序章 託されたデッキ　作：はにわ

　

『その人』との出会いは何気ないと言えば何気なく、不思議と言えば不思議な出会いだった。

ーーあれは丁度半年くらい前の事だった。
夜の公園。
昼とはうって違い、人のいなくなった静かな空間。
雑木林の傍らに置かれた木製のテーブルの上で、自慢の『カードデッキ』を広げて、カードを組み替えるのが、たまの気晴らしだったんだよな。

・・・いや、なんていうか、その頃の俺はらしくなかったな。

念願だったデュエルモンスターズの養成学校『デュエル・アカデミア』に通い始めて一年くらい。
俺は自慢の戦士族を主体にしたデッキで、仲間たちと切磋琢磨、共にしていたんだけど・・・。
仲間の中には上位のクラスに行く奴もいるなか、俺はいつしか伸び悩みを感じ始めていた。

デュエルモンスターズは楽しい。
だが勝てなくなるのはやはり悔しいし、何て言うか辛い。
純粋にゲームを楽しめなくなっていた悩み、そんな自分に対してやりきれない怒り。
気が滅入りそうになるとき、俺はこうして夜の公園で１人デッキをいじっていたのだった。

ーーそんな時だったな。
その女の人が現れたのは。

不思議な雰囲気、不思議な光を放つ瞳。
多分、年は俺より十歳くらい上かな。
１人でデッキをいじっていた俺に突然デュエルを挑んできた。
いや、さすがにいきなり過ぎるその申し出には驚いたけど、気晴らしついでにそのデュエルに応じた。

結果は負け。
負けて清々しい・・・なんて、この一年感じてなかったけど、その時のデュエルは忘れかけた気持ちを思い出させてくれた。
それを契機に、俺とその人はお互いに名前も分からないまま、
こうして夜の公園でデュエルするようになり、そして日に日に会う回数も増えていくのだった。

ところが今日。
いつしかお姉さんと呼ぶようになったその人を前にして俺の気持ちは沈んでいた。

両親の事情で引っ越しがちだった俺の家庭。
今回、元々生まれ育った場所に帰ることとなったんだ。
ここからはとても遠い場所。
つまりお姉さんとデュエル出来るのは今日が最後なんだーー。
対戦成績はきっと俺がかなり負けていたと思う。
でも大人な表情が作り出す楽しそうな顔は俺の励みになっていたんだ。
現にアカデミアでの成績も最近は昇り調子だったしね。
だからお姉さんと別れるのが、ある意味ではアカデミアで出来た仲間と別れる以上に辛かった。

「ーー大丈夫。
またきっと会えるわ」

別れを惜しむのが分かったからかな。
俺を気遣ってくれるお姉さん。

また会える・・・か。
そうだよな、別に会おうと思えばいくらでもーー。

「これを受け取って。
私たちの再会の誓い」

お姉さんがそう言いながら差し出したのは自分のデッキ。
受け取ってなんて、そんな大事なものを受け取れるわけない。

「持っていって。
そしてこのデッキとあなたのデッキを組み合わせて使ってほしいの」

俺のデッキとお姉さんのデッキを・・・？

「それを使いこなせるようになった時が私たちの再会の時」

お姉さんは何を言ってるのか・・・？
その心境を俺には到底分かるはずもなかった。

「ーーじゃあね、透矢くん。
その時を楽しみにしてるからね」

そう一方的に言って、お姉さんは俺から離れ、
追いかける俺を待たずに夜の闇に姿を消した。

残されたのは俺とお姉さんのデッキ。
なぜ俺の名前を知っていたのかーーそんな素朴な疑問を感じることも忘れて、二つのデッキを手に、俺はお姉さんの見えなくなった背中をいつまでも追いかけていたーー。