ＶＳ神楽坂刹那 地影の場合④　作：はにわ

　
「ーーでは中級問題、第五問！
パック、『サイバネッティック・レヴォリューション』の登録ナンバー３１番目のカードは何だぁ！？」

ーークイズは中級へと移っている。
徐々にマニア向けな問題へと移行していて、今の問題ももはや常人にはわかるはずもない問題である。

だが、『シャドー・ミスト』、いや地影は違った。
問題が出るや、間髪いれずに解答ボタンがタッチされる。

「ーー『黒魔導士クラン』！」

「せぇえかぁいだぁっ！
これでシャドーミスト選手、ポイント１９！
他の選手をどんどん突き放していくぞぉーーっ！」

地影の知識の深さは並みではない。
刹那を除く二人の選手は舌を巻くばかりであり、もはや勝ち目はない、と諦めている様子でもある。


「ーーあいつ、よくあんな問題分かるよなぁ・・・」

観客席の透矢は笑うしかない。
カードの登録ナンバーからどのカードか分かるなんて、もはや知識の域を超えている。
出題側もこれではただの意地悪問題ではなかろうか。

しかしそんな問題もいともあっさり解いていくシャドー・ミストの活躍に、観客は感嘆と共に彼の者の独走を称賛する。

「あれ・・・ちかげだよ」

「へ、水花？
今、何て言った？」

「あの人・・・ちかげ」

そんな中、透矢の肩に乗っかっている水花が、シャドー・ミストを指差しながらそう呟く。

「ちかげ・・・って、ひょっとして朝霧の事か？」

「うん」

「あいつが？
地影があんな格好するわけないだろ」

「でも・・・声は、ちかげなんだもん」

「声・・・？マジか？」

水花に言われて透矢は周囲の喧騒の中でじっと耳を澄まし、今また解答しているシャドー・ミストの声を聞く。
だがマイクが微妙に声の質を変化させていることや、やはり周りの歓声に阻まれて中々判別が付かない。

「ま、でも本当にあいつが朝霧だったら面白いけどな」

まさかと思いつつも透矢は笑う。
あの真面目な地影が、あんな冗談みたいな格好してクイズ大会に出た、などとちょっとしたネタである。
明日、地影にそれとなく聞いてみるか、と考えてすらいる透矢であった。


「ーーいいねぇ、こりゃ本当に優勝出来るよ！」

「朝霧先輩、すごぉい・・・」

「さすが地影・・・色んな意味で凄いの一言だわ」

ーーまた、別の場所では炎魅子、千鶴、真希が暑さのせいか、上着を脱いだ薄着になって地影を応援していた。
ただし顔を隠すお面はそのままであるが。
炎魅子は計算通りに事が運んで、すこぶる機嫌が良い。

「中級問題もあと１問！
これを正解すりゃ・・・」

「ーーあ、今、正解しましたよ」

「よしゃ！
これで２９対１！
地影が上級問題１問でもクリアすりゃ、優勝確定さ！」

千鶴が地影が答えたのを見て、小さく拍手すると、炎魅子が大きく右手を上げて歓喜する。
確かに残り上級１０問、配点３。
地影が１問でも答えれば、刹那を含む残りの解答者たちは地影のポイントを上回れない。
そして今までの地影を見れば、恐らく上級問題と言えども、きっと正解するに違いない。

「いや・・・なんか嫌な予感がする」

真希が難しい顔して呟いた。

「あはは、ここまで来りゃ大丈夫だって！
地影は優勝にリーチをかけたようなもんじゃないか」

炎魅子はすっかり勝った気でいる。
だが真希は気になっていた。

「見てよ、あの刹那の余裕・・・負けてるっていう気が全然感じられないよ？」

「はは、もう諦めちまったんじゃないのかい？
さすがの刹那もここからの逆転は無理ってわけさ」

「・・・あたしはこのまま終わったりはしない気がするーー」

真希の不安の根拠。
それは刹那の落ち着いた態度。
更に言ってしまえば、この中級の問題にしても、解答が分からないわけでもなく、地影の解答の早さに付いていけないわけでもなく。
『最初から解答する気がない』という風にも見える。

ーーそれは壇上で席を共にする地影も感じていた。


（ポイントトータル、２９対１。
上級問題を１問でも答えれば私の勝ちーー）

炎魅子が言っていた事は、地影本人も当然わかっていた。
あと一歩。
あと一歩であの刹那に勝てるのである。
例えそれがどんな形であれ、刹那に勝つというのは地影の目標でもあった。

（でも・・・でも、どうしてかーーこのまま終わらない気がする）

地影もまた真希と同じ事を思っていた。

（初級問題を『１問だけ』答えたのが気になる・・・。
よく考えたらあの問題が分かるなら、初級の他の問題も答えられたはずーー）

解せないその疑問。
だがこう考えれば刹那のやろうとしていることが見えてくる。

（刹那さんはこの上級問題を全て取りに来る気なんだーー。
そうすればトータル３１対２９で刹那さんの勝ちーー）

刹那の狙いは最初から上級に狙いを定めていた。
例え初級・中級全部落としても、上級を全て答えれば、３０対３０のイーブン。
そしてここに初級問題を１問だけ答える、というアクセントを加えれば、刹那は勝利に至るのである。

（何という・・・刹那さんらしい、豪快な戦術ーーっ！）

地影は握った拳に力が入る。
この戦術の肝は、刹那が上級問題全てをクリアして初めて成し遂げられる。
つまり刹那には自信があるのだ。
この上級問題を全てクリア出来るとーー。

「ーーシャドー・ミストさん」

「は、はい・・・？」

そんな中、再び刹那が話しかけてくる。
地影は押し殺した声で返事をした。

「そろそろ、全力で行くわ。
透矢くんの前で恥をかくわけにはいかないの」

「ーー望む、ところです！」

「くすくす・・・」

刹那の上品な笑い。
それが地影には勝利宣言にも聞こえた。
やはり刹那は上級を全て取りに来る。
だがそうはさせない。
こちらは１問でも取れば勝ち。
圧倒的有利なはずなのだーー。

「では最後の上級問題、行くぜぇ！
他の選手は、シャドー・ミスト選手の独走を許すなぁ！」

ーー最後の上級問題が始まる。
地影は半ば勝利を確信しつつも、刹那の雰囲気に不気味な気配を感じていた。

そして刹那の本領がいよいよ発揮される。