天才少女・水花の極寒デュエル！⑫　作：はにわ

　
ーー場は騒然とする。
天才少女・水花はこのアカデミアにおいて有名な存在。
四天王であり、天才少女と銘打つだけの実力を備え、
そして何より九歳という女の子でありながら、感情の起伏を滅多に出さない。

そんな水花が泣き叫ぶ。
十歳に満たない少女に嫌な事が起こり、泣き叫ぶ姿はある意味では『らしい姿』と言えるかもしれないが、
水花は別なのである。

水花が泣き叫ぶ姿など、このアカデミアに人間の誰もが見たことはなかった。

「ーー水花！」

即座に動いたのは透矢。
元々、様子がおかしいことを察知していた彼である。
何故泣き出したのか、を考える前に、泣き叫ぶ少女を放っておけない、という感情が彼の身体を反射的に動かせた。
当然デュエル中であるというのも忘れて、透矢は水花の側に駆け寄った。

「水花！
どうした、大丈夫か？」

「あ、ああ・・・嫌だ、嫌だ・・・。
み、水花、ま、また、負けちゃうよ・・・」

「水花？」

「ま、負けたら、死んじゃう・・・、
ぱ、パパと、ママみたいに・・・」

「死ぬ・・・？
パパ、ママ・・・みたいに？」

「いやぁあああ！
た、助けてっ、助けてぇ、パパぁ、ママぁっ！
どうして水花を独りにするのぉっ？！
怖い・・・こわいよぉおおおっ！！」

透矢が語りかけても、目の焦点を合わせない水花。

水花が何を言ってるのか、それは透矢が知る術もない。
だが半狂乱に泣き叫ぶ姿はまさに両親に助けを求める、弱々しい少女そのもの。
しかし水花を抱きしめてくれるものはいない。
水花に温もりを与え、慰めてくれるものはいないのだ。

「ーー水花！！」

観客席の方から一際、大きな声が上がる。
もっとも、観客席のざわめきのせいで、それも拡散されてしまうが。
だが同時に動いていた『彼女』は観客席の最下段まで行くと、身軽なその体躯をふわりと浮き上がらせて、
身体の半分ほどの手すりを一気に飛び越えてしまう。
観客席から体育館の床までは４、５メートル、と意外と高い。
だがそんな事は微塵にも感じさせずに、『彼女』は床へと降り立った。

会長・『刹那』である。
観客の視線が会長の勇躍に集中する。

「水花！
今、行くからーー」

刹那は水花の元へ駆け寄ろうとした。
あそこまで取り乱した水花を見るのは実は刹那も初めてだったが、
水花の気持ちを落ち着かせられるのは、姉妹のように一緒に暮らしてきた自分しかいない、と。

だがそうして足を踏み出そうとしたところで、『その光景』がそれを制止させた。

「透矢・・・くん」

透矢が刹那より早く水花を包み込んでいた。
泣き叫び、少女の身体を透矢の大きな身体が抱きすくめ、
その震えを止めてあげようとするように。

「水花」

「助けてぇ・・・、パパぁ、ママぁ！
どうして助けてくれないのぉっ！」

「水花」

「怖い・・・怖いのぉ・・・」

「水花、大丈夫だ」

透矢は水花を優しく抱きしめながら、穏やかに呼び掛け続ける。

「た、たすけ・・・。
あ、『あいつ』に・・・殺、され・・・」

「水花、大丈夫だ」

水花の声に対して一回、一回呼び掛ける透矢。
何故、透矢がそんなことをしているのか、何故、抱き締めているのか、何が『大丈夫』なのか。
根拠も理由もない行動。
ただ泣いている少女をそのままには出来ない、という透矢の心。

