囚われの舞　作：はにわ改

　
ーーそこは薄暗く、低い天井と汚れに濁った壁、湿った足場で構成された閉鎖空間。
どこからともなく水の滴る音が止めどなく鳴り響いており、一定の間隔のそれは、まるで時を刻んでいるようでもある。

そこに両手を鉄の鎖で縛られ、天井から吊るされるように立たされている１人の女がいた。
着ているものは所々が擦り切れていて、顔などの露出した部分も黒い汚れがへばりつくように点々としている。

ーーいつからそうして、いやそうさせられているのか。
女は脱力した状態で立ちながら、眠っているようである。

そしてそこへ、その部屋の入り口である扉が重苦しい音と共に開き、そこから黒い布で全身を覆い隠し、顔の部分に奇妙な仮面を付けた何者かが二人、入ってくる。

その二人は吊るされた女に近付くと、女の様子を窺うように全身を見回す。

「ーー捕らえて、既に１日と少し経つがーーまだまだ、衰弱し切るには時が必要なようだな」

二人の内の一人がそう言うと、もう一人が頷く。
状況的に女はこの黒装束の何者かに監禁されているようだ。

ーーなおも黒装束の１人が女の顔を窺っていると、不意に閉じていた目が開かれた。

「ほお……起きていたのか」

特に動じる様子もなく、話しかける黒装束。

「まあ、その態勢では確かに眠るものも眠れんだろうがなーー」

「そう……でもないさ。
静かだし、薄暗いし……ねぇ。
昼寝するには、もってこいの……場所じゃない、か……」

「ふん、まだ減らず口を叩く余裕があるか」

「生憎……だねぇ。
こちとら、痛い目見るのも、経験は豊富、なのさ……」

女が口を利く。
こんな状況だというのに、にやけ面さえ見せる。
だが喋るその口に、いつものような覇気は感じられない。

「くっく……『死の天使』もこうなっては形無しだな」

ーー『死の天使』。
『この世界』では一養護教諭、暗木舞という人間でしかない彼女を、真に知る者だけがそう呼ぶことがで出来る異名。

「……で？
あたしを、いつまでここに吊るしとく気だい？
殺るんならとっとと、殺りなよ。
その方が、お互い……清々する、ってもんさ」

「そうはいかんよ。
お前はこのまま、飲まず食わずで衰弱してもらう」

「はあ……？
随分、気の長い拷問じゃないか」

「お前も他の者たちと同様に、洗脳術を施し、我らの仲間へと引き入れるのだ」

「仲間に……だって？」

「だが『死の天使』とも呼ばれたお前が、他の者たちと同じようにいくとは思っていない。
だからまずは弱らせてから、その後に術を施す」

「時間の……無駄さ。
あたしには洗脳なんて……効かないよ」

「ふん、それはやってみなくては分からん。

それにーー」

不意に黒装束の手が伸び、舞の前髪を引っ張りあげ、俯いていた顔を無理やり起こす。

「もし洗脳に掛からないようなら、その時に始末すればいいのだからな」

仮面を付けた顔を近づけながら下卑た笑い声をあげる黒装束。
舞は内心、唾でも吐き掛けてやろうか、とも思ったが、
仮面を付けた顔に掛けても仕方ないと思い止まった。

そして黒装束はようやく髪を掴んだ手を離すと、舞は再び上目使いに顔を俯かせる。

「ーーふん、ま、しばらくそこで大人しくしているんだな。
あと二日、三日も時を置けば、さすがのお前も参るだろう」

「ーーはん。
あまり嘗めるんじゃないよ、このあたしを……。
今、殺しておかないと後で後悔する事になるよ？」

「ははは！
お前の仲間に期待してるんなら諦めるんだな。
奴らにこの場所は突き止められん。
精々、そこで意気がっているがいい」

そう言い残して出ていく黒装束たち。
扉が閉まり、再び舞は１人残される。

「ーーやれやれ、ああ言ってはみたものの、これじゃどうしようもないねぇ……」

舞は自虐的に笑う。
念入りに自分の両手を拘束する鎖。
とても１人の力で振りほどける代物ではない。

「あたしとしたことが……情けないねぇ。
油断大敵、なんて言葉はあたしにゃ縁がないと思ってたのにさ……」

独り、愚痴を吐くように呟く舞。
これまでもっと辛い目を経験してきた彼女だから、これぐらいの仕打ちはなんて事はない。
だが己の不注意が生んだこの状況、自分を恥じずにはいられなかったのだ。

「ま、どうなろうとしょうがないけど……さ。

せめて、最後に一服ぐらいしたいねぇ……」

飲まず食わずの苦しみよりも、口元が寂しい舞。
懐に入っている煙草を切なそうに見つめながら、また彼女は眠りへと落ちていった。