副会長 紅月炎魅子　作：はにわ

　
ーースイーツ・ショップにて時を過ごした透矢たちは、退勤時間が近かった炎魅子を待って共に店を出た。
夕日も沈みかけて、時期に夜になろうかという街中を４人で歩く。

普段こうしてプライベートな時間を共に過ごすことが無かったが、
炎魅子は機関銃のように話を繰り出して、３人を楽しませる。
それでも千鶴はやはり緊張がちだったが、炎魅子は見逃さずにフォローを入れ、少しずつそれをほぐしていた。

ーー実は透矢には炎魅子に聞きたいことが前々からあったのだが、この場ではそれを出さない。
折角の偶然、楽しく過ごすこの束の間の時間に水を差したくはなかったのだ。

「ーーへーっ、紅月先輩、将来パティシエを目指してるんですね」

「あたしは女だからパティシエールだけどね。
ま、どっちでもいいさ」

「本当、今日は紅月先輩の意外な一面ばか・・・」

「はいはい、もう聞きあきたよ。
ーーあんまり他の人に言うんじゃないよ？
どーせ、あたしには似合わない、って言われるだけだからさ」

「ーーバカ透矢。
デリカシー無さすぎ」

「す、すいません、ちょっとしつこすぎましたよね。
でも、確かに今日食べたあれは美味しかったっすよ！
先輩ならきっと有名になりますって！」

「はいはい、フォローありがとさん」

ふと炎魅子があそこでバイトをしていた事についての話となり、炎魅子は内緒だよ、と釘を刺しながらも秘密を打ち明けた。
自分のイメージに合わない、と自分でも思っているのか、話すときの彼女は照れ臭そうにしている。

「あ、あの・・・私は、てっきり、ぷ、プロデュエリストになるとばかり思ってました・・・」

千鶴が遠慮がちに訊く。
すると炎魅子は更に頬を赤く染めながら、鼻を人差し指で掻く。

「もちろん、デュエルも大好きさ。
だ、だからさ・・・あたしのパティシエールの夢に、何らかの形でデュエル・モンスターズを組み込めたら、って思ってる」

「へーっ、デュエル・モンスターズとパティシエールの融合って事ですね！
何か凄い、炎魅子先輩！」

「ま、まだ何も構想とか決めてないけど、ね」

炎魅子の壮大な夢に、真希は素直に感心する。
そして今、通うデュエル・アカデミアを卒業した後は、今働いているお店の店長の知り合いであるパティシエの元で修業する予定なのだという。
既にその人物とは何回か顔を合わせ、修業による向上具合によっては、更に留学を始めとした上のステップを見詰めた話がなされているのだそうだ。

