真希の思い　作：はにわ

　
ーー釈然としない、もどかしい気持ちを抱えたまま家路に着いた透矢。
日は完全に沈みきっていた。

帰りが遅い事に声をかけてきた母親の言葉を振り切り、透矢は真っ直ぐ部屋へ入ると、
どっと押し寄せてきた疲れに押し倒されるようにベッドに横になる。

それから少し、物思いに耽りながらうとうとしていた彼を呼び覚ましたのは、扉をノックする音だった。
扉は開かれないまま外から母の声が聞こえ、真希が自分を訪ねてきたという。
すぐに扉は開かれ、真希が中に入った。

「やっほー、元気？」

「どうしたんだよ、真希？
なんか用事ならメールですりゃいいのに・・・」

透矢と真希、そして千鶴の家はとても近い。
だからこうして訪ねたり訪ねられたりするのは、日常の事とも言える。

しかし今日はもう遅い。
こんな時間にわざわざ訪ねてくることはそうはないことだ。

一体、何事か？
そんな目で見ていると、真希は透矢の目の前に立つ。
そしてーー透矢の頭上に硬い岩が落ちたような衝撃が襲い、同時に一瞬視界に光が飛ぶ。

「痛ってーっ！！
な、なにすんだよ、いきなり！」

衝撃の正体は真希のげんこつである。
直後に今度は鈍痛が透矢を頭を駆け抜け、手で抑えながら声を張り上げた。

「よくも嘘ついたな、このバカ透矢」

「う、嘘・・・？」

「あたしや千鶴ちゃんに嘘ついて、あんた今日、体育館でなーにしてたの？」

「う・・・、そ、その事か・・・」

透矢は合点がいった。
真希の言う通り、透矢は真希と千鶴に適当な嘘をつき、ついさっきまで体育館にいたのである。
さっきの一発は嘘をついた制裁であり、嘘をついたことに違いない透矢はその罰として痛みを受け入れることにした。

一方、真希はというと、
体育館でのことを地影から知らされたらしい。
全てを納得した透矢は、自分の口から体育館での事を真希に語ったのだった。
真希はその立ち位置のまま腕を組み、憮然とした表情でそれを聞く。
まるで姉に叱られている弟のようである。

「ーー隠していて悪かった」

一通り、説明したところで、最後に一言、頭を下げて謝る透矢。
すると眉を吊り上げていた真希はそれを聞いて、ようやく体の力を抜き、１つ息を吐く。

「ったく・・・今度、嘘なんかついたら顔面にパンチいれるからね？」

「う・・・わ、わかったよ」

頭が上がらない透矢。
真希は満足したか、ようやくいつもの笑顔を見せた。

「ーーで、どうだった？
デュエル・キラーとデュエルした感想は？」

真希は透矢の隣りに座ると、顔を覗きこむようにしながら聞いた。

「・・・強かった。
いや、強いなんてもんじゃねぇな。
正直、今のままじゃ勝てる気が・・・しない」

「お、珍しく弱気じゃん？
たまたま向こうの引きが強かっただけじゃない？」

「そうかもしれない。
でも・・・な」

「ん・・・こりゃ、ダメージが大きいかな」

落胆しているような透矢の様子を見て、真希は頬をかく。
デュエルは途中で止められたとはいえ、透矢が明らかに負けていた勝負。
さすがの透矢もデュエルで圧倒されて、心に傷を残したか。

「でも正直に凄ぇ、って思った。
朝霧も、水花も、そしてあいつも。
四天王ってみんな、凄く強い奴らなんだってな」

「ま、まぁ、四天王、って言われるぐらいだしね」

「今回は負けちまったけど、俺は諦めねぇぜ、真希！
デッキを組み直して・・・今度は俺があいつに一泡吹かせてやる！」

「・・・っとに、デュエルバカなんだから・・・」

落胆しているのか、と思えば突然気合いを入れ直したように訴えてくる透矢。
真希は半分呆れつつも、いつもの幼馴染みの姿に安心したようだった。

「そう言えば・・・さ」

「なに？」

「あいつのデュエルを思い返すと・・・なんか見覚えがあんだよな」

「見覚え？」

「気のせいかもしんないけど・・・なんか昔、あんなデッキと戦ったような・・・」

透矢がうっすら感じたと言う既視感。
ただはっきりはしないらしく、考え込みながらも、それと思い当たる節はない。
するとそんな様を見ていた真希が、真顔で透矢をじっと見据える。

「・・・ねぇ、透矢」

「え、なに？」

「応援する、って言っといて何なんだけどさ。
まだ、やるの？」

「やる、って？」

「生徒会大戦」

「そりゃお前・・・途中でやめるわけにもいかないだろ。
流石の首も懸かってるんだし」

「それは分かるけどさ！
でも、それって透矢が危険を冒してまでやること？」

「真希・・・」

真希の感極まったような眼差し。
透矢の気持ちが揺らぐ。

「デュエル・キラーって、デュエルで相手を負かして、退学に追い込むような危険な奴なのよ？
そしてバックには・・・会長の刹那が付いてる」

「・・・ああ」

「分かってんの？
先生たちも何も口出ししない、ってことは、デュエル・キラーの存在をアカデミア全体が認めてるって事なの！」

「・・・」

「そんな奴とデュエルなんかして・・・あんたまで退学になったらどうするつもりだったのよ」

「・・・真希」

「心配、したんだぞ・・・バカ」

泣き出しそうなところを、ぐっと堪えている真希。
透矢の中に深い罪悪感が芽生える。

「本当に、悪かったよ、真希。
お前に心配かけるつもりはなかったんだ」

「透矢・・・」

ぽん、と頭に手を置きながら再び謝る透矢。
その行動に真希は少し驚きつつも、振り払ったりはしない。

「でもさ。
やっぱり俺はあのデュエル・キラーなんて存在は認めたくはない。
だから・・・ここでやめるわけにはいかない」

「・・・どうしても？」

「ああ。
俺がその今の生徒会、ってのを変えられるかは分からねぇけど・・・とにかく最後までやる」

「・・・損な性格ね、あんたって。
普通に過ごしてさえいれば、３人で一緒に・・・のほほんとデュエルしながら勉強出来るのにーー」

「そう、かもな」

透矢の意志は変わらなかった。
元より、透矢のこの性格は真希も熟知している。
始めたら途中でやめたりしない。
余計なことに首を突っ込みたがる性格。
逆に言えば、それが彼の姿である、と言えるのだがーー。

真希は目の回りを腕を横に往復させて、流れ出そうなものを拭った。

「バカ透矢！
あんたなんか、次の炎魅子先輩に負けちゃえばいいのよ！」

「はは、そうだな。
その可能性は大いにあるな」

「炎魅子先輩、強いんだから！
あんたなんか、あっさりやっつけちゃうわよ！」

「ま、精々頑張るよ。
だからさ、応援してくれよ」

「・・・ふん、仕方ないから応援してやるわよ」

「ははは、期待してるぜ」

いじけたようで、どこかわざとらしい真希の振る舞い。
もちろん透矢もそれが彼女の本心でないことぐらいは分かっている。
最後は二人で笑い合い、母に呼ばれるまで仲睦まじく話すのだった。