女帝、再び　作：はにわ

　
ーーその日の夕方。
アカデミアから帰って来た透矢はベッドの上に大量のカードを広げて、頭を悩ませていた。
もちろん来たるデュエル・キラーとの戦いに向けての、デッキ調整である。

（あいつのデッキに対抗するには守りを重視すべきか・・・。
それともスピードの早いデッキだから、こちらも早くするべきかーー）

ーー二日前の『敗北』の苦い思い出は未だ記憶に新しい。
だが少しとはいえ、敵の戦略の一端は見えた。
これには首を賭けてまでその機会を作ってくれた炎魅子に感謝しなければならない。
更に言えばこれでまた同じ轍を踏むようでは、彼女に顔向け出来ない。

故に透矢は今まで以上に真剣に、そして神経を張り詰めらせながら、
試行錯誤のデッキ作成に取り組んでいた。



（うーん、さて後は・・・）

大分、作成が煮詰まってきた頃。
透矢はふとある３枚を見る。
それは３枚とも同じカードであり、『三騎士 女帝の聖杖』。
炎魅子とのデュエルで、勝因の１つとなったカードである。
しかし前回はデッキに１枚のみはいっていたようで、残りの２枚は組み替え用のデッキボックスにいつの間にか入れられていた。

その事といい、炎魅子とのデュエルの時といい、
今考えても不思議な事ではある。

しかし得体の知れないものならばともかく、他ならぬ『お姉さん』が預けてくれたカード。
詳細はどうあれ、大事にすると透矢は決意していた。

さて、透矢の迷いはこの『女帝の聖杖』を何枚入れるかである。

「ーー『ラグナシア』」

更に透矢はある１枚を見つめる。
カード名に『ラグナシア』とだけ書かれたカード。
これは先に話した２枚の女帝の聖杖と一緒に入っていたカードだ。
不思議な事だが、それには絵柄とカード・テキストが何も書かれていないのだ。
だがカードの枠の色から、Ｔ・Ｆモンスターであることは分かる。

「きっとこれはーー」

透矢は女帝の聖杖と、その不可思議なカードとを交互に見つめる。
彼は既に二つのカードの繋がりを薄々感じていた。

（ーーやめておけ）

「えっ？！」

（今のお前には使いこなせない）

ーーその時。
彼の耳に、いや脳裏に『声』が響いた。
昨日の今日。
聞き覚えがあった。

「ーー女帝さんか！？」

（ーーデュエル・ディスクに私のカードをセットしろ。
その方がお前も話しやすかろう）

「え、デュエル・ディスクに・・・？」

『女帝』の声に、ただ従うように透矢はデュエル・ディスクを取り出して、
真ん中のモンスターカード・ゾーン
に『女帝の聖杖』のカードを１枚セットした。

すると電源も付いていないというのに、カードから白い人魂のようなものが飛び出し、透矢の目の前に降り立つ。
最初は白い不気味な人影。
だが次第に輪郭がはっきりし、その表情と身体が露になった。

「す、すげぇ、どんな手品なんだ！？これ」

目の前に姿を現した『女帝』。
透矢は驚き興奮する。

『ーー手品などではない。
一々、大袈裟に驚くな』

「いや、驚くなって言ったって・・・。
それにデュエルの後、何度呼び掛けても反応しなかったのに」

『このように我がこの世界に姿を現し、こうしてお前と言葉を交わすーー。
だが、それには我々も“魂を消耗するのだ”』

「魂を・・・消耗？」

『簡単に言えば、疲れる、ということだ』

「よく、分からないけど・・・大丈夫なのか？」

『少しなら心配ない。
そのあと休めば大丈夫だ』

「そ、そうか・・・なら、いいけど」

目の前の、夢と間違いそうな不思議な現象に、透矢は緊張しつつも、徐々にそれを緩める。
少なくとも敵意が無いのは分かるし、昨日の事がある。

慣れた、とは言わないものの、透矢は少しずつ現実として受け入れる。

「昨日とは・・・服装が違うんだな？」

『ーーこれが私の普段着だ』

目の前にいる女帝は、高級感が溢れる装飾を施したドレスを来ている。
頭部にもきらびやかな髪飾りを付けていて、まさに『女帝』、『女王』などの言葉が似合っている。

『それよりも透矢。
私をデッキに３枚入れるのは、お前にはまだ早い。
やめておけ』

「え、何でだよ？」

『“私”というカードは“重い”。
無造作に投入すれば、いざ戦いの時に必ずお前の足を引っ張るだろう』

「重い・・・か」

『まず１枚の“私”を使うことに慣れろ。
そして徐々に枚数を増やしていけばよい。
ーー焦るな、透矢』

女帝の箴言に透矢は難しい表情を見せながらも頷く。
『女帝の聖杖』は最上級モンスターであり、通常召喚には２体の生け贄が必要。
また、特殊召喚が出来ない、という一文が、言わば彼女を『重い』存在にしてしまっている。
そういうモンスターをデッキに入れすぎる行為は、得てして事故を招く要因となるのだ。

「で、でもこのカードを出すにはーー」

『そうだ。
“私”が３枚必要となる』

「やっぱり・・・」

透矢は『ラグナシア』というカードを見せながら言うと、女帝は頷いた。
やはり女帝の聖杖を３枚揃えた時に現す真の姿。
それがこの『ラグナシア』なのだ。

「名前・・・ラグナシア、って言うのか？」

『・・・ああ。
もっとも・・・懐かしき名前ではあるがな』

「え？」

不意に見せた女帝、いやラグナシアの鬱な表情。
ーー懐かしき名前。
それはどういう意味なのか。

『お前にはまだその絵柄が見えないだろう』

「あ、ああ。
絵柄どころか、カード・テキストもーー」

『お前はまだ我の真の力を使うときではないということだ』

「ーー時・・・？」

『いつかその時が来れば、お前に見えるようになるだろう。
その時は３枚ともデッキに入れるがいい』

「・・・」

透矢は納得のいかない顔。
だが、デッキに入れる上で使いこなせるかどうかは、確かに疑問が残るところではある。
透矢は見えないラグナシアの絵柄をただしばらく見つめていた。

『ーー言いたいことはそれだけだ』

「え、あっ？！」

女帝は透矢の行動を待たずに、再び白い影となって、カードに戻っていった。
それから何回か呼び掛けても、カードゾーンにセットしなおしても、
ラグナシアの声が聞こえてくることはなかった。

「なんだよ・・・もう少し話してみたかったなーー」

素直にそう思った。
色々聞きたいことが山ほどある。

だがラグナシアが口にしていた、『疲れる』という言葉。
それがどれ程の負担か分からない以上、それは我が儘というものなのか。

透矢は一人になった部屋で、じっと『女帝』のカードを眺めていた。