真希と刹那の誓い　作：はにわ改

　
「ーー真希、いい加減になさい。
透矢くんと千鶴ちゃんがせっかくお見舞いに来てくれたのに、どうして会ってあげないの」

「・・・」

ーー真希が休み始めて２日目の夕方。

扉越しの母の声が、真希の耳に痛く響く。
昨日、そして今日と、当然のように透矢と千鶴は会いに来てくれたのだが、真希は身を潜めるように部屋に閉じ籠ったままだ。

「風邪を引いているわけでもないのに・・・明日からは自分で断りなさい、いい？」

「・・・」

「もう・・・」

部屋の外、立ち去る母の足音が響く。
明朗活発な自分の娘が部屋に閉じ籠る事など始めてであり、母も戸惑っているようである。

「自分で断れ・・・か」

ベッドの上、クッションを抱き抱えながら座る真希が遠い目で呟く。
昨日、今日は我が儘を聞いてくれた母であるが、
透矢と千鶴は母も気に入り、信頼しているようだから、嘘をつくのが嫌なのだろう。

だからといって、明日からどうすればいいのか？

「まだ・・・心の整理がついてないよーー」

真希は２日前の事を思い出す。

抱き合う透矢と刹那。

そして久遠に言われた事。

頭に焼き付いて離れない。

こんな気持ちのまま、透矢や刹那と会ったら、感情を溢れ出させてしまいそうだ。

「（あたし・・・どうしたらいいの・・・）」

確かにこのままではいけない。
楽しみにしている世界大会もあと少し。
だが今のままでは、とても楽しく過ごし、気合いの入ったデュエルなど出来ようはずもない。

どうすればーー？

真希は自問自答を続けていた。



ーー日も沈み、外が暗くなった頃。

自然と眠りこけていたところへ、不意に鳴らされた着信音で真希は目覚める。

多分、透矢か千鶴であろうーー。
重い瞼を、何度か瞬きを繰り返して開いた真希が、携帯電話の液晶画面に浮かび上がった相手の番号と名前を見る。

「え・・・刹那ーー？」

しかし、掛け主は透矢でも千鶴でもなく、刹那。
この２日間、透矢や千鶴の着信やメールはたくさん来たが、刹那からは初めてである。

真希は幾度も繰り返される着信の中、やはり取るのを躊躇ったが、
それでも彼女の中の何かがそうさせたのか、携帯電話を手に取る。

「・・・も、もしもしーー？」

腫れ物を触るかのようなぎこちなさで、携帯電話を耳に当てて応える。

『ーー真希？』

「刹那・・・」

耳に直接響くような、刹那の声。

自らを悩ませている、原因である刹那本人からの電話だが、
不安と共に何故かその声に安心する気持ちも真希は抱いていた。

『良かった、出てくれて。
その・・・調子は、どう？』

「う、うん・・・調子は別に、悪くないんだけどーー」

やや遠慮がちに聞いてくる刹那に、真希も正直にそう答えてしまう。

刹那もどうして真希が休んでいるのか、察しはついてるのだろう。
しばらくお互いに無言の時間が流れ、互いの息遣いだけが電話を通して届いていた。

『ーーねぇ、真希？』

「え、えっ？」

やがて刹那からまた話しかけてくる。
どもってしまう真希。

『こんな時間に非常識だけどーーこれから少し、会えるかな？』

「え、これから・・・？」

『今、あなたの家の近くまで来ているの』

「来て、くれてるの？」

反射的に窓を見てしまう真希。
もう暗がりに満ちた外。
ここから駅を隔てた、遠くに住んでいる刹那が、わざわざ来てくれたのだろうかーー？

『二人きりで会って話したい事があるんだけど・・・来てくれる？』

「せ、刹那・・・話、って？」

『会ってから話すわ。
あなたの家の近くの公園で待ってるからーー』

「・・・わかった。今すぐ行く」

真希はすぐに決断する。
遠くからわざわざ会いに来てくれた刹那を蔑ろにするわけにはいかない、という気持ちと、
純粋に面と向かって何を話したいのかが気になったからだ。

