決戦の朝　作：はにわ

　
「ーーふぁ・・・っ」

ーー翌日の朝。
アカデミアへと続く道を、いつも通り真希と千鶴の３人で歩く透矢は思わず大きく口を開けて息を吐き出すと、目を指で擦る。

「お兄ちゃん、大きな欠伸」

「ああ、悪い、悪い」

「昨日は帰りが遅くなっちゃったもんね」

「それもあるけど、今日は４時くらいに起きて、ずっとデッキいじってたからなー」

「大丈夫？お兄ちゃん・・・」

「大丈夫、大丈夫。
放課後のデュエルまでにはしっかり目も覚めるさ」

「そんなこと言って、授業中、居眠りとかしたらダメだよ・・・？」

「う・・・お前も真希みたいなこと、言うようになったな」

「そ、そうかな？」

真希を間に挟んで言葉を交わす二人。

ーーあれから程なく宴会は終わり、透矢を含めた夜の来客一同は、刹那の計らいで車を用意し、それぞれの自宅まで送ってもらったのだった。

部屋に戻った透矢はすぐに泥のように眠り、そして今日、決戦の日を迎えた。
生徒会大戦もいよいよ最後。
最後の相手は会長・刹那。
そのはずの相手と、昨日１日中、仲良く遊んでいたなどと少しおかしな話ではある。

「お兄ちゃんと会長さんが遂にデュエルするんだ・・・それも、生徒会長の座を賭けてーー」

「まぁな」

「なんか凄いよね。
だって、神楽坂会長さんが会長になってから、ここまで来た人は誰もいないんだもん」

「ま、確かに辛い道のりだったさ」

透矢が生徒会大戦に参戦してから、この２週間。
透矢は強敵中の強敵、四天王を次々と打ち負かしてきた。
一戦も負けられない中、そのプレッシャーに屈せずにここまで辿り着いただけでも快挙と言える。

「ま、お陰で俺も成長出来たのかな、って実感はしてる。
やっぱりとびっきり強い奴と戦うと、何て言うか経験値が違うな」

「うん、それは分かるよ。
私もお兄ちゃんやお姉ちゃんからいっぱい、勉強出来てるし」

「そうか？
俺はともかく真希ならーー」

しきりに言葉を交わしていた透矢と千鶴だが、ふとさっきから真希が一言も喋っていない事に気付く。
それどころか、やや俯き気味に地面の方を見ながら静かに歩くだけで、いつもの元気はない。

「どうした、真希？
さっきからずっと黙ってるけど、眠いのか？」

「え？
あ、ううん。
そ、そんな事ないよ？」

「お姉ちゃん、調子悪いの？」

「だ、大丈夫、大丈夫！
ちょっとぼーっとしてただけだからさ」

透矢や千鶴の伺いに、明るくいつもの調子で応えたようだが、やはり違和感は拭いされなかった。

（やっぱり・・・デュエル・キラーの一件をまだ、気にしてんのかな？）

（お姉ちゃん、昨日の事でお兄ちゃんに悪いと思ってるのかな・・・。
私もお兄ちゃんに嘘ついたままだしーー）

透矢と千鶴がそれぞれ真希が元気のない理由を思い巡らせていた。
しかし答えはそのいずれにもあらず。
真希は昨日の一件で、蓮華と刹那の言葉が深く突き刺さり、将来への悩み・不安となり、そこから意識を離せずにいたのだ。

（あたし・・・アカデミアを卒業したらどうするんだろ。
透矢は？
それに千鶴ちゃんももう、何か考えたりとかしてるのかな？）

流れに身を任せていた今まで。
しかしいずれ進路は決めなくてはならず、そしてそれはもう考え始めなくてはならない。

自分は一体、何になりたいのか。

また自分に選択肢はどんなものがあるのか。

そして透矢、千鶴はどうするのか？

卒業しても３人の仲は変わらずにいられるだろうかーー。

そんな様々な問いかけに、１つも答えが見出だせず、真希の脳裏はこんがらっていたのだ。



ーーやがてアカデミアに辿り着く３人。
言葉も少なく歩いていた一行の前に、正門の片側の柱に背を預けていた一人の生徒の姿が目にはいる。

「ーー先輩、おはようっす」

「お、流石じゃねぇか！」

「さ、流石くん、おはよ・・・」

「ああ、おはよ、鳴瀬。
それに千歳先輩も」

そこにいたのは凌斗。
透矢は明るく声を掛けるが、千鶴はまだまだ緊張しているようだ。
流石の方は自然体を振る舞っており、千鶴に対しては怖がらせないよう気遣う、優しさすら感じられる。

そんな中で真希は頷くだけで、無言だ。

「聞きましたよ、先輩。
今日、いよいよ会長とーー」

「ああ。
これに勝てば、お前も助かるってわけさ」

「ーー俺の事は気にしないで、先輩は会長とのデュエルを楽しんでくれよ。
俺は・・・自業自得なんだし」

「流石、でもよ・・・」

透矢に遠慮がちな流石に話を聞くと、流石は今日がアカデミアに通える最後の日だという。
もし透矢が勝ち、生徒会長となって退学処分を取り消すよう働きかければ流石は助かるが、負ければ明日から流石はこのアカデミアには通えない。
透矢に自らの命運が懸かっているわけだが、流石は自分のために必ず勝てとは言わなかった。

「今からすれば、俺はとんでもない人に自分の意地を押し付けてたんだな、って思ってる。
俺じゃ多分、ここまでは登れなかった」

「そんなことねぇって」

「でも、もしまたデュエルする機会があるなら・・・今度は、必ず！」

「ああ、いつでもいいぜ！」

二人が頷く。
かつては敵対意識を全面に表していた相手が、今や尊敬すべき人間へと、流石の中では変わっていた。
そして願わくば、アカデミアにおける自らの席よりも、もう一度デュエルをしたい、と。

流石の偽らざる気持ちであった。

そんな様を千鶴はどこか安心したような穏やかな笑顔で見守っていた。