舞、夜の街を往く　作：はにわ改

　
ーー時は夜を刻み、外を深まる宵闇が染め尽くす。
その闇に紛れ、『彼ら』は動き出す。
『夢』の世界で無知に生きる者たちに、『真実』を見せるためにーー。




『ーーデュエルだ』

「た、助けてくれーっ！！
だ、誰かーっ！！」

１人のプロデュエリストが帰る途中、『彼ら』に襲われた。
それも開けた景色の道端で。
数人からなる黒装束を羽織った者たち。
その内の１人が彼にデュエルを申し込む。
だが敵意がむき出しのその気配と、『噂』を知る彼は、ただ尻餅を付いたまま後ろに這いずるだけだ。

「（な・・・何でだ！
こんなに大声を上げてるのに、何で誰も来てくれないんだ！？）」

彼は油断していた。
『噂』を知りつつも、彼は何ら対策は立てていなかったのである。

だが彼の帰り道は普段、夜でも人が少なからず闊歩している場所であり、自分が襲われるとは思っていなかったのだ。

しかしどういうわけか、今日に限っていつもの帰り道に人の気配がまるでない。
周りには電気さえ点いている家屋があるというのに、悲鳴をいくら上げても誰も助けに来てはくれないのだ。

『ーー叫ぶだけ無駄だ。
誰も来はしない』

「ひ・・・ひぃ・・・っ」

『お前が助かりたいなら道は１つ。
俺とデュエルして勝つ事だ』

「デュ、デュエル？！
な、なんでそんなことーー！」

『お前に道を与えてやっている。
勝って“夢”を見続けるか、
負けて“真実”へと還るのか、な』

「な、何を言ってるんだ！」

『ふん・・・さぁ、早くディスクを構えろ。
それともそのディスクはただのファッションか？』

あくまでデュエルを強要してくる、不気味な仮面を付けた黒装束の男。
当然、デュエルになど応じるつもりはなく、逃げ出したい彼。
だが恐怖に腰が抜けたその様ではそれもままならない。
立ち上がってデュエル・ディスクを構えることすら困難であろう。

『ククッ・・・腰抜けめ。
せっかく選択の機会を与えてやっているのに、それに命運を賭けられないとはな。
プロデュエリストが聞いて呆れる』

「う、うぅ・・・！」

『まぁそれならそれで構わん。
お前の身柄は我らの自由にさせてもらうとしよう』

悪辣な笑い声を上げ、その黒装束の男が合図をするように後ろを見ると、今までその背後で黙って見ているだけだった他の黒装束たちが、一斉に前に出て彼に迫る。

後ろに這いずることしか出来ない彼に、逃げ切れはしない。
彼の悲鳴が響いたーー。

「ーーこんばんわぁ・・・っと。
何だ何だ、面白そうな事、してんじゃないか」

しかしその彼にとっての最後の悲鳴を聞いてくれる者が、遂に現れた。
救世の女神ーーと呼ぶにはあまりに遠い、気だるそうな雰囲気を醸す、煙草を加えた女性。

『他人の踏み込めない領域』に突如踏み入ってきた彼女の姿を見て、彼に迫ろうとしていた黒装束たちは咄嗟に身を引く。

『ーー“結界”をあっさり通り抜けてくるとは・・・そうか、貴様“機関”の人間だな？』

「ーー何のことだい？
あたしゃ、ただ間抜けな悲鳴が聞こえたから、何事かと来てみただけさ」

黒装束の問いかけに、女は小馬鹿にするような態度で肩を竦める。
そして不意に加えていた煙草を黒装束の方に向かって投げつける。
機敏に反応して避けた黒装束の足元に煙草が跳ね、火玉が飛び散る。

「揃いも揃って悪趣味な格好しやがって・・・。

あ、そうだ。
昼間にうちの生徒が襲われたんだけどさ、それお前たちの仕業かい？」

『貴様の生徒・・・だと？』

「あたしゃ『ここ』じゃ、デュエル・アカデミアの養護教諭、って役柄なのさ。
・・・ま、役は役に過ぎないけど・・・」

ーー女がそこまで言いかけた時。
彼女が鋭い睨みを黒装束に向けると共に、黒装束たちはまるで何かに押されるかのような感覚を味わい、後ろに倒れそうになる身体を支える。

「あたしの生徒に手ぇ出して、タダで済ますと思ったら大間違いだよ・・・っ！」

『こ、こいつ・・・！？』

今までどこか呆けた雰囲気が一変した女。
その気迫だけで後ろに後退らされた黒装束の男は、ただならぬ気配を女から感じ取っていた。

「ーーおい」

「え、えっ？！」

女の突然の登場から、成り行きを見守るだけだったプロデュエリスト。
女に呼び掛けられて、慌てて返事をする。

「ディスク、貸しな」

「ディ、ディスク？」

「そうさ。
早くしな！」

何を言われるのかと思えば、その唐突な申し出。
彼は気迫に従わされるように、震える手でバッグからデュエル・ディスクを取り出してそれを女に渡す。

「ーーこれはいらないよ」

受け取った女は、ディスクにセットされたままの彼のデッキを引き抜くと、それを彼に返す。

「あんがとさん。

ーーんじゃ、ちょっと黙ってなよ」

そう言いながら、しゃがんで這いつくばる彼と視線の高さを合わせた彼女。
そして何故か人差し指で彼の額を軽く押すようにする。
すると何が起きたのか、彼は突然地面に伏して動かなくなってしまう。
どうやら彼は気絶したようだーー。

「さて・・・デュエルがしたいんだろ？
あたしがやってやるよ」

そうしてから再び立ち上がった女は、左手にデュエル・ディスクを装着してそう言い放つ。

「この腰抜けよりは、楽しめると思うよ？」

そして借りたそのディスクに、ズボンのポケットに入っていたデッキを納める。
逆にデュエルを挑まれた黒装束の男は、女の様子を仕切りに窺っている。

『・・・もう一度聞く。
貴様、何者だ』

「あぁ？
さっきも言っただろ？
ただの養護教諭さ」

「ーー名は」

「名前？
んなの知ってどうするのさ。

・・・まぁ、いいや。

ーー『暗木 舞』さ。
よくおぼえておきな」

『（ーー『暗木 舞』・・・？
知らぬ名だがーー）』

女の名が明らかになり、黒装束の男は仮面の上から手を当てるようにしてしばらく考える。

やがて舞の方に向き直ると、先に構えた彼女に合わせて自らも黒いデュエル・ディスクを構えた。

『・・・良かろう、相手になってやる』

周りにいた他の黒装束たちが、背後に距離を取って離れ、
舞と黒装束の男が向かい合う。

『ーーデュエル！』

そして二人の声が重なり、それをデュエル開始の合図とする。
闇夜の下、互いの『魂』を賭けたデュエルが始まったーー。