キー・カード３枚目　作：はにわ

　
「ーー炎魅子さんが負けた・・・」

ーーデュエルが終わり、戦った二人に惜しみない歓声と拍手が送られる中、
刹那、地影、水花の生徒会メンバーはただ静かに佇んでいた。
そんな中、最初にぽつりと呟いたのは地影。

「・・・端から見れば遊戦名くんが全体的に炎魅子さんの読みの一歩上を行っていたようですけど・・・」

「ーーそう、端から見ればね」

「刹那さん？」

「炎魅子ったら、私の目が節穴だとでも思っているのかしらーー」

刹那は呆れ、そして落胆したように息を吐いた。

「最後のクリムレイズ・シードを『敢えて』攻撃表示で特殊召喚したことといい、手札に『あのカード』を抱えたまま使わなかった事といい・・・全く、私を馬鹿にしているのかしら」

「どういう事ですか、刹那さん？」

今のデュエルの、『見えない部分』を見切っていた刹那。
地影の問いかけに語り始める。

「最後、『相見えし宿敵』で迎撃するつもりなら、クリムレイズ・シードは守備表示での特殊召喚で良かったはず。
それなら、最後に炎魅子はダメージを受けず、次のターンに炎魅子が勝ったはず」

「で、ですが、遊戦名くんの戦略を読みきれていなかった結果では？
数値の高い攻撃表示で出すのはむしろ普通ではないかと」

「炎魅子はそんな甘いデュエリストではないわ。
本来の『冷静沈着』な炎魅子なら、無難に守備表示で特殊召喚したはず」

「・・・そうですね。
炎魅子さんはあれで、私たち四天王の中では最も思慮深いデュエルを得意とするデュエリストーー」

刹那の言は結果論に近いものがある、と地影は最初思ったものの、
地影の知る『炎魅子のデュエル』を鑑みたとき、刹那の言葉に納得したのだった。

「ーーそれに、炎魅子。
最初から手札に抱えていたわよ。
『ジ・エンド・オブ・デイ』をーー」

「ーーえっ？！
ど、どうして、そんなーー？」

「地影？
私も炎魅子もあなたも・・・昨日今日知り合った仲ではないでしょ？
あなたも勝てる手札を抱えながら、それを使わなかったのだから」

「せ、刹那、さんーー」

地影は透矢とのデュエルで勝てる手札を持ちながら、自らの意地と美学のためにそれを使わなかった。
それを刹那は見透かしていたのである。
戸惑う地影の様子を見て、刹那はさらにため息をつく。

