千鶴の憂い②　作：はにわ

　
ーー昼食後。
余った幾ばくかの時間をどうするかというところで、
千鶴は用事がある、と先に二人と別れた。

特にすることもない透矢と真希は教室へ戻ることにしたのだが、その道中。
用を足すと言って真希と一時的に別れ、教室へ先へ戻る透矢。
そのまさに一人になった瞬間を見計らったかのように、彼の携帯端末がメールを受け取った。

受信音でそれに気付いた透矢は、まさか、と緊張しながらも、心して差出人を見る。

ところが差出人は、今さっき別れたばかりの千鶴。
てっきりデュエル・キラーからの果たし状かと思った透矢は、気合いが空振った。

さっき話していたというのに、わざわざメールをよこすとは、
何か言い忘れた事でもあったのだろうか。

教室までもう何歩、というところで透矢は立ち止まってその内容を見た。

『お兄ちゃん、急でゴメンね。
校舎の裏で待っています。
お兄ちゃんも、今から来てくれる？』

「へ、今からか？」

透矢はそのメールに答えるように、一人そう口走った。

ーー『今からか？
下手したら授業に遅れちまうぞ？』

ーー『お願い、お兄ちゃん。
どうしても確かめたいことがあるの』

ーー『何だよ、それ。
メールじゃ駄目なのか？』

ーー『出来れば直に聞きたいの。
お兄ちゃん一人で来て』

短い合間にメールでやり取りが交わされる。

ーー昼休みももうあと少しで終わる。
ただ今から校舎裏まで行って、時間内に帰ってこれないこともない。

しかしもちろんギリギリなわけで、今でなければならない理由とはなんなのか。
千鶴に余程切羽詰まった理由でもあるというのか。

「しかも・・・『一人で』？」

透矢はその一文が妙に気になった。
それは他に誰も連れてくるな、ということだが、
そこには真希も含まれるのだろうか。

ーー透矢は悩んだ挙げ句、他ならぬ千鶴の言う通りに、急ぎ走って校舎裏へと向かうのだった。


ーーそして校舎裏。
全速力で息を切らせながらそこへ辿り着くと、千鶴はいた。
うつむき加減に、気を落としたような表情で。

「ーー千鶴っ！」

「お兄ちゃん。
・・・ごめんね、急がせちゃって」

「いや、いいよ。
それよりどうしたんだよ？」

「お兄ちゃん、一人・・・だよね？」

「ああ。
お前がそう言ったからな。
なんだ、凄く話しにくい事か？」

「ん・・・」

透矢は思わず駆け寄る。
千鶴の、青ざめた表情を見て。
それは不安によるものか、とにかく何かを恐れているかのような表情。

「千鶴、どうした？
誰かに嫌がらせでもされたのか？」

かぶりを横に振る千鶴。

「じゃどうした。
そんな顔して。
ゆっくりでいいから、俺に話してみろよ」

透矢はもはや自分のための時間など気にはしていない。
目の前の千鶴が何か重いものを抱えている。
ならば何を差し置いても力になる、ただそれだけだった。

だから決して焦らず、自分もゆっくりと穏やかな話し方で、千鶴に話しやすい状況を作ることに努める。

「お、お兄ちゃん・・・その」

「うん？」

「デュ、デュエル・キラーとデュエル、したんだよね？」

「ああ。
隠したり嘘ついて悪かったよ」

「ううん、それはいいの。
でも・・・」

「なんだ？」

「その・・・デュエル・キラーって、どんなカード使ってたか、それを教えてほしいの」

「どんなカード使ったか？」

透矢は分からなくなる。
それが千鶴がこんな表情してまで聞きたいことだと言うのだろうか？

「それを聞いてどうするんだ？」

「・・・聞きたい、だけ」

「千鶴・・・？
お前、一体ーー」

「いいから教えてほしいのっ、お兄ちゃん！」

透矢の言葉を遮り、千鶴とは思えない大声を上げた。
精一杯に意識を張り詰めらせ、兄と慕ってくれる自分を睨む視線。

ーー透矢は戸惑った。

だが何とか『兄』として揺らいではいけない、という気持ちが強く働き、透矢は何とか自分を保つ。

そしてここはまず千鶴の言うとおりに、と聞かれた事に答える事にした。

デュエル・キラーが使ったカードについてーー。

透矢自身、記憶力に自信があるほうではないが、
流石に数日前のデュエルに使われたカードくらいは記憶している。
それが次に戦う相手のカードならば尚更だ。

だが透矢が１枚目、『疾風の乙女』を言うと、途端に千鶴が顔を両手で伏せた。

「ち、千鶴・・・！」

「や、やっぱり・・・」

「え？！」

「わ、私のせい、なんだ・・・」

嗚咽を漏らし始めた千鶴。
そのせいか、何を言っているのか透矢にはよく伝わらない。

「千鶴！
どうしたんだ、何で泣き出すんだよ？」

「ごめん、なさい、ごめんなさい・・・」

「千鶴！」

肩を持ち、千鶴の身体を振るわす透矢。
だが千鶴は何故か『謝る』だけで、何も言ってはくれない。

ーーそんな中、鳴り響く予鈴。
しかし二人の耳にそんなものが届くはずもなかった。