ＶＳ神楽坂刹那 不良の場合　作：はにわ

　
ーー透矢には少し敷居の高いカフェレストランで軽い食事をとり、
その後は刹那に身を委ねるようにしてウィンドウショッピングを楽しんだ。
もちろん何も買わないが、水花を着せ替え人形のように色々な服を試着させて、それを子供のように楽しみながら笑顔を見せる刹那。
刹那自身も自分に似合う服を見て回り、結局一時間以上にも及ぶウィンドウショッピングだったが、
気さくに話す刹那のお陰で透矢は退屈には思わず、むしろ楽しんでいるようだった。

次に寄ったのはカードショップ。
休日、子供を中心に人が溢れる店内で、新しいカードの考察、また当日行われていた店内大会を覗き、
ここでも３人は楽しい時間を過ごす。

この間、透矢は常に刹那に手を引かれて走らされている。
まるで今日この日、一分一秒を惜しむかのように。
付き合わされる方も大変ではあるが、刹那の楽しそうな振るまいがそう感じさせない。
透矢と真希や千鶴と一緒にいる時とは違う、新しい感慨を味わっていたのだった。



「ーーいやー、結構色んなところを回るね、刹那の奴。
追いかける方の身にもなっとくれよ」

「刹那さんからすれば、私たちが追ってきてるとは思いもしないでしょうけどね」

そんな中、真希たち一行の追跡も続いていた。
敢えて繰り返すまでもないが、休日の繁華街は人の波が大きなうねりを見せており、うっかりすれば見失ってしまうだろう。
刹那に気付かれないように追うのは神経的にも疲れるようだ。

「お姉ちゃん・・・」

「・・・」

真希は徐々に何も話さなくなっていた。
楽しく過ごす透矢たちを見て何を思うのか。



ーー色々と回り、さてこれからどうしようかという時に、透矢たちは広大な敷地を持つ都内でも有名な公園の側を横切ると、不意に刹那は化粧室へと一人走っていった。

公園の入り口で水花と手を繋いで待つ透矢。
小さな手が優しく握り返してくるのを感じて、透矢も少女に笑いかけた。

「何か悪いなー、水花？
色々付き合わせちまって。
疲れたか？」

「・・・少し」

「そっか。
疲れたら我慢せずに言えよな？」

「・・・うん」

普段と変わらず、呆けたような無表情で見つめ返してくる水花。
だが起伏は少なくとも、水花にも感情はある。
透矢はその無表情から少しでも水花の心の移ろいを、感じ取れるようになりたいと思ってすらいた。


「ーー遅いな」

透矢が呟く。
女性の用が、男のそれと比べて時間が掛かる事もある、というのは透矢も知ってはいるが、それにしても長い、という事である。

「様子、見に行こっか？水花」

「・・・うん」

何かあったのではないか、とは言わないが、ある種の予感で透矢は水花を促して公園内へと入り、その場所へと向かった。
入り口のすぐ側であるが、木々に隠れていて、園内に立ち入らないとよくは見えない。

「ーーあっ！」

予感は的中した、というべきか。

コンクリートで作られた屋根付きのその場所の入り口付近に刹那はいたのだが、周りに数人の男たちがいる。
男たちは全員で刹那に何かを語りかけ、刹那は愛想笑いを浮かべてそれに付き合っているようだが、困っているようなのは明らかだった。

ーー軟派か。

透矢は一目見てそう確信した。
確かに刹那は見た目にも他の人と比べて一際映えている。
そういう目的で歩く男たちにすれば、格好の標的だろう。

「水花、ここにいろよ」

「・・・うん」

透矢は水花を木の側に置いて、刹那を助けに行く意思を固める。
そして刹那を助けるべく足を駆け出そうとした、まさにその時。
業を煮やしたのだろうか、一人の男が刹那の細い腕を掴んだのだ。
刹那の表情が歪む。

「ーー刹那ぁっ！」

思わず透矢は叫び、意志よりも早く身体が動いた。
全速で身体を駆けさせ、刹那の元へと向かう。
透矢の叫びに男たちもその方を振り向いた。

ーーその瞬間。
透矢の方へ意識が向き、自分を掴む手の力が緩んだその瞬間。
刹那は見逃さなかった。

掴まれた腕を強く後ろに引き、男の手を一気に引き剥がすと、
後ろに引く力を勢いに変え、縮んだバネが元に戻ろうとするように突き出された手の平が、よそ見をしていた男の頬に叩きつけられた。
平手打ちではなく、手の平の下部分、『掌底』を用いた当て身。
完全に油断していたその男は痛みを感じる間もなく、そのまま地に倒れ込んだ。

