生徒会書記 朝霧地影　作：はにわ

　
透矢が生徒会大戦に挑むと決めたその翌日の朝。
登校する彼の足取りはいつもより重い。

「真希お姉ちゃん・・・早く治るといいな」

「ーーそうだな」

透矢、真希、千鶴の幼馴染みトリオは朝も帰りも共にするのが日課となっていた。
しかし今日は真希の姿がない。
何でも風邪を引いたらしく、起き上がることすら出来ない病状だという。

（ーーあいつが風邪・・・なんてな）

明朗活発、という言葉が当てはまる真希。
子供の頃から真希は風邪なんて滅多に引かない元気な女の子だった。

勿論、昔と今は区別しなければならないがそれでも、昨日まで元気だった真希が突然寝込むほどの風邪を引くなんて信じられない。
千鶴も同じ思いであるらしかった。

（まさか・・・な）

ひょっとしたら昨日の事が関係しているのではなかろうか。
結局あのあと、真希は透矢から逃げるように先に帰り、メールを送っても返信はなかった。

明日会ったら何と話すかーー。
気の知れた仲なのにらしくないことを考えていた先の、今日の出来事である。

「ーー帰りになんか、あいつの好きそうなもんでも買っていくか」

「うん、お兄ちゃん。
お姉ちゃんがおすすめ、って教えてくれたお店があるの」

「そっか。
ま、風邪引きにあまりくどい物を買っていくのもアレだけどな。
早く治そうって気にもなるか」

「うん」

見舞いに行こう、と透矢が持ちかけると千鶴は嬉しそうに笑う。
千鶴は真希を、本当に実の姉のように慕っているようだ。
そんな気持ちが笑顔に顕れていて、透矢もつられるように笑っていた。


ーーそうして着いたアカデミア。

「あっ・・・」

千鶴が門前にいる、壁に背を預けてたむろしている生徒を見て声を漏らした。
それは会長・刹那から退学処分を言い渡されたはずの流石凌斗だった。

「ーーよぉ、流石！」

苛められていた苦い思い出からか、引きがちな千鶴とは違い、自分から声を掛ける透矢。
すると寄りかからせていた背を起こし、凌斗は透矢と向き合う。

「どうしたんだよ、こんなところで。
教室に行かないのか？」

「ーーお前を、いや、『先輩』を待っていたんだ」

「そっか。
ーー千鶴、先に行ってな」

「う、うん・・・」

「また、後でな」

気まずいであろう千鶴に気遣って先に行かせた透矢。
千鶴は不安そうに何度か振り返っていたが、透矢は笑顔を見せながら見送ると、改めて凌斗と向き合った。

「ーーアカデミアに戻れて良かったな、流石！」

「『先輩』が・・・会長に掛け合ってくれたみたいだな。
・・・一応、お礼は言っとく、よ」

「あっははは、どうしたんだよ、急に『先輩』とかさ。
今まで通りで構わないんだぜ？」

ぎこちない態度で頭を下げてくる凌斗に、透矢は声を上げて笑いながらその肩を叩く。
今までだったら考えられない凌斗の態度だが、事情を知ればこそ、透矢には頭が上がらないようだ。

「・・・先輩。
『生徒会大戦』に出るって聞いたけど、なんで俺なんかのために？」

「なんで、って俺たちは２回もあんなに面白いデュエルをした仲間じゃん？」

「仲間・・・俺が、か？」

「ああ。
一度でもデュエルした奴はみんな仲間だ！
俺はそう思ってるぜ」

「は、はは・・・先輩って、変な奴だな」

「おいおい、助けてくれた先輩に『変な奴』なんて、言ってくれるじゃねぇか」

吹き出すように凌斗が笑う。
それに合わせて透矢も笑うと、まるで気心知れた仲のように笑い合うのだった。

「ま、とは言っても、俺がここに居られるのもあと二週間さ。
本決まりの処分が下されるまで、登校するのを許されただけだしな」

「ん～、後は俺次第、ってことか。
ま、精一杯、努力はしてみるぜ？」

本人はやはり半ば諦めてるのか、自虐的に笑う凌斗を透矢が慰める。
だが凌斗の表情は浮かない。

「ーーあまり気合い入れすぎない方がいいぜ？」

「へ？」

「先輩が神楽坂会長と戦うには、まず生徒会四天王を倒さなくちゃならない。
ところがその四天王からして、既に化け物レベルなんだからな」

何か苦い思いでもあるのだろうか、凌斗が歯を噛み締めるように語った。

「俺、実は朝霧先輩とデュエルしたことがあるんだ」

「朝霧と？」

「中等部で負け知らずだった俺の自信を見事に打ち砕かれたよ。
俺の次元竜デッキが全く歯が立たなかった」

「あのデッキがか・・・」

凌斗の話ぶりから、地影とのデュエルは良いところなしで敗北したようである。
透矢は昨日のデュエルを思い出しながら、眉を寄せる。
もちろんその日の引き運具合、デッキの相性など要素はあろうが、それにしてもーーということである。

「一番悔しかったのはーー朝霧先輩、俺とデュエルしている間、ずっと携帯を弄ってたってことだ」

「携帯をいじりながら・・・お前に勝ったのか？」

「俺は将来、プロデュエリストになって世界を馳せるーー、
そんな高々としていた俺の鼻を見事に叩き折ってくれたんだ。
世界の広さを感じる前に、自分の甘さを痛感した、ってところか」

地影は常に携帯端末をいじっている姿が目につく。
生徒会の仕事が忙しいらしいが、しかしデュエルの最中にそれをやり、しかも勝つーー。

朝霧地影。
四天王の一員に数えられているのは伊達ではないようだ。

「ま、俺のことは気にしないで、デュエルを楽しんだらいいさ。
どうせ、俺は一度死んでる身、だしな」

「へ、へへ・・・」

「先輩？」

あまり気を負いすぎないようにーーそうしないと自分のように完膚無きまでに潰された時に、ショックが大きいからーー。
凌斗はそういう趣旨を告げるべく、敢えて思い出したくない事を語ったのだが、
それに対する透矢の反応はーー。

「朝霧のやつ、普段はあんな大人しい癖にデュエルはそんなに強かったのか！
やっべ、早くデュエルしてぇ！」

まるで喜びに打ち震えるかのようなその態度。
凌斗もこれには面食らった。

「せ、先輩、今の俺の話を聞いてたか？」

「聞いてたよ」

「朝霧先輩の強さは半端ないんだぜ？
俺なんか比べものにーー」

「だから楽しみなんだよ！
流石をぼこぼこにする奴がどんなデュエルしてくるのか、早く見てみたいぜ！」

どうやら却って透矢の心に火を点けてしまったらしい。
呆気にとられていた凌斗だったが、その透矢を見てすぐに呆れるように笑った。

「・・・先輩らしいな。
とんだデュエル馬鹿、ってわけだ」

「俺にとってその言葉は褒め言葉だぜーーって、あ・・・悪い。
お前の退学が懸かってんだよな」

「いいよ。
期待しないで待ってるさ」

「いや、そこは少しは期待しろよ」

すっかり打ち解けたように予鈴が鳴るまでの間、会話をしていた二人。

凌斗が語る生徒会四天王の実力。
だがそれは所詮四天王の実力の一端に過ぎないのだった。