ワシントン校代表集結！　作：はにわ改

　
「ーーなぁ、久遠。
一体、どこに連れてく気なんだよ」

「ふふ、嫌だ、透矢くん。
そんなに不安？」

「そうじゃねぇけどさ。
そろそろ教えてくれたっていいだろ？」

神楽坂の自家用車に乗せられて、走る事、数十分ほど。
もう何度目かになる同じ質問を久遠にぶつける透矢。
一体、この車はどこに向かっているというのか。
横の窓からは道路しか見えず、運転席と後部座席は仕切られているため、案内標識を伺うことすら出来ない。
分かる事と言えば、高速道路に入ってかなりの距離を走っているという事ぐらいか。

「まぁまぁ、もうすぐ着くから！
それまでのお楽しみ、ということで」

「あのなぁ・・・」

「ほらほら、お菓子ならいっぱいあるから！
これでも食べてゆっくりしてて！」

そう言いながら、広い車内後部に予め用意してあった高級そうなお菓子を始め、普段透矢も口にするようなジャンクフードを突きつけるようにしてくる久遠。
小さなクーラーボックスには飲み物も完備されている。

だが透矢は最初に渡された飲み物以外には手を付けなかった。
人の車で、菓子を食べ散らかすという遠慮よりも、
やはりこれから自分がどこに連れていかれるのかが気になるばかりで、何かを食べようという気にはならなかったようである。

「なぁ、久遠。
お前っていつもこうなのか？」

「どういうこと？」

「何て言うか・・・人の都合も考えずに、連れ回したりするのが好きなのかなって」

「くすくす、誰にでも、というわけではないかな。
透矢くんに、興味持ったから」

「興味・・・って？」

「そういえば透矢くんの持ってるデッキって、いつ頃からそんな感じなの？」

「いや、会話してくれよ！

・・・前から『戦士』デッキってところは同じだな」

「ふぅん？」

「でも今のデッキは、俺の大事な人からの預かりものなんだ」

「大事な人？」

「ああ」

「それって・・・女の人？」

「ど、どうだっていいだろ、そんなの」

「ふぅん・・・透矢くんの大事な人、かぁ」

何かを探るようにこちらを見てくる久遠に、透矢は目を合わせないようにして話す。
同時に何故か守ろうとするように、デッキの入ったポシェットを手で押さえつけた。

「ーーお嬢様、間もなく到着致します」

「はぁい。
透矢くん、着いたって！」

「やっとか・・・で、どこなんだ？ここはーー」

仕切りの向こうの助手席から、蓮華の声が響き、透矢は窓から改めて外の様子を伺う。
さっきまでは道路と車ぐらいしか見るものはなかったが、徐々にずっと気になっていたその行き先が明らかになる。

「おいおい・・・まさか、ここってーー空港か？」

そこは、これまでの透矢の人生の中で初めて訪れる場所。
あと二、三週間もして世界大会開催の日になれば、渡米のために利用しただろうその空港に、
己の意思とは無関係に、先んじて訪れる事となった今日、この時。

「なんだ、なんだ、久遠！
お前、本当に俺をどこに連れていく気なんだっ？」

ーーまさか、このまま飛行機に乗せてどこか異国の地に連れていかれるわけでは無いだろうな。

そんな事はないにしても、ならば何故空港に訪れたのか、その理由が皆目検討もつかない。

「うふふ・・・時間通り、間に合ったね」

「いや、だから質問に答えろって～！」

あくまで何も教えてくれない久遠に、せめて会話をしてくれと突っ込む透矢。

ーーかくして車は空港へと到着し、
透矢と久遠は車から降りた。

少なくとも透矢にとって、今まで自分に縁が無かった空港という場所、
こんなに利用する者がいるのか、というほど人波はかなり多い。
ビジネスマンを始め、旅行に赴く、あるいは帰る者。
そんな彼らが入っていく巨大な空港の施設。
透矢はしばらくぼんやりそれを眺めていた。

