刹那の職権濫用　作：はにわ

　
ーー透矢と真希のデュエル、その翌日・土曜日。
本来は休みであるはずのこの日に、透矢は真希を連れ立ってアカデミアに赴いていた。
その理由は刹那からの呼び出し。

ーー刹那は生徒会の職務に励むべく休日登校していたわけで、そのついでに透矢と話をすべく呼び出したのである。

用向きはもちろん生徒会大戦について。
生徒会四天王を悉く討ち果たした透矢は、いよいよ最後の相手である刹那と戦うのである。
これにも透矢が勝つような事になれば、その瞬間会長の座は入れ替わる。
それがこの生徒会大戦に於ける、単純にして厳格なる取り決めである。

折角の休日なのだから透矢は断ることも出来たが、彼自身刹那に話をしたい事があったため、刹那の呼び出しをむしろ進んで承諾した。

そして真希もそれに同行し、今、二人は生徒会室にいる。
室内にはもちろん刹那、そして炎魅子に地影、そして水花の姿もある。

「ーー透矢くん。
生徒会四天王、全勝おめでとう。
これで透矢くんは晴れて、私に対する挑戦権を得た事になるわ」

「・・・そうっすね」

「あら、浮かない顔して・・・どうしたの？」

いかにも白々しく、と言った風に笑いかける刹那。

デスクに座る刹那を、立ったまま見下ろす透矢。
隣にはその顔色を窺うように真希。
その背後のソファーには、炎魅子、地影、水花が座ってその様子を見守っていた。

「ーー真希、あなたも顔色がすぐれないようだけど。
調子でも悪いのかしら？」

「刹那・・・あのね」

「あら、なあに？真希」

何かを言い掛けて、１度透矢の顔を見て、お互いに頷いて互いの意志を確かめあった真希。
そして真希は持っていた大きめのスポーツバッグを、上に挙げて刹那に見せる。

「それは？」

「デュエル・キラーの、衣装！」

「そんなもの、今日どうしてわざわざ持ってきたの？」

「刹那がわざわざ作ってくれた衣装だけど・・・返そう、と思ってーー」

「返す？
・・・どういうことなの？」

「・・・刹那。
あたし、デュエル・キラーを辞めたいの！」

真希がまず己の意志をはっきり刹那に伝えた。

「突然、なに？
どうして辞めたいの？」

「もう・・・もう、やりたくないから」

「あら、ついこの間まで『楽しんでる』、って言ってたじゃない」

「でも・・・！
でも、もうやりたくないの！」

「ふぅん・・・困ったわね、そんな急に」

「ごめん！
風紀委員としての仕事は今まで通りやるからーー」

「風紀委員の仕事は、デュエル・キラーになること、よ」

「せ、刹那・・・」

「真希・・・あなたが自分でやる、って言ったのよ？
最後まで責任を持ってくれないと困るわね」

痛いところを突いてくる刹那。
確かに刹那の言うことは事実であり、真希は反論できない。

「ーー真希は千鶴をいじめから守るために、デュエル・キラーになったんだ。
でも、もうそんな必要もないんだよ」

そこへ透矢がすかさずフォローに入る。

「鳴瀬さんの事は私も知ってるわ。
でも必要ない・・・っていうのは、どうして？」

「それはこれからは・・・。
ーーこれからは俺が、いるからさ」

「透矢ーー」

「だから、真希はもうデュエル・キラーなんてする必要ないんだ」

少しどもりつつも、はっきりとそう告げた透矢。
真希は心の中で嬉しさを噛み殺そうとするも、表情に出てしまっている。
後ろでは炎魅子と地影も温かい笑顔を見せていた。

「くす・・・ちょっと真希がうらやましいな」

「刹那・・・」

刹那も小さく笑う。
真希は照れたように顔を逸らした。

「まぁいいわ。
これから透矢くんと私は会長の座を賭けてデュエルするわけだし。
それまでに私がどうこう言っても、私が透矢くんに負ければ意味ないからね」

「会長さん・・・！」

「真希もやりたくない、っていってる事を無理矢理やらせるのもね。
私にとっても、真希は大事な友達だから」

「刹那・・・！」

「じゃあ・・・会長さん！」

透矢は理解を示してくれている刹那を見て、気持ちが躍る。

しかし前のめりになった透矢を制するように、刹那は人差し指を立てた右手を突き出す。

「ただし、条件が１つあるわ」

「じょ、条件・・・？」

「くすくす・・・」

ほくそ笑む刹那。
真希が、そして炎魅子と地影がその表情を見て、背筋がざわつく。
あの笑い方は刹那が良からぬ事を考えている時だからだーー。

「これからは私の事は、『刹那』って呼ぶこと」

「へ？」

「さん付けもダメよ。
『会長』もいらない。
『刹那』って呼び捨てで呼んでね」

一瞬、透矢には言ってることの意味が分からなかった。
だが刹那の屈託のない笑顔を見て、ようやく察したのだ。

「わ、分かったよ。せ、せつ・・・せつ、な・・・」

「相変わらずぎこちないわね・・・そんなに呼び辛いの？」

不満そうに顔を膨らませる刹那。
すると後ろから炎魅子が、背中から抱きつくように、透矢の首に腕を回した。

「なぁあーに、照れてんだよ、透矢！
『刹那』、って普通に呼んだらいいじゃねぇか！」

「いやでも、炎魅子先輩・・・」

「炎魅子の事は普通に呼んでるのに、私だけ呼びにくいの？」

「それを言ったら、私たちは変わらず苗字呼びですがーー」

地影も参加。
水花も炎魅子の真似をして透矢の足元に張り付き、一同は明るさに包まれた。
そんな中で真希は炎魅子、地影に目配せし、最後に刹那と視線で互いの気持ちを伝えあったのである。

こうして真希は名実共に、デュエル・キラーから解放された。
恐らく二度とこのアカデミアにその姿を現すことはないのだろう。