何が起こったのか分からず、呆然とする男たち。
まさかの出来事に透矢の足も止まる。

「ーーいきなり女性の身体に触るなんて、けだもののやることよ」

倒れて悶絶する男を、冷たく見下ろした刹那の視線が刺さる。

「て、てめ・・・っ！」

一早く反応した男の一人が腕を振り上げた。
身長は刹那より一回り高い男。
仲間の仕返しとばかりに、女の刹那を殴るつもりか。

だが鋭く降り下ろされた腕も、刹那の柔らかい身のかわしで空を切る。
しかも思わず前のめりになったところを、刹那が逃さず自らの足で男の足を払い、男は勢いのまま顔面から地面に突っ込んだ。

「こ、この野郎・・・っ！」

背面にいた男が、刹那の脇から腕を通して捕まえようとするが、これも無駄。
回した男の腕に力が入りきる寸前に、滑り落ちるように刹那の腕は男の腕からすり抜けた。
そして右足を軸に素早く身体を振り返らせながら、その勢いに乗せて短いスカートを舞わせつつ蹴り上げられたしなやかな足が男の顔面に突き刺さった。

これが格闘技ならば誰もが見惚れるだろう見事なハイキック。
それが顔面に直撃した男は、やはり地に倒れ伏し、悶絶するのだった。

「スカートで良かった」

ーー残るは一人。
睨み付ける刹那の視線がその男には、鬼にも見つめられたように思えた。
情けなく命乞いをするように謝りながら、その男は倒れた仲間を置いて走り去るのだった。

「・・・ふぅ」

ため息１つ。
華奢な女の動きとは思えない今の出来事。
刹那には何事もない、といった風情だ。

しかし目を丸くしている透矢を見るや、彼女の態度は一変した。

「と、とうやくーんっ！」

男を倒した時の鋭い動きとはうって違い、内股で身体全体をくねらせながら刹那は透矢の元へと駆け寄ると、その胸に飛び込んだ。

「あ、あの人たちがよってたかって、か弱い乙女一人を囲んで手込めにしようと・・・怖かったぁー！」

「ふ、ふーん、そ、それは危なかったな・・・」

「透矢くんが助けに来てくれなかったら、わたし、わたし・・・どうなってたか！」

「お、俺は別になんにもしてないけどね・・・」

泣きじゃくりながら、いかにも怖かったということをアピールする刹那。
しかし今の出来事を一部始終目にしていた透矢には、乾いた笑いで話を合わせる事しかできなかった。
透矢がした事と言えば、男たちの気を引いたぐらいのものである。

「ま、ま、何にしても無事で良かったよな、ははは・・・」

ひょっとしたらあのまま外で待っていても何の実害も無かったのではないか、と思いつつも、
刹那を引き剥がしつつ、口ではそう言うのだった。

「ーーあ、そういえば透矢くん？」

「へ？」

「ようやくちゃんと呼んでくれたね？」

「呼んだ？」

「ほらさっき。
『せつなぁー』って」

言われて思い出す。
意識してなかったとはいえ、大声で刹那を呼んだ自分を思い出して、思わず視線をそらす透矢。

「あ、ご、ごめん・・・」

「くす・・・どうして謝るの？」

「い、いやなんて言うかーー」

「ね、もう一回呼んで？」

「な、なんでだよ」

「いいじゃない。
ほらほら、さっきみたいに情熱的に」

「や、やだよ」

「あはは！」

何故か照れる透矢の顔を下から覗き込みながら、からかうように刹那。
透矢はばつが悪そうに、刹那を正視出来ないでいる。

「・・・とうや、せつな」

「あ、水花！
ごめんね、心配かけちゃった？」

水花が透矢の後ろからとことこ、と歩いてきたのを見て、刹那が駆け寄る。

「・・・ううん、平気」

「そう。
まだまだ時間はあるもんね。
水花も一緒に、今日は楽しみ尽くしましょ？」

「・・・うん」

しゃがんで水花の頬を撫でながら刹那は笑う。
透矢も色々とあるが、とりあえず何事も良かったと思い直し、
改めてデートを再開させるのだった。



「あーあ、あいつらもかわいそーに」

「刹那さん、待女さんの蓮華さん譲りの護身術がありますからね」

「そうそう。
あれでも刹那は令嬢だからさ。
何にしても、あいつらは誘った相手が悪かったよ」

公園内に身を隠していた炎魅子と地影が、未だに地に伏している男たちを見て少し同情する。
令嬢故に身に付けた護身術。
刹那は生半可な男数人では、決して捉えられないような実力者なのだったーー。