真希は電話を切ると、素早く着替えを済ませて、
制止する母を振り切って外へ出た。



ーーそうしてやってきた近所の公園。
少し前に透矢とデュエルをした、昔から馴染み深い公園である。

すると公園を取り囲む歩道を挟む道路脇に、一台の車が停まっていた。

ーー見覚えある車。

車の乗る人物も真希に気が付いたのか、後部座席側のドアが開く。

「真希」

「刹那・・・」

車から姿を現した刹那。
真希は駆け寄る。

「ごめんなさい、こんな時間にーー」

「ううん、刹那こそ・・・わざわざここまでーー」

真希を見た刹那が、穏やかに微笑みかけてくる。
真希の方は刹那の真意が図れずにいるからか、やや緊張した面持ちだ。

「時間、大丈夫？」

「うん、全然・・・」

「それなら、乗ってくれる？
中でゆっくり話しましょ」

「わ、分かった」

車に乗るよう促す刹那の言うとおりに、真希は乗り込む。
そして駐車禁止のこの場所に長く停めて置くわけにはいかないという理由から、二人が乗ってすぐに車は動きだし、近くの駐車出来る場所まで移動する事となった。



「ーーさて、これで二人きり、ゆっくり話せるね」

「う、うん」

「ごめんなさい、邪魔が入らないよう配慮したつもりなの。
あ、何か飲む？」

「ううん、大丈夫」

時間料金制の駐車場に停め、運転手、そして助手席にいた待女の蓮華に席を外してもらい、車内に二人きりとなった真希と刹那は隣り合わせに座る。

そして刹那は１つ深呼吸すると、いよいよ真希に語り始めた。

「まず・・・確認しておきたいんだけどーーこの間の事、見たのよね？ 」

「こ、この間の事・・・」

「・・・私が透矢くんにーー」

刹那がそこまで言い掛けて、真希の脳裏にあの時の光景が浮かぶ。
真希の沈んだ表情を見れば、敢えて二度問う必要はなかった。

「変に、聞こえるかも知れないけど、ごめんなさい。
あの時は私も気分が沈んでいてーー優しくしてくれた透矢くんについ・・・」

「・・・そう」

「でもね、他の男の人ならあんな事はしない。
透矢くんだからーー私もすがり付きたくなったの」

「・・・それじゃ刹那は、やっぱりーー？」

真希の中途な問いかけ。
だが刹那ははっきり頷く。

「私は自分よりデュエルが強い人が好きなの。

ーーでも、それだけじゃない。
彼の人間性にも・・・私は惹かれているのかもしれない」

「・・・」

中々、普段通りにはっきり物を言えない真希に対し、刹那は一言も詰まる事なく自分の気持ちを正直に話す。
それを聞いた真希の表情は、何かの自信を失ったかのようだ。

「でも、真希もそうでしょ？

透矢くんの事・・・好きなんでしょ？」

「あ、あたしは・・・」

「今は私たち二人きりよ。
だから私も腹を割って話してるつもり。
真希にもそうしてほしい」

「あたしは・・・」

刹那のその問いに頷いて答える事さえ出来ない真希。

真剣な眼差しを向けてくる刹那から、ただ顔を背けるだけだ。

「真希・・・どうして逃げるの？
私に透矢くんを取られてもいいの？」

「そ・・・それは！」

「あなたが逃げるなら、私も遠慮しないわ。
透矢くんの心を本気で掴みにいく。
それでもいい？」

「・・・ぃや」

「え？」

「嫌・・・嫌だ」

泣き出しそうな真希の表情。
だが刹那は尚も真希を責めるように言葉をぶつける。

「嫌なら、どうしてそうならないよう努力しないの。
好きな人を取られないよう、がっちり抑え込む事をしないの」

「刹那・・・」

「真希。
あなた、まだ私に負い目を感じてるの？
悔しくないの？
私にこんなこと言われて」

「・・・だって、あたしと刹那じゃーー」

真希の刹那に対するコンプレックス。
真希がそれを口走りかけて、また途中で口を紡いで、下を向く。
すると刹那が感情を露にしながら真希の両肩を掴んだ。

「ーー真希っ！
あなた、デュエリストでしょっ？！
