刹那の誘い　作：はにわ

　
ーー午前中、アカデミアに赴いた透矢は昼過ぎには帰宅していた。
あの後、生徒会大戦の最後のデュエルである刹那との対戦の日取りだけを決めた。

決戦の日は翌々日、すなわち週明け月曜日の放課後。
ちなみにその日は凌斗の退学処分の施行日でもある。
透矢が勝てば彼が会長となり、その権力を用いて凌斗を救えるが、負ければ退学。
透矢自身には負けた時のリスクはないものの、元はといえば凌斗を助けるために始めたこの戦い。
ここまで来たからには負けるわけにはいかないーー透矢は気合いを深めていた。

透矢はさっそく部屋に戻って、デッキの調整を始める。
ーーとは言っても、刹那のデッキを知らない彼に、対策を立てる事は出来ない。

例によって刹那のデッキ・レシピを透矢に教える、という話しはあったが、透矢はそれを拒否。
負けられない戦いとはいえ、やはり敵のデッキを事前に見て、それに合わせた対策を練るのはフェアではない、という透矢の信念。

ならば何を調整するのか、と言えば前回の真希とのデュエルを踏まえて、更により良くするための試行錯誤。
きっとこのデッキはまだまだ強くなる。
透矢はその確信の元に、頭をひねるのだった。

ーーそんな時である。
透矢が持つ携帯端末が、着信を鳴らした。
電話が掛かってきたようだ。

「真希か？」

このあと、真希が千鶴を連れて遊びに来ると言っている。
だから思わず相手を見る前から、透矢は電話の相手が真希だと思った。

しかし見ると、端末に登録されていない番号。
首をかしげながら電話に出る透矢。
その人物はーー。

『ーーあ、透矢くん？』

「その声はーーうえっ？！
か、会長さんか？！」

『あら、ずいぶんな反応ね。
ていうか、“会長さん”はもう禁止！』

何と電話の相手は刹那。
これまでは面と向かって話すだけで、メールのやり取りすらしていない二人。
まさかという出来事に、透矢は驚かずにはいられない。

『ごめんなさいね、急に電話なんてしてしまって。
今、少し時間大丈夫かしら？』

「あ、ああ・・・大丈夫だけど」

『そう、良かった。
実はね、さっきはみんながいたから、話そびれてしまったのだけどーー』

透き通った、いかにも高貴な声が透矢の耳に響く。

『透矢くん、明日、ヒマかな？』

「へ？」

『明日、日曜日。
何か予定入ってる？』

「いや、何もないけどーー」

『ふふ、良かったー。
それなら、明日私と付き合ってくれないかしら？』

「かいちょ・・・いや、せ、せつなに？」

『うん。
透矢くんさえ良かったら、一緒にお出掛けしたいな、って』

「えっと、それは・・・二人でってことか？」

『ええ。
つまり、デート、のお誘いなんだけど。
色々、話したいこともあるから』

心なしか、いつもより声が躍っているような刹那。
ただ透矢は少し勘繰ってしまう。
突然、自分とどこかへ出掛けたい、という刹那の言葉に。

とはいえ、予定が無いのは確かであり、わざわざ電話をしてくれた刹那の誘いを無下に断るのは気が引けるし、また断る理由もない。

「ああ、別にいいけど」

『ふふ、良かった。
断られたらどうしようかな、って思ってたの』

「ま、暇だしな。
で、どこで待ち合わせする？」

『そうね・・・』

透矢と刹那の家は駅を隔てた、離れた距離にある。
そこで既にある程度予定を決めているらしい刹那が、繁華街の駅を待ち合わせに指定した。
透矢もそれに応じて、明日の予定は決まる。

