到着、ワシントン　作：はにわ改

　
ーー米時刻昼の１４時。
クロエ率いる刹那・透矢の日本代表組は約十時間のフライトを経て、無事にアメリカの地を踏む。
空港を出た一行。
その中から弾き出されるように透矢がまず、見慣れたい土地を駆け出した。

「ーーすげぇっ！
本当に外国に来たんだな、俺たち！」

今のアカデミアに転校するまでは、まさか自分が外国に遠征するなど夢にも思っていなかった透矢。
だがこうして現実に、自分は異国の地を踏んでいる。
不安もあれど期待の方が大きかった透矢にしてみれば、真新しい風景は感動の一言であった。

「なぁ、見てみろよ、真希、千鶴！
俺たちの周り、外人だらけだぜ！
日本人なんて一人もいねぇ！
すごくなーー」

子供のようにはしゃぐ透矢。
そんな彼の後頭部に真希の鉄拳が振り下ろされる。
布でくるんだハンマーで殴られたような鈍痛が彼を襲う。

「ーーってぇーな！
何すんだよ、真希！」

「恥ずかしいからあんまりはしゃがないの！
それと言っておくが、ここではあたしたちの方が外人だからな」

「もう、お兄ちゃんったら・・・」

完全なおのぼりさんと化した幼なじみに、恥をかかされる真希。
千鶴も恥ずかしそうに、ただ困ったように笑っていた。

「ーーどう？
透矢くん、真希、鳴瀬さん。
初めてアメリカに来た感想は」

続いて刹那が水花の手を握りながら、やや引き気味な笑顔を見せつつも後ろから３人に訊く。

「いや、何て言うかさ、とにかく感動した！」

「まぁ、まだ不思議と実感湧かないけどね」

「で、でも、皆さんと一緒に来れて、
わ、私も感激です」

それぞれの感想を口にするが、やはり幼なじみ３人一緒に来れたのは嬉しそうであり、刹那も穏やかに微笑んだ。

「ーーあんまり、一人で出回るんじゃないぜ？
もし迷子になっても知らないかんね」

「特に遊戦名くんは英語は全くダメらしいですから。
はぐれたら一巻の終わりですね」

「お、おう・・・き、気を付けるよ」

更に炎魅子、地影が刹那の後ろから歩いてくる。
確かに異国の右も左も分からない土地で迷子になり、言葉も通じないとなれば冗談と笑うことも出来ない。
透矢は高ぶる気持ちを少し押さえた。

「ーーさぁ、車を待たせてある。
取り敢えずホテルへ向かうぞ」

「ほらほら、早くしな。
でないと放っぽって置いてくよ！」

引率者にして責任者の二人、クロエと養護教諭の舞が声を掛け、付いてくるように促す。
更にその傍には刹那・水花の付き添いとして、神楽坂家の待女・蓮華の姿もある。
蓮華もさすがに今日はいつもの待女服ではなく、私服。
普段なかなか見れない姿に、一同は最初に新鮮さすら感じていた。

「ーーお嬢様、お荷物は私が」

「ううん、大丈夫よ、蓮華さん。
ありがとう」

一人一人が旅行トランクをキャリーで引くなどして持ち運ぶ。
蓮華がすかさず待女の務めを果たそうとするが、刹那は当然のようにそれを断った。

ーークロエ・舞の先頭の下、道なりに歩いていくと、すぐにロータリーに何台かの車が停まっているのが目に入る。
そして車の脇には数名の人の姿があり、クロエたちの姿に気付くと、向こうからも歩いてくる。

「ーーようこそ、日本の代表諸君。
待っていたわ」

出迎えたのはクリス。
出会い頭にクロエとクリスが握手を交わす。

「やぁ、みんな。
長旅、お疲れさまだな」

「ーーアルフレッド！」

そして傍らにはアルフレッド。
透矢が前に出ると、アルフレッドもその正面に立つ。

「迎えに来てくれたのか」

「そんなところだ。
調子はどうだい、透矢」

「ああ、絶好調さ！
いつでも臨戦態勢だぜ！」

「そうか。
ーートーナメント表は見たのか？」

「見たぜ！
当たるとしたらーー決勝だな！」

「うん。
決勝の舞台で戦えるといいな」

「ああ！
お互い、全力で勝ち抜こうぜ！」

お互いに頭の高さで、がっちりと手を握り合う二人。
透矢も、そしてアルフレッドも心から大舞台で戦える事を望んでいた。

「ーーはいはい、分かったから透矢。
ちょっとこっち来なって」

「な、なんだよ、真希」

「少しは気を遣いなさいっての」

真希が透矢を引き剥がすように横に連れ出す。
するとアルフレッドの目が刹那に向けられ、その正面へと足を踏み出す。

「ーー待っていたよ、刹那」

「うん。
わざわざありがとう、迎えに来てくれるなんて」

二人で言葉を交わす。
他の者たちは敢えて口を挟まない。

「・・・久遠はーー？」

「ああ。
久遠はアカデミアにいるよ。
一緒に迎えに行こうと誘ったんだがーー」

「・・・そう」

少し悲しそうに顔を伏せる刹那。
水花がそんな刹那を気遣うように見つめていた。

「ーーさぁ、みんな、車に乗って！
荷物はそのまま置いておいてくれて構わないわ」

クリスの声が掛かる。
言われた通り、それぞれが持つ荷物を地面に置くと、係りの者たちがそれを別の大きな車にてきばきと運び入れていく。
そして透矢たちは何人かに分かれて用意された車へと分乗した。

そして一行は約一週間を過ごすこととなるホテルへと向かうのだった。



ーー車で移動すること、二十分ほど。
今回、様々な国から遠征してくる者全員が泊まる事になるという国際ホテルへとやって来た。
どうやら去年も同じホテルに泊まったようであり、炎魅子と地影が声をあげる。

これだけの人数だからどこかの安いホテルだと想像していた透矢や真希は、その豪華な造りに圧倒させられる。
そうして各自案内された部屋もまた、無駄とさえ感じてしまう程に豪勢で広い部屋。
まるで絵本に見るお城の部屋だ。

透矢はどこか居心地の悪さを感じつつも、遠慮がちに柔らかいベッドに腰を下ろすのだった。

ーー少しして、両隣りの部屋にいる真希と千鶴が透矢を迎えに来る。
それはクロエの部屋で軽いミーティングが行われるからで、
部屋に集まった透矢たちはこれから一週間を過ごす上での緒注意、スケジュールの確認などがなされた。

そうして解散・部屋にて待機を命じられた透矢たち。
部屋に戻ろうとしたところで、クリスに呼び止められる。
傍らにはアルフレッドの姿もある。

「ーーやあ、透矢くん。
それに千歳さんに鳴瀬さん、で良かったかな？」

「クリス先生。
俺たちに何か用ですか？」

「いや、君たち３人はここは初めてだろう？」

「はい」

「そこで良ければ君たちに色々、外を案内してあげたいと、思うのだがーー」

クリスの申し出。
だが今、クロエに自室待機を命じられたばかりなのだが、
そこも根回しは済んでいるという。

透矢は真希と千鶴の意志を確認すると、折角だから、と好意に甘える事にした。

「ーーよし、決まりだ。
それなら私に付いてきてくれ」

ーーアメリカに着いて早速クリスの案内の下、色々と見て回ることとなった透矢たち。
３人にとって楽しみの一時が始まるのだった。