当然、並大抵の努力で叶う夢ではないが、意気揚々と語る炎魅子の姿に、３人はどこか羨み、そして尊敬するような眼差しで見つめていた。


ーーそんな４人で過ごす時間もあっという間に終わる。
炎魅子が利用する駅に着き、彼女とはここでお別れである。
まだまだ話したい、と透矢たち３人は名残惜しそうだ。

ところがそこへ、炎魅子が透矢に向かって口を開く。

「真希、鳴瀬？
悪いけど、ちょっと遊戦名と話がしたいんだ。
ちょっと借りていいかい？」

「俺とですか？」

「ああ。
折角、３人でのお出掛けなのに、空気読めてない、ってのは分かってる。
でも、少しだけ時間くれないかな？」

炎魅子がばつの悪そうな表情を見せながらの申し出。
炎魅子の性格ならば、間違ってもこんな事は言わない。
それを押してまでのこの申し出は、恐らくよっぽど重要な事だ。

透矢も真希と千鶴にフォローを入れ、二人も察してゆっくり先に行くことになった。

二人となった透矢と炎魅子は駅前の喧騒から避けるように、少し離れた道端で足を止める。

「・・・悪いね、遊戦名」

「いや、全然いいっすよ。
それよりも話って？」

炎魅子が申し訳なさそうに顔を落とす。
透矢は笑顔でそれに応じると、早速核心に迫った。

「遊戦名・・・あたしに聞きたいことがあるんだろ？」

「え・・・っ」

「あたしの勘違いならそれでいいさ。
でも、今日の遊戦名、ずっと何かを我慢してるような感じだったからね」

炎魅子は気付いていた。
透矢にすれば、自分はいつも通りに接していたはずなのにーーと、驚かされる。

「ひょっとして・・・『デュエル・キラー』の事かい？」

「えっ、あ、その・・・」

透矢は戸惑った。
何故目の前の炎魅子という人間は、自分の心を見透かしているのだろう、と。

「地影から聞いたのさ。
遊戦名がデュエル・キラーの事を聞いてきた、ってね」

そう、炎魅子は地影から聞かされていた。
透矢がデュエル・キラーの存在、そしてその役割を知り、自分にその正体を尋ねてきた事を。
地影はその問いには答えなかったがーー。

「知りたいかい、デュエル・キラーの正体を」

「え？
お、教えてくれるんですか？」

「聞きたかったんだろ？」

「はい・・・それは・・・」

教える、と言ってくる炎魅子に透矢は何故か妙な不安を覚える。
真顔で話してくる炎魅子もそうだが、どこか『知ってはならない』という予感が透矢にはあった。

地影に断られただからだろうか。
あるいは、直感が為す働き故かーー。

「次は・・・あたしと、だよ」

「え？」

「生徒会大戦さ。
次の遊戦名の対戦相手はこのあたしさ」

不意に切り出される生徒会大戦の話。
告げられたのは次なる対戦相手。
その相手とはすなわち、目の前にいる紅月炎魅子ーー。

「地影も言ってたと思うけど、遊戦名が勝ち進めばいずれ分かることさ。
つまりさ、次の相手のあたしに勝ちゃ・・・」

「最後の相手は・・・」

「そういうこと。
ま、簡単には勝たせてやんないけどな」

次の相手が炎魅子。
ならばここで勝つことが出来たならば、最後の相手は必然的に残る四天王。
すなわちデュエル・キラー、となる。

「それでも、もし今知りたいんなら教えてやってもいいよ？」

「今・・・ですか？」

「ああ。
でも、責任はとらないよ。
世の中、知らない方が良いって事もあるんだからね」

「ど、どういう意味ですか？」

「心して、訊きな、って事さ。
ーーそれで、どうする？」

炎魅子はあくまで透矢に委ねてくる。
炎魅子にそういう言われ方をすると益々その正体が気になってしまう。
だが炎魅子の言葉の意味がわからない。
それがまた不安、そして予感を増長させる。
知らない方がいい、とはどういうことか。
まさかデュエル・キラーは自分が知る人物がその正体だというのか。
まだアカデミアに転入して日が浅い自分が知る人物の中で、知ることを躊躇する相手とはどんな人物なのか？

ーー聞きたい。
だが聞いたあとの不安がぬぐえない。

透矢は口を開けなくなっていた。

するとそんな透矢の様を見た炎魅子が口を開いた。

「明日の放課後、体育館に来な」

「えっ？」

「デュエル・キラーの正体を知りたいなら、体育館に来なよ。
後は自分の目で確かめたらいいさ」

唐突な切り出しに困惑する透矢。
炎魅子の意図が見えてこない。

そんな透矢を眺めながら、炎魅子は哀しげに笑った。

「遊戦名・・・あんたはいいデュエリストさ。
でも、少しばかり勝ちすぎたね」

ーーその言葉が最後。
結局、透矢はデュエル・キラーの正体を知る最大のチャンスに恵まれながら、得も知れぬ不安のせいで最後まで面と向かってそれを聞くことは出来なかった。

それからすぐに炎魅子は付き合わせて悪かった、と謝って一方的に話を切り上げた。
駅前に戻って、炎魅子と別れた透矢。
彼は真希と千鶴の後を追いかけることも忘れ、炎魅子の言葉の意味を考え続けていた。