『ーー私ね、男の人と二人きりでお出掛けするの、初めてなの』

「へぇ、そうなんだ」

『ふふ、明日が楽しみ。
それじゃあね、透矢くん』

透矢が快く応じたせいか、刹那は上機嫌であるらしかった。
だが電話が切られて、透矢も改めて明日の事を思う。

「会長さんと・・・俺が、かーー」

思わず色々と考えに耽ってしまう透矢。
どんな服装で、会ってどんなことを話したらいいか。
また、遊びに行くと言ってもどんなところに連れていけばいいのか。

透矢自身、真希や千鶴と出掛けるのは慣れたものだが、その二人以外の異性とは時間を共にしたことはない。

色々と考えていくと、不安な気持ちすら込み上げてくるのだった。

ーーそんな時である。
部屋の扉がノックされたかと思うと、その扉が開いて、真希と千鶴が部屋の中へ入ってきた。

「やっほー、透矢！」

「お兄ちゃん、来たよ」

「お、おお・・・あ、ちょっと待ってくれな」

幼馴染みの来訪に、透矢は慌てて床に散らばったカードを集めて、二人が立ち入るスペースを作ってやる。

「どうしたの、ぼーっとしちゃってさ」

「い、いや・・・なんでもない」

心、ここにあらずといった透矢。
真希と千鶴は違和感を覚えつつも、この時は特に気にはしていなかった。


「ーーでさ、明日、三人でーーって、ちょっと聞いてんの？透矢！」

二人が来て幾ばくかの時間が経っているというのに、ぼんやりしている透矢。
真希もつい口調に力が入ってしまう。

「え？えーと、なんだっけ？」

「だからさ、明日遊びにでも行かないか、って話よ！
あたしのおごりでね」

「お兄ちゃん、気分でも悪いの？
なんか、さっきから様子が変だよ？」

真希はデュエル・キラーの一件で迷惑をかけたせめてもの詫び、ということで、費用は真希持ちでどこかに出掛けようと話していたのだが、透矢の頭にはまるで入っていない。

千鶴もさすがにおかしいと感じたか、透矢に聞いてくる。

「い、いや、別になんでもないんだよ。
ちょっと考え事しててさ」

「考え事？何よ、考え事って」

「ひょっとして、明後日の会長さんとのデュエルの事かな、お兄ちゃん？」

「あ、ああ・・・まぁな」

千鶴の言葉に適当に頷いてしまう透矢。
確かにそれならば物思いに耽るのも納得できる話であり、真希も千鶴も頷く。

「まぁ、刹那は確かに化け物よ。
多分、今すぐにプロデュエリストになっても、充分やっていけるレベル、って感じだし」

「アカデミアの最強デュエリストだもんね。
すごいなぁ・・・どうしたら、そんなに強くなれるのかなぁ」

「千鶴ちゃんは大丈夫！
千鶴ちゃんの実力は私が一番、よく知ってるから。
もっと自信持って！」

「うん・・・でも、結果を出さないと駄目だよね。
頑張らないとーー」

「う、うん、あたしも力になるからね」

千鶴の心に芽生えた『成長』。
真希はそれが見え隠れして、どこか不安な気持ちを抱いていた。

ーーところが、相変わらず透矢はぼんやりとしたまま何も語らない。
少し苛ついたか、真希はそんな透矢の額を軽く指で押す。

「で、明日はどうする？」

「明日？」

「だからさ！
明日、何時から出掛けようか聞いてんの！」

「明日・・・か。
ーーん？いや、明日はダメだ、すまん」

「えぇ？！」

明日、三人で出かける方向で話が進んでいたのだが、透矢はようやくそれを把握する。
しかし言うまでもなくそれは不可。
タッチの差というべきか、既に予定が組み込まれている。

「明日、なんか用事でもあるの？」

まさか断られるとは思っていなかったか、真希が不満そうに聞く。

「いや、実は明日、会長さんと約束があるんだ」

「刹那と？」

「ああ、ちょっとな」

「ちょっとって？」

「いやだからさ、一緒に出掛けよう、ってさ」

「あんた、いつの間にそんな約束を？」

「ついさっきなんだけど、電話でーー」

「そ、そうなん、だ・・・」

それを聞いた真希が、特に気にしていない、というような表情を見せるが、それがあまりに演技過剰過ぎて、千鶴にはその裏腹な気持ちがわかっていた。

（透矢と刹那が・・・？
しかも二人きりでーー？）

目を背けながら、真希も物思いに耽り始めてしまう。
透矢もまた然り。
三人でいながら、一人取り残されたような千鶴は、重い沈黙にただ耐えるのだった。