「それじゃ、蓮華さん」

「はい、お帰りの際にはまたお迎えに上がります」

「よろしくー」

ロータリーで久遠と蓮華が短くそう交わすと、蓮華は車へと戻る。
そしてどこかの駐車場へと向かったのだろうか、車は走り去った。

「じゃ、行きましょ、透矢くん！」

「い、行くってどこへ？」

「くすくす・・・、中に決まってるじゃない！」

そうしてまた透矢の手を引き、連れ立とうとする久遠。
しかし今回ばかりは透矢も抵抗して、足を止めさせた。

「ま、待て・・・俺を何処に拉致するつもりなんだ」

「拉致って、あははは！
別に売り飛ばしたりなんてしないわよ」

「ならばここにきた目的を言え！」

「だから、来れば分かるって」

「い、いや、だから待て・・・げっ？！
お前、何て力してんだ！」

「私、これでも『令嬢』よ？
いざという時のために、身体は鍛えてるんだから」

「ちょ、待て、ひっ、引っ張るな！」

「はいはいー、早く行きましょー、透矢くん」

久遠の細い身体から繰り出される怪力が、透矢を無理矢理に引っ張っていく。
結局それに抗えなかった透矢は、目的が分からないまま、空港内へと入っていった。


ーー空港内を進んでいき、二人は到着ロビー内へと到達する。

「予定ではもう到着しているはずね・・・あそこで座って待ちましょ？」

「ま、待つ？
だ、誰を待つんだよ」

「透矢くん、まだ分からないのーーって、あら？」

「お、おい！」

ロビー内に配備された長椅子を指差す久遠。
だがその先にある何かに気が付いたのか、久遠は透矢を連れたまま駆け出す。

その先には椅子の背もたれに、豪快に手を伸ばして座る、煙草をくわえた女性。
アイロンが掛かっていない、縒れた黒のシャツにズボン。
まるで寝起きのような寝癖の髪を、乱雑に束ねて結っただけの髪。
眠そうにしているその女性、よく見ると透矢にも見覚えある顔だった。

「ーー舞先生！」

「あー？

・・・あぁれぇ？
お前・・・久遠じゃないか」

「おはようございます」

「それと隣にいんのは、遊戦名・・・か？」

「お、おはようございます、暗木先生」

その女性は、透矢が通うアカデミアの養護教諭、暗木 舞だった。
何でこんな場所に、と思いつつも久遠に続いて挨拶する透矢。

「なんだ、お前たち、『でぇと』ってか？
んな場所で奇特な奴らだねぇ」

「うふふ、今日はここに用事がありましたので。
透矢くんも一緒に連れてきました」

「だからその用事ってなんなんだよ・・・」

気だるそうな舞に、そう答える久遠。
透矢は疲れたように、未だに分からない久遠の目的を訊く。

「実はね、透矢くん。
今日、来日してくるの」

「来日？」

「だから・・・ワシントン・アカデミアの代表選手」

「ワシントン・アカデミアの代表・・・って、ああ！
そう言うことだったのか」

久遠が遂に謎を明かして、透矢も直ぐに納得する。
そう言えば数日前に、今週末に残りの代表選手が来日すると言っていた。
その日が今日なのだ。

「それだったら最初から言えよ」

「透矢くんを驚かせたかったの」

「ったく・・・散々、引っ張りやがって。
言ってくれればこっちも、変に警戒したりしなかったのにな」

また呆れる透矢。
刹那の名を騙ったり、あっちこっち連れ回したりとあったが、
最終的な目的は来日してくる仲間を出迎えるためだったようだ。

「なんだい、久遠が出迎えに来るんだったら、あたしいらないじゃないか！」

「あら、では舞先生も出迎えに？」

「クロエの奴が、さ。
今日は野暮用がある、って言うから、代わりにあたしが貴重な休日返上して、わざわざこんなところまで来たわけさ」

「くすくす・・・それは災難でしたわね」

久遠の用向きを知った舞が愚痴を溢す。
クロエの代わりに来たという舞だが、休日を潰した事に腹を立てている様子だ。

「んじゃ、あたしゃいらないから帰る。
あとは久遠、よろしく頼むよ」

「まぁ、折角いらしたんですから、待ちましょうよ。
予定ではもう到着してますから、間もなくいらっしゃいますわ」

舞を引き留めながら、到着口の方に目をやって探す久遠。
確かに少し前に飛行機が到着していたらしく、人が流れてくる。
そんな人波に目を遣っていた久遠。
透矢は顔も知らないのに、一緒になって探そうとする。

