久遠の企み　作：はにわ改

　
ーー終わってしまったデュエル。
総ターン数、４ターン。
相手は無傷であり、活躍させてあげられなかった『エンパイア』の姿が物悲しく見える。

「（これが・・・『世界』、だってのかーー）」

凌斗は膝を付いたまま項垂れる。
悠然と立つアルフレッド。
勝ったというのに喜びの笑顔１つなく、凌斗をじっと見下ろしている。

するとややあってから、アルフレッドは歩みを進め、凌斗の目の前に立つ。

「・・・『後攻』で良かったよ」

「え・・・？」

アルフレッドが切り出した言葉。
凌斗にはその意味が把握できず、首をもたげて、高い背の上にある顔を見上げる。

「君が先攻だったから、君のデッキが『除外』を戦術とするデッキだという事を知る事が出来た」

「・・・」

「俺のデッキは君の『除外』戦術と相性が悪い。
だから速攻で勝負を決めた。
もし緩やかな流れにしてたら、結果は逆だったかもしれない」

ーーそういう、ことか。

凌斗はアルフレッドが言わんとする事を理解した。

だが果たしてそれだけが要因だろうか。
もし先攻・後攻が逆だったら？
アルフレッドが緩やかな流れにしていたなら？

それでも自分は勝てただろうか。

自信家の凌斗もここに至っては、はっきりそうと頷くことは出来ない。

「ーーいいデュエルだった。
また、機会があればよろしく頼むよ」

そして右手を差し出してくるアルフレッド。
凌斗はしばらくその手をぼんやり眺めていたが、やがて身体を起き上がらせると、自分も手を出して握手を交わす。

「ありがとう・・・ございました」

「はは、そうかしこまらなくてもいいよ」

初めて、軽く笑みを見せたアルフレッド。

「（やっぱり・・・似てる）」

凌斗はアルフレッドを見ながら、そう感じさせられた。
こうして初顔合わせでデュエルを交わし、そして負けた相手に対して友好的な態度で接してくる振る舞い。
更に言えば、それが『嫌み』に感じない独特な人間性。
自分ならばこうは出来ないだろう、と。

だからか余計にこの敗北が重く、そして印象に残る。
そう、透矢と戦った時のようにーー。

「それじゃあ、また」

アルフレッド側から手を離し、踵を返して去っていく凌斗。
凌斗は何も言葉を発することは出来ず、黙ってその背を見送るだけ。
すると今度は審判をしていたクロエが凌斗に歩み寄る。

「・・・凌斗。
わかったか、上には上がいることを」

「先生・・・」

「お前の実力を認めていないわけではない。
だが今もう一度、自分で自分の実力を見つめ直す時期だ。
でなければ、お前の成長はそこで止まってしまう」

普段と口調が違うクロエ。
だがそんなことよりも、その言葉が彼の心を打つものがあり、凌斗は何も言わずに耳を傾ける。

「私はお前に期待している。
だがもっと・・・もっとだ、凌斗。
高みを目指せ。
来年の世界大会のメンバー入りを視野に入れて、な」

「はい・・・！先生」

肩を叩くクロエに、凌斗は力強く頷いた。
改めて自分はまだまだ甘いということを認識させられた凌斗。
だがそれを思い知ることで、更に己を高める努力が出来る。

ーー負けたままではいられない。
透矢にも、アルフレッドにも。
必ず借りを返す、という負けん気。
凌斗は強くなるために必要な意識は確実に備えているのだから。


「（・・・アルフレッドめ。
１年前と比べ、また伸びたようだな）」

一方、クロエは去り行くアルフレッドに視線をやる。

「（無駄のない動きだった。
アルフレッド、刹那、久遠・・・やはりこの３人は『救世主』たる素質の持ち主のようだーー）」

小さく頷いてから、視線を反らすクロエ。
その先には観客席の透矢がいる。

「（残るは遊戦名透矢・・・か。
ふふ・・・アルフレッドとの戦いが楽しみ、だな）」

笑みを見せるクロエ。
間近に迫る『Ｔ・Ｆモンスター使い』同士の戦いに、歓喜するのだった。





ーーその頃、観客席。

「流石くん・・・」

落胆する様子の凌斗の姿を見て、千鶴は同情するように眉を下ろす。
久遠の予言通り。
アルフレッドはこのターンで、あの凌斗をきっちりと仕留めて見せた。

「すげぇ・・・『Ｔ・Ｆモンスター』と『融合』か・・・」

透矢は一瞬にして凌斗のライフを０にした、アルフレッドの戦術を素直に驚嘆していた。
加えて自分も使う『Ｔ・Ｆ』モンスターに、『融合』を掛け合わせて生み出された強力なモンスターを目の当たりにして、興奮が収まらない様子だ。

「すげぇ・・・アルフレッド！
これがワシントン・アカデミア、トップ・デュエリストか！」

刹那と対峙した時のような、湧き上がる思い。
透矢は両手の拳を握りしめて、汗を滲ませる。
もはや今すぐにでもデュエルがしたい、と言わんばかりの態勢。

刹那はそんな透矢を横目にしながら、笑みを見せる。

「ーーでもね、あのフレッドも去年の大会では、お姉さまにあっさり『ワンキル』決められたのよ？」

「ぅえ！？
マジか、刹那！」

「・・・」

そんなアルフレッドに刹那は『ワンターン・キル』を決めていると、久遠が話す。
刹那は何も答えない。

「わざわざあたしと順番を変えてまで、お姉さまと戦った割に手も足も出なかったのよね。
だからお姉さまとは私が戦う、って言ったのに・・・」

「ーー久遠っ」

「私が戦ってたら、全勝優勝してたかもしれないのに。
大将戦で負けてたら、なんかこちらが勝った気が薄れる、って感じよね。
変な『意地』張っちゃって馬鹿みたーー」

「ーー久遠っ！
いい加減になさいっ！！」

初めは穏やかに咎めようとしていた刹那も、次は久遠が言い終わらない内に怒鳴るようにして遮った。

さっきまで透矢を巡って争っていた時とは違い、『本気で』怒った刹那。
中々見られない姿とその迫力に、透矢はもちろん、真希や炎魅子たちも驚きを隠せないようだ。

「せつな・・・？くおん・・・？
どうしたの？」

「大丈夫よー、水花？
ごめんねー、お姉さまったら私の冗談間に受けちゃって」

水花が首を傾げながら二人に訊くと、久遠は白々しくそう答えながらその頭を撫でる。
刹那はただ顔を反らし、必死に『戻そう』とするように頬を両手で擦る。

「・・・くす。
今年は透矢くんがいるから、た・の・し・み」

怒る刹那を見てもものともしなかった久遠。
そう嘯きながら、自らの口元に当てた人差し指を、透矢の唇へと付ける。
透矢は避けようとしたようだが、不意を突かれたためか、その指から逃れられなかった。

「ーーさて、と！
私は先に失礼しようかな。
透矢くん、またね」

「あ、ああ・・・」

刹那に睨まれながら、一人立ち上がり、出口に向かって歩き出す久遠。
透矢は呆気にとられたように、気のない返事をするだけだ。

「（ーーさて、私は明後日の仕込みの準備しないと。
楽しみ、ねーー。

くすくすくすくすくすくすくすくすくすくすーー）」

皆に見えないように、顎を引いて口元を隠しながら堪えきれない笑みを溢す久遠ーー。

久遠の企みとは如何に。