一日の終わり　作：はにわ

　
ーー炎魅子の不用意な発言で、全て刹那の前に明るみとなった今回の出来事。
もっともここに踏み込んだ時点で、刹那にその事が知られるのは遅かれ早かれ避けられない事ではあったろうが。

しかし刹那は呆れはすれど、特に怒った様子もなく、真希たち一同を中へと入れた。
透矢も突然のお揃いでの登場に驚いていたようだが、詳細については刹那が巧く誤魔化してくれたのである。
もし尾行していた、などと知ったら透矢ならば烈火のごとく怒るだろう事は、刹那も彼の性格から予想していたのだ。

ーーそうしてこの神楽坂の広い居間で、慎ましやかではあるが宴会が催される事となった。
これが昼間ならば豪勢にしたであろうが、今はもう夜も夜。
それでも蓮華以下数人の待女たちが労も惜しまず動き、賑やかな空間が築かれた。

ーーそんな中、ふと刹那が話がある、真希をベランダへと連れ出した。
どこか納得しないような様子で、周囲のテンションに合わせられずにいた真希。
刹那と話したいのは彼女も同じだったらしく、素直に応じた。

ーーすっかり暗くなった夜空の下。
ベランダから見下ろすことの出来る都会のイルミネーションに彩られた絶景。
手すりに二の腕を寝かせ置きながらしばらく無言で眺めていた二人。
すると不意ひらひらとした紙が真希の視界を遮った。

「ーーこれ、真希にあげる」

「これは・・・？」

真希は風に飛ばされないように気を付けながら、刹那が差し出したその２枚の紙を受けとる。
それは今日訪れたテーマパークが発行したチケットだった。

「これ・・・刹那がクイズ大会で優勝してーー」

「うん。あげる」

「くれる・・・って、刹那ーー」

チケットを見る真希。
テーマパークのナイト・ミュージカルの優待チケット２枚。

「透矢くんを１日貸してくれた御礼、かな」

「貸してくれた・・・って」

「ーーその代わり、もうこんなことはしないでね」

「刹那・・・やっぱり、怒ってーーるよね？」

「怒ってない、って言えば嘘になるけどーー気持ちは分かるもの。
ま、私もフェアじゃなかったかな」

「刹那・・・ごめん、ね」

「気にしないで。
私たちの仲じゃないの」

刹那は優しい微笑みを見せる。
真希は受け取ったチケットを胸に、刹那の優しさが心に突き刺さるのを感じていた。

「ーーねぇ、刹那、１つ・・・聞いてもいい？」

「なぁに？」

「刹那は透矢の事・・・本気、なの？」

「うーん・・・核心ついてきたわね」

真希の質問に、僅かに頬を染めた刹那。
聞いた真希の表情は真に迫っており、聞かれた刹那もその視線に気が付いていた。

「明日の結果・・・次第かな」

「結果次第？」

「真希も知ってるでしょ？
私、強い男性（ひと）が好きなの」

射抜くような視線で語った刹那。

確かに刹那は以前に言っていた。
自分が操を捧げるとするなら、それは自分より強い人間であると。
その時は冗談半分に真希は聞いていたが、まさか今日自分がそれを真に受けとめることになろうとは思いもしなかったろう。

「透矢が・・・刹那に勝ったらーー？」

「本気になるわ」

「本気に・・・」

「欲しいものは必ず手に入れる。
それが私のやり方よ」

自信に満ちた表情ではっきりと言い放った刹那。
刹那に負い目を感じる真希はそれだけで何も言い返す事は出来ず、ただ不安そうに黙りこんでしまう。

「・・・くす、もう、どうしたの？真希。
いつものあなたらしくないわ」

「・・・」

「大丈夫。
明日、私は本気で透矢くんに勝ちにいくから。
私もこの事についてはプライドがあるもの。
負けるわけにはいかないわ」

明日に迫る透矢と刹那の決戦。
生徒会長の座を賭けた戦いであるのと同時に、己のプライドを賭けた戦い。
その絶対的自信を崩す者がもし現れるような事があれば、それが己の運命の人。
ある意味で分かりやすい刹那の信念。

真希はやはり黙ったまま俯いている。

「それに真希。
そんなに他の人に透矢くんを奪われるのが嫌なら、あなたが彼をちゃんと自分のものにしなくちゃ」

「もの、ってーー」

「手に入れたいものは待ってるだけでは駄目よ。
自分の手で掴み、そうして初めて価値があるんだから」

「そう・・・かも、ね」

「ふふ、何てね。
誰かの言葉の受け売りみたいだけど」

照れ臭そうに笑う刹那。

達観とした刹那の言葉は、１つの人生感であり真希は彼女のそういうところを尊敬し、負い目の部分でもある。

ーー自分にはない強さ、だから。

「ーーそれに、ね、真希？
私たちだっていつまでも学生気分ではいられないの。
アカデミアを卒業したあとの進路とか・・・それぞれ、個人が考えなくてはならないわ」

「進路・・・」

「私たちはいつまでも一緒になんていられない。
それは真希と透矢くんもそう」

「あ、あたしたちはーーっ！」

「言いたい事はちゃんと言っておかないとーーその時になって後悔しても遅いのよ」

「・・・」

真希は打ちのめされていた。

いつまでも続くと信じたいこの瞬間。
だがそれはいざ大人になった時、短い夢のようであったと気付かされる。

刹那はそうならないよう、行動すべきところはしなければならない、と説いたのだ。

「でも・・・真希。
私にとってあなたは大事な友達。
それは離れても、変わらないからね」

「刹那・・・」

最後にそう告げて、身体が冷えるからーーと、二人は中へと戻っていった。
蓮華にも、そして刹那にも諭された今、自分が考えなくてはならないこと。

真希は残された青春の時代がもう短いのだと言うことを思い知らされ、それが焦りとなって心を塗りつぶすのだった。