「ーーあっ、来た！
透矢くん、舞先生！」

やがて、その姿を見つけた久遠。
透矢の手を引いて駆け出すと、舞も面倒くさそうにしつつもその後を追う。
近づいていき、徐々に目指す人物が露になっていく。
そしてすぐにある女性三人組の元へと駆け寄った。

「ーークリス先生！」

久遠がその名を叫ぶと、呼ばれた主が足を止める。
黒のブラウスに、ベージュのボトムスを履いたブロンドの白人女性。
白いキャベリンを被り、首にはスカーフを巻いたお洒落な美女。
歳は透矢たちと比べて一回り上か。
恐らく舞やクロエと、同じくらいの歳であろう。

「ーー久遠、か」

クリス、と呼ばれたその女性も、久遠の名を口にする。
そして一同は合流。
透矢はあまり馴染みのない、異国の女性三人を思わず食い入るように見てしまう。

「わざわざ迎えに来てくれたのか」

「もちろんですわ。
お待ちしておりました」

アルフレッドと同様に流暢に日本語を使いこなすクリス。
名前に先生、と付けて呼ぶ久遠が挨拶をすると、次に残る二人に目を向けた。

『シェリル、メリッサ！
ようこそ、日本へ！』

『ーー出迎え、ありがとう、久遠』

『あははは、久しぶり、久遠！
あたし、憧れだった日本にようやく来れたのね！
さっきからすごく興奮しちゃってーー』

すると今度は久遠が、発音、アクセントの優れた、早い口調による英語を披露する。
褐色の肌を持つ金髪の女、シェリルが穏やかにそれに応え、続けてクリス同様にブロンドヘアの白人であるメリッサが、やたら明るい調子で声を張り上げた。
シェリル、メリッサ共に本場の英会話であり、透矢には内容を理解するどころか、単語１つすら聞き取れない。

「ーーよお、クリス。
元気そうじゃないか」

「舞・・・なんだ、迎えはお前か。
クロエはどうした」

「野暮用、だとよ」

「そうか。
まぁ、いい。
ーー久しぶりだな、舞。
相変わらず下品な格好だ」

「こちとら、今日は１日のんびりするつもりだったんだよ。
だから部屋着のまま来ただけさ」

「ふふ、そうか。
お前らしいな」

後ろから歩いてきていた舞が追い付き、クリスと久々の再会を分かち合っている。
久遠もシェリル・メリッサと英語で楽しそうに会話している。
当然、そこに透矢が入る余地はなく、ただその光景を見守るだけだ。

「ーーところで、君は？」

「ーーあ、俺は・・・遊戦名、透矢っていいます！」

「ユセナ、トーヤ・・・？
そうか、君があのーー」

クリスが透矢に話しかけてくる。
戸惑いつつも、名乗った透矢。
するとクリスは透矢の顔をまじまじと見つめながら、何度か頷く仕草を見せる。

「あ、あの・・・自分の事、知ってるんですか？」

「・・・ああ、噂は聞いている。
アルフレッドと同じ、『Ｔ・Ｆモンスター』の使い手、だとな」

「え・・・？」

透矢の問いかけに頷き、そして片手を差し出してくるクリス。
透矢はその手を握り、クリスは互いに出逢えた事を喜ぶように小さな笑顔を見せる。

「紹介が遅れた。
私は『クリスティーア・グランツフォート』
ワシントン・アカデミアの実技最高責任者の要職に就かせてもらっている」

「つまり・・・先生？」

「生徒から見ればそうなる。
ま、私の事は好きに呼んでくれ。
生徒たちには皆、そうさせている」

「は、はい」

「遊戦名 透矢。
君に会える日を楽しみにしていた。
あの神楽坂刹那を負かした、デュエリストなのだからな」

「は、はい、それはどうも・・・」

挨拶もそこそこに、そう語ってくるクリス。
透矢はどこまで自分を知っているのか、とそんな事を気にしたりもした。

「早く、君の力を見たいな。
出来るなら・・・今すぐに」

「え・・・？」

クリスのその言葉の意味は何を差すというのか。
まるでデュエルを申し込まれているかのような錯覚すら感じた透矢。
ポシェットに入った大事なデッキ。
久遠が持ってくるように言ったのは、まさかこれを予期しての事だったのか、あるいは最初から仕組まれていたのか。

日米の対決が今、再び始まろうとしているーー。