それが少しずつ水花に浸透し始めたのか、水花の声が徐々に小さくなり、身体の起伏も収まる。

刹那が、クロエが、そして観客たちも静かにその情景を眺めていた。

「水花、こ、怖いの・・・」

「大丈夫だ。
怖いことなんてない」

「で、でもね、デュエルに、負けたら・・・し、死ぬって・・・」

「そんなことあるかよ。
勝とうが負けようが、何も起きたりなんかしない」

「で、でも・・・」

「水花。
ここには先生もいる。
刹那会長さんもいる。
みんながお前を護ってくれる。
俺もお前を護る」

「本当に？
本当に・・・水花のこと、護ってくれるの？」

「ああ。
お前を怖がらせたりしない」

「本当に・・・？」

「本当だ。
ここにいるみんなは、お前と同じデュエルが好きな仲間だ。
だから・・・信じろ」

水花が怖がるものの正体が何なのか。
透矢は知る由もなくそう投げ掛け続けた。
人によっては無責任に感じるものもいるだろうが、透矢自身嘘は言っていない。
勿論、水花を落ち着かせるためもあるが、何かに怯える少女を護りたいというのは、人間らしい優しさに溢れた思いである。

だからこそ半狂乱だった水花も気持ちを落ち着かせた。
水花自身もいつの間にか、抱き締めてくる透矢の身体を強く掴んでいたのである。

「ーー透矢くん」

「会長、さん」

すると水花の傍らに立った刹那が声をかける。
透矢が見上げると、刹那が優しく微笑み返す。

「ほら、水花。
会長さんが来たぞ」

「あ・・・」

刹那が来たのを見て、透矢は水花から離れる。
そして代わって刹那が水花の側に寄り添った。

「水花」

「刹那・・・」

「もう大丈夫よ。
私が来たからね」

「・・・うん」

しゃがんだ刹那が水花と顔を向き合わせながら頭を撫でる。
水花も気心知れた刹那がやはり一番安心できるのか、一気に水花は落ち着きを取り戻した。

自分の出番は終わったーー。

透矢は二人の姿を眺めながら、後ろ足に距離をとる。

「水花、今日はここまでにしてまた次の機会にデュエルする？
水花が望むなら・・・ね？」

刹那がそう語りかけながらも、透矢にも目配せをする。
訊かれた透矢は、頷いてそれに応えた。
こんな状況になった以上、デュエル中止は仕方がない。
むしろ中止すべきである。

「・・・ううん、水花、最後まで、やるよ」

「え？
でも、水花・・・」

「最後まで・・・デュエル、したいの」

それは意外な水花の意思表示だった。
あろうのことか、インターバルは必要ないというのだ。
透矢をじっと見つめる水花。

「おいおい、無理すんな、水花。
デュエルはいつでも出来るんだからさ」

「・・・ううん。
今日、このデュエルは、一度、だけ・・・。
だから・・・最後までやりたいの」

またいつも無表情な顔に戻った水花。
しかし語る言葉の一つ一つに水花の強い意志が含まれている。

「水花・・・」

刹那もそれを感じたのだろうか。
本当はこの時点でデュエルを止めるつもりだったのだろう。

少し考えた刹那は頷いて、結論を下した。

「分かったわ、水花」

「・・・うん」

「その代わり、私も側で見させてもらうからね。
キツそうならデュエルを止めます。
それでもいい？」

「・・・（こくり）」

「ん。
水花、心配しないでいいから。
後は全力でぶつかりなさい」

水花は力強い眼差しで頷いた。
負けることに強く怯えていた水花。
だがデュエルが嫌いなわけではない。
刹那が見守っていてくれるなら、水花も心強い気持ちで臨めるのだろう。

「透矢くん、水花は続行を希望しているけど・・・イケる？」

「俺は構わないっす。
水花がいつも通りにデュエル出来て、そしてこのデュエルに決着がつけられるなら、言うことなんてないっすよ」

「オーケー。
では、デュエルはこのまま続行します！」

透矢が了解したのを見て、刹那は声高らかにそう宣言する。
すると観客席の生徒が大いに湧き、拍手でそれに応える。
もちろん、生徒たちも事情は分からない。
だが泣き叫んでいた少女が己を取り戻し、再びデュエルに臨む姿に、同じデュエリストとして感銘を受けたのだろう。

「よし、続きだな！水花！」

「・・・うん！」

透矢の呼び掛けに水花が応えた時、少女の顔が少し笑ったように透矢には見えた。
一時は続行不能か、と思われたデュエル。
過去の恐怖心から立ち直った水花が、再びその力を如何なく発揮させようとしていた。