「全く・・・まぁいいわ。
確かに透矢くんの戦略は見応えはあったしね。
ーーもっとも、それは炎魅子がそういう流れを作ったから、だけどーー」

そう言いながら席を立った刹那。
そのまま水花を引き連れて出口の方へ向かって歩き出す。

「刹那さん？」

「生徒会室に戻ります。
地影、炎魅子に後で私のところに来るように伝言を頼むわ。
ーー処分の事もあるし」

「せ、刹那さんーー」

地影に言葉を残して、そのまま振り返らずに立ち去る刹那。

炎魅子は負けた。
ということは処分はどうなるのか？

地影は今すぐにでもその後ろ姿に問いたい気持ちだった。




ーーデュエル場。

透矢と炎魅子は握手を交わしていた。

「ーーやったな、遊戦名！
これであと一勝だよ。
それで次は刹那とのデュエルさ！」

「は、はい・・・でも、先輩・・・」

「どうしたい？
勝った奴が、ショボくれた表情しちゃってさ？」

また強敵を打ち倒した透矢。
しかしその表情に笑みはない。
むしろ何かを心配しているようである。

「だって先輩・・・このデュエルに負けたら・・・副会長を辞めるってーー」

「んな事、遊戦名は気にしなくていいのさ！
これはあたしが勝手な事した責任をとるだけなんだからさ」

「気にするな、って・・・気にしますよ！」

眉を吊り上げる透矢。
炎魅子は小さく笑いながら、拳で透矢の胸を軽く小突く。

「悪いね、気を遣わせちまって」

「先輩・・・」

「遊戦名は次のデュエルを考えてればいいんだよ。
ーー大事なデュエルなんだからね」

「え・・・っ？」

そう続けながら、炎魅子は透矢の手を取り、『二枚のカード』を握らせた。
１枚は『煉華龍 クリムレイズ・シード』のカード。
そしてもう１枚はーー。

「これは？」

「こっちは刹那と戦うために必要なキー・カード。
そしてもう１枚は・・・次のデュエルで役立てな」

透矢はまじまじと『そのカード』を見つめた。
キー・カード、クリムレイズ・シードと『もう１枚』のカードをーー。

「分かってると思うけど、次の相手はあの『デュエル・キラー』さ」

「『デュエル・キラー』・・・」

「強さは身に染みて分かっただろ？
ーー時間はあんまりないけど、しっかり対策してーー今度は・・・絶対に勝つんだよ」

「先輩・・・なんで、俺のためにそんな？」

「さあ・・・？
なんでかね？」

わざとらしく笑う炎魅子。
透矢は炎魅子の見えざる思いが未だ掴めず、ただ呆けたように彼女の顔を見つめ続ける。

ーーそんな時。
炎魅子の持つ携帯端末が着信音を鳴らし、上着のポケットからそれを取り出す。
どうやらメールのようだが、それを一目した炎魅子は目を閉じた。

「ーーさて、呼び出しだ。
じゃあ、お先に、遊戦名」

「せ、先輩！」

そう言って、透矢の脇をすり抜けて入り口へと向かう炎魅子。
透矢が呼ぶと、炎魅子は後ろ姿を見せたまま立ち止まった。

「次のデュエル、楽しみにしてるよ。
そうだね、今度は卒業デュエルの相手でもしてもらおうかな」

「先輩・・・」

「次も楽しいデュエル、しようぜ？『透矢』！」

「は、はい、先輩！
楽しみにしてます！」

炎魅子らしく、力強い笑みを横顔で見せながらそう声を掛けると、透矢も笑顔でそれに応えた。
まだ観客席からの歓声鳴り止まぬ中、炎魅子は手をあげながら先に去っていくのだった。
透矢はただその後ろ姿を見送るだけだった。


ーーそして体育館から先に出た炎魅子。
校舎へ続く道の途中、そこには既に彼女を待つ誰かが佇んでいた。

「ーーおや、お出迎えかい？」

「そんなわけないでしょう」

「んじゃ、何の用だい。
あたしは刹那に呼び出されてんだから、ゆっくり話してる暇はないんだよ」

『誰か』、その女子生徒と馴れたように会話する炎魅子。

「ーーなんで、わざと負けたんですか？」

『彼女』が問いかける。

「ーーなんのことだい？」

「惚けないでください。
昨日の事といい・・・何を企んでるんですか？」

「さあて、ね？
あたしには何の事やら・・・」

肩を竦めながら、『彼女』の脇を通りすぎる炎魅子。
『彼女』の睨む視線が炎魅子を追う。

「ーー余計なお節介はなしですよ、先輩」

「・・・」

「あたしは楽しんでやってるんです。
勘違いしないで下さいね」

「ーーそうかい」

炎魅子は素っ気なく答えて、そのまま歩みを進める。

「ーーあたしは超えられない。
あのデュエルじゃ・・・あいつはあたしを超えられない！」

『彼女』は炎魅子の背中に向かって叩きつけるように言い放った。
すると炎魅子は足を止める。

「ーーふふん、どうかねぇ。
やってみなくちゃ分からないよ」

そう応えた炎魅子は、再び足を進ませて校舎へと消えていった。

「ーーお節介なんだから・・・」

『彼女』、いや風紀委員ことデュエル・キラーは見えなくなった炎魅子の背に向けて、吐きつけるように呟いた。
その表情は怒り混じりの哀しみに歪んでいた。