ある日のこと　作：はにわ

ーー透矢と地影の戦いから翌日。
透矢が緒戦を制したことは掲示板などで公表され、透矢のアカデミアでの知名度は飛躍的に高まった。
転入から１カ月目で生徒会大戦に挑み、不沈の先鋒・朝霧地影を倒したとなれば無理もない。

次なる戦いを一目見たい、と生徒会にはかなりの問い合わせが相次いだものの、そこは地影がフォローに回り、その負担を最小限に留めていた。
次の戦いはいつなのか、そして四天王側から誰が出場するのか。
アカデミアではその話で賑わっていたのだった。


ーーそんなアカデミアの空気の一方で。
鳴瀬千鶴は危機を迎えていた。
授業が終わり、兄姉と慕う透矢と真希と一緒に帰ろうと教室に向かう途中、廊下で一人になったところを、数名の同級生に絡まれた。

その同級生は凌斗の取り巻きだった者たち。
凌斗があんなことになってから鳴りを潜めていた彼らだが、今日になって再び魔の手を千鶴に伸ばしつつあった。

臆病な千鶴は彼らに全く逆らうことは出来ず、ただ身を縮めて震えるだけ。
罵声を受け続けて、ついに泣き出しそうになった千鶴。

「ーー止せよ」

そこへ止めに入ったのは、信じられないことだが、凌斗だった。
かつては先頭に立って取り巻きを仕切り、千鶴を苛めていた張本人である。
千鶴もこれには信じられない、といった顔だ。

「ーーへ、へへ、今さら何の用っすか、流石サンよ」

何人かは凌斗の登場によって気圧されていたようだが、その内の一人は挑戦的な態度で彼に臨む。

「止めろ、って言ってんだよ。
お前たちもいつまでもそんなことやってると、俺みたいになるぞ」

「偉そうに命令すんなよ！
退学間近の奴がよ！
俺たちはもうあんたの子分でもなんでもないんだぜ！」

声を荒げたりせずに、冷静に諭そうとする凌斗に、その一人の生徒は威圧するように前に出て、残りの者たちもその背中を押すように前に出る。

「ああ、退学間近さ。
調子こいて、意気がった末路がこのザマなんだよ。
お前らにも分かっただろ？
さっきも言ったが、いつまでもそんなことしてると、取り返しのつかないことになるぞ」

「うるせぇな！
あんたにはもう関係ないだろ！」

「ーーそうかよ、ならいいさ。
でも、そいつに嫌がらせするのはやめろ」

「何言ってやがんだ！
あんただって、こいつのこと苛めてやがったくせに！
急に良い子ぶってんじゃねぇ！」

冷静に事を収めようとする凌斗だが、その生徒の感情は高ぶるばかりであり、このままでは今にも凌斗に取っ組みかかりそうだ。
相手は数人。
例え凌斗の腕っぷしが強いとしても、分が悪い。
千鶴も一触即発のその状態を、ただ不安そうに見守るだけだ。

「ーーこらぁっ！
あんたたち、何やってんの！？」

だが救世主が現れた。
真希である。

「ーーお姉ちゃん！」

「やべ・・・っ、くそ！
覚えてろよ！」

真希が怒りの形相でこちらに向かってくるのを見て、苛めグループは蜘蛛の子散らすように逃げていった。
そして真希は千鶴の元へたどり着き、一転して心配そうな眼差しを向ける。

「大丈夫？千鶴ちゃん！
あたしが来たからにはもう大丈夫よ」

「うん、大丈夫・・・心配かけて、ごめんね」

「間に合って良かった・・・遅かったから様子見に来たんだけど、正解だったわね」

安堵する真希。
すると、鋭い眼差しが凌斗を捉えた。

「ちょっと、流石！
あんた、また千鶴ちゃんをーーっ！」

「待って、お姉ちゃん！
さ、流石くんは、私のこと、た、助けてくれたの・・・」

「へ？そうなの・・・？」

凌斗に怒声を浴びせようとした真希を、慌てて千鶴が制止する。
真希はにわかに信じられない、という表情だ。

「あの、千鶴ちゃんを護ってくれたの？」

「いや、そんなんじゃないっすよ。
たまたま通りがかっただけなんで」

「ごめん、話も聞かないで。
千鶴ちゃんを助けてくれてありがとう」

「気にすることないっす。
疑われても仕方ないからな」

「でも、どうして・・・？」

真希が凌斗に聞く。

凌斗が千鶴を苛めていたのは、真希もよく知っていて、真希にとって凌斗は要注意人物の一人だった。
そのはずの凌斗が、何故千鶴を助けてくれたのか。

「鳴瀬は、遊戦名先輩の連れですからね」

「あいつの・・・連れだから？」

「先輩には借りがありますから。
いや、下手したら、とんでもない借りをつくっちまうかもしれないですしね」

そこまで凌斗が言って真希も気付く。
凌斗は今、アカデミアに通えているとはいえ、程なく退学の身。
それを救わんとする透矢に恩義を感じていて、
その透矢の幼馴染みである千鶴を助けることで、少しでも報いようとしたわけだ。

「千歳先輩、大丈夫っす。
俺がいる間はあいつらに、鳴瀬に手を出させたりはさせないっすから」

「流石・・・ありがと」

「じゃあ、自分はこれで」

少し照れくさそうにしながら踵を返す凌斗。
すると千鶴が一歩踏み出す。

「あ、あの、さ、流石くん・・・。
た、助けてくれて・・・ありがとう」

「・・・」

千鶴のお礼に、凌斗は振り返らずそのまま去っていった。

「何よアイツ・・・、根っからのワル、ってわけでもなさそうじゃない」

真希は凌斗を少しは見直したのだろうか。
頼もしさすら感じているような視線で、凌斗を見送った。
千鶴の心境は分からないが、やはり穏やかな表情でその背中を見つめている。

「ーーま、これで少しは安心出来そうね。
良かったね、千鶴ちゃん」

「う、うん・・・」

「帰ろ、千鶴ちゃん。
透矢は生徒会室にいるから、迎えに行こ」

「うん」

真希は千鶴の手を引くようにして、もう一人の幼馴染みを迎えに行くべく二人で歩き出した。