水花の過去②　作：はにわ

　
刹那によって話された水花の『あの日』の事。
それは聞くだけの透矢には、到底信じ難い事だった。

水花が３歳の時、すなわち６年前。
透矢が先日聞かされたのは、出掛け先で『ある事件』に遭い、両親を亡くした、という話だったが、
実はその出掛け先には、当時十一歳の刹那も、つまり神楽坂家も同行していたのだという。
日頃の付き合いを重ねていた両家が、休暇を合わせての慰安旅行という名目だったそうだ。

「ーーあの頃の水花は明るく元気でね、初めての旅行にすごくはしゃいでいたのを覚えてる。
私や妹も引っ張られっぱなしで・・・手を焼いたわ」

当時の頃を思い出しているのか、前に話してくれた時のように、穏やかな笑顔の中に哀愁を漂わせる刹那。
明るく元気な水花が表情を失う原因となる『事件』とは何だったのか。
透矢も心では気になっていた事が語られる。

「ーーあれ、会長さんって妹さんがいるんですか？」

「ーーあっ」

一瞬見せた、『失敗した』という刹那の顔。
透矢は刹那の珍しいその表情を、怪訝な顔付きで覗く。

「ええ、妹が一人いるの」

「へぇーっ。
ってことは、やっぱりデュエルが強いんですか？」

「もう、透矢くんったら！
透矢くんにとって私は『デュエリスト』以外の特徴はないのかしら？」

「あ、いや、すいません。
そんなつもりじゃ・・・」

「ふふ、そんな顔しないで。
別に怒ってるわけじゃないから。
でも、他のところもちゃんと見てくれないと、傷ついちゃうな・・・」

悪戯心を含んだような、それでいて大人びた刹那の微笑みが透矢の顔に近付く。
透矢は何故刹那はいつもこうして挑発するような眼差しを向けてくるのか、と心に思いながら困ったように
俯いていた。

「くすくす・・・。
さて、話を戻すわね」

おかしそうに笑いながら、続きを語り始める刹那。
どうやら話を逸らされてしまったらしい事に透矢は気付いていたものの、それ以上は触れないのだった。

ーーそして話の続きは、いよいよ核心部分へと至る。

慰安旅行に出掛けた神楽坂と蒼井乃の両家。
三泊四日の予定で、有名な温泉宿に出掛けたその初日の夜。
水花とその両親が行方をくらませた。
直ぐに刹那を始めとする神楽坂家が、そして旅館の者にも協力してもらい探しに出たというが、遂に見つけられず。

翌日、地元の警察に捜索願いが出され、
その夜、蒼井乃の三方は付近の山中、山道から外れた木々が生い茂る地で発見された。

しかし時遅く、両親は事切れており、
側にいた水花はデュエルディスクを片手に、
散らばったカードの上に、衰弱した状態で佇んでいたという。
しかも両親の身体に外傷はなく、死因も不明。
まるで『魂だけを抜き取られた』かのような、不可解な死。

唯一の手掛かりの水花も記憶を失っており、また精神に異常をきたしていたため、何も話は聞けず。

神楽坂家の後押しも合わせて、一年以上に渡って警察側による大規模な捜査が続けられたものの、何も進展は見られず。
結論は、第三者がいた可能性は否定出来ないものの、それに通じる手掛かりが全くないため、
現状、水花の両親は『不審死』となっており、新しい手掛かりが無い限り捜査も再開できない、との事である。

ーー透矢は、不気味とさえ言えるその話に背筋に寒いものを感じていた。
謎に包まれたその事件。
水花の身に何が起こったというのか。

透矢は水花の寝顔を見ながら、不憫なその境遇に、改めて同情していた。

「・・・多分、唯一の手掛かりはやっぱり水花。
事件の前後の記憶、それを思い出してくれたらーー」

ーーそう。
水花が心を閉ざすと同時に封印されたその時の『記憶』。
そこに真実があるに違いない。

もちろん失った記憶を取り戻そうと、その分野の医師に診せてアプローチをかけてきたが、中々難しく、時間も掛かるだろうという話だ。

「ーーねぇ、透矢くん。
今日のデュエルで水花が言ってたこと覚えてる？」

「水花が？」

「ほら、水花、何回か大声で何か言ってたでしょ？」

「ああ、確か、『パパ、ママ』、とか。
『負けたら、殺される』、とかーーって・・・まさか？」

そこまで話して、不意に今日のデュエルに話を移した刹那。
半狂乱の水花が口走った言葉。
その全ては虚ろだが、挙げられたものは、透矢が特に印象に残った言葉ある。
すると透矢はようやく気付き、刹那も頷いた。

「何故かは分からないけど、水花は透矢くんとのデュエルで、『デ・ジャヴ』を感じていたのではないかしら」

「『デ・ジャヴ』・・・」

「水花が見つかったとき、デュエルディスクを付けていたこと、
カードが周りに散らばっていた事を考えると・・・」

「水花は・・・デュエルをしていた・・・？」

「推測よ。
ただ、私はその可能性は高いと思ってる」

いつしか透矢も真剣に事件について考えるようになっていた。
水花は『誰か』とデュエルをしていたのだろうか。
しかし、その事と両親の死が果たして結び付くのか。
水花が口走った『負けたら殺される』、とは何を意味するのか。

「そうか・・・。
会長さんは、それでデュエルを続けるように？」

「・・・うん。
水花の記憶が戻るかもしれないーーって。
でも、水花にも、
何も知らない透矢くんにも悪いことをしたと思ってる。
ーーごめんなさい」

「会長さん・・・」

神妙な面持ちで深々と頭を下げた刹那。
刹那に悪気などあるはずもなかった。
ただ、水花のためにも真実を明らかにしたい、という思い故の行動だったのだ。

確かに現に水花がこうして倒れたのを考えれば、デュエルは止めるべきだったのかもしれない。
しかし刹那の思いを知れば、透矢もそれを責める気にはなれないようだったーー。