だったらいい加減逃げてないで、私に挑みなさい！」

「せ、刹那・・・」

「透矢くんの事は私より、あなたの方が良いところも悪いところもずっとよく知ってるはずよ？
なのにどうしてそこに自信が持てないの！」

刹那が必死な表情で本心を訴えかけてくる。
真希はそんな刹那の思いに圧倒されそうになるが、ここでようやく反抗心が湧き上がり、刹那の手を振り払う。

「何よ！
刹那に・・・刹那にあたしの気持ちなんて分かんないわよ！
あたしが・・・あたしが刹那に勝てるところなんて、何１つないんだから！」

「例えそうだとして、真希はそれで諦めちゃうの？
また私に『負けて』いいの？」

「そ・・・そんなことない、そんなことない！」

「真希の透矢くんに対する気持ちなんて、所詮その程度なの？」

「ーー違うっ！
あいつを想う気持ちは誰にも負けない！
刹那にだって！」

ーー防音構造に優れた車。
その中で真希が轟いた。

「これだけは・・・透矢の事だけは刹那に負けたくない！
絶対に・・・絶対に！」

言い切った後、激しく息を切らすように激しい動悸を見せる真希。
いつも、どこか鳴りを潜めていた真希の本心を間近で受け止めた刹那。

安心したように表情を緩める。

「良かった・・・なんか、久しぶりに熱い真希を見た気がした」

「え・・・？な、何よ、それ」

「なんかしばらく見てなかったなって。
真希も地影や炎魅子と一緒で負けず嫌いだものね。
デュエリストにとって、一番大事なところ」

「い、意味分かんないわよ！」

「あはは、つまり真希らしいってこと」

「あ、あたしらしい・・・？」

笑顔を向ける刹那に対し、分からない、という表情の真希。

「そんな気持ちがあるなら、アカデミアを休んだりしないで、堂々と透矢くんの横を歩かなきゃ。
あなたが休むことで、透矢くんや鳴瀬さん、みんなに心配掛けてるのよ？」

「あ・・・」

「それに私に抱きつかれたのが悔しいんなら、今度は真希が透矢くんが私の目の前でキスするぐらいのやり返しをしないと」

「き、キスって・・・そ、そんな事出来るわけないでしょ！」

「あははは！
顔赤い、顔赤い！
真希ったら、可愛い」

「も、もう、刹那ぁ！！」

笑う刹那の言う通り、顔を真っ赤にしながら憤慨する真希。
だが本人も気付かない内に、真希は刹那の言う『いつもの真希』に戻っていたのかもしれない。

「それと、真希。
さっきあなた、私に勝てるところなんて何１つない、って言ったけど、そんな事ない」

「・・・」

「私だって、あなたにしかないものを羨んでいるくらいなんだから」

「刹那が、あたしに？
どんな？」

真希が訊くと、刹那は二人きりしかいないのにも関わらず耳打ちでそれを伝える。
するとそれを聞いた真希と刹那は途端に二人で笑い出した。
一体何を言ったのだろうか、
先程までの険悪な雰囲気が信じられないほど、仲良さそうに笑い合う。

「ーーねぇ、真希。
私は今でもあなたのこと、ライバルだと思ってるの」

「ライバル・・・って」

「昔、初めてデュエルして負けた時から・・・ね」

「で、でもすぐ超えられちゃったし」

「それはね、真希がそう思ってるだけ。
真希の才能なら、また私を抜き返すぐらいの力がある。
私はそう思ってる」

「あたしが・・・？」

「だから・・・」

真希の手を握る刹那。

「真希とはいいライバルで在り続けたいの。
恋も・・・デュエルもね」

「刹那ーー」

「お願い。
私なんかに引け目を感じて、才能を潰さないで。
きっとそのあなたの才能が必要になる時が来るからーー」

刹那が言い放ったその言葉。

意味までは話してくれなかったが、真希の中に深い印象として残った。

ーーそして、真希は家まで送ってもらい、『明日、アカデミアで待ってるから』という刹那の言葉を最後に二人は別れた。
刹那は玄関先で、走り去っていく刹那が乗る車を、見えなくなってもしばらく目で追い続けるようにしていた。