くんの力ーー）」

「（やっぱり私の見立てに狂いはなかったーー）」

そんな彼を見つめる久遠と刹那。
初めて『Ｒ・Ｅ・Ｃ』の力を使う者とは信じられないーー。
同じ『選ばれし者』としての素養に二人は感心させられていたのだ。

「よし、先に進みましょう！
ーー蓮華さん！」

「はい、お嬢様！」

そして力を目覚めさせた透矢も加わり、一行は更に進む。
その先にとてつもなく巨大な存在が待ち受けているとは、露とも知らずにーー。