刹那の権力③　作：はにわ

　
ーー今日は金曜日。
午後の授業はなく、代わりに実技試験が行われる。
成績に深く関わるとなれば蔑ろにすることは出来ず、
対戦相手が例え気心知れた仲間であろうとも、手を抜くことは出来ない。

「ーーお疲れ様、透矢！」

「おぅ、真希もな！」

「どうだった？」

「勝ったぜ！
真希は？」

「あはは、『Ｖ』！」

実技試験を終えたばかりの透矢が観客席で真希や千鶴と合流する。
互いに勝利の結果を伝え合い、二人はＶサインを出し笑い合う。

「千鶴はどうだった？」

「負けちゃった・・・でもね、自分のやりたい事は出来たの。
だから不満はない・・・かなって」

結果は残念、という千鶴だが表情に暗さはない。
むしろ満足しているかのようだ。

「そっか、惜しかったな・・・。
千鶴に勝つなんて、そいつ強いな」

「そんなこと・・・」

「千鶴のデッキ、強いモンスターが突然出てくるから、びっくりすんだよな？
練習の時、いっつもそれでやられてさ」

「そうそう。
千鶴ちゃんったら、大人しいのに、デッキは意外にパワー高いのよね」

「う、うん・・・強いモンスターだして勝てたら気持ちいいな、って。
でも、中々出せないの・・・」

「ま、強いモンスターは出すのが難しいからな。
でも気持ちいい、ってのは確かだな」

「う、うん！
それとね、私、デュエルを楽しみながらやると、すごくデッキが上手く回るの。
勝てなかったけどね・・・」

大事な実技試験にも関わらず、デュエルを楽しみながら戦うという千鶴。
伴わない結果に千鶴は自分で頭を小突くようにしながら、舌を出して笑う。
そんな姿を透矢と真希は温かい目で見守るのだった。

「そう言えば透矢こそ、今日もう一発デュエルがあるのよね？
調子はどうなの？」

「俺はいつも通りにやるだけさ。
あんまり気負いしてもしょうがねぇからさ」

透矢はこの実技試験の後、大事なデュエルをもう１つ控えている。

生徒会四天王・水花とのデュエル。

その実力は未知数だが、同じ四天王・地影の実力は身に染みて味わっているから、難しいデュエルになるのは間違いない。

だがあくまで自分らしく、をスタイルとする透矢。
好・不調など関係ない。
その時渡された手札でどう勝負するか、それだけなのだ。

「ま、でもいくら相手が例え飛び級してきた天才少女、とは言ってもなぁ。
見た目は一回り下の女の子だし・・・」

「・・・やりにくい？」

「正直、な」

本音を語る透矢。
秘められた実力よりも、相手は九歳の少女、というのが問題。
練習というならまだしも、本気でデュエルするというにはあまりに小さすぎる。

「で、でも可愛いよ。
いつもぬいぐるみ抱えてて・・・幼稚園から迷いこんできたみたいで」

「まぁそりゃあな。
うーん、泣いたりしないよな？」

「お？
早くも勝利宣言か？」

「そんなんじゃなくてさ・・・。
う～、やっぱりやりにくそうだ・・・」

例えば覚えたての少女相手に、透矢が自慢のデッキで叩き潰せば、百パーセント泣いてしまうだろう。
そんな情景が頭に浮かぶ透矢が悩む姿を、真希と千鶴は面白そうに眺めていた。

「ーー遊戦名くん」

「う？
お、朝霧！」

「お疲れ様です。
千歳さん、鳴瀬さんも。
実技試験、お疲れ様でした」

「うん、地影もね！」

「お、お疲れ様です！」

そこへ姿を見せたのは地影。
透矢はすっかり打ち解けたのが分かるように、温和な姿勢の地影。
友達の真希も軽く挨拶を交わし、千鶴はやはり緊張しながら深々と頭を下げる。

「遊戦名くん、私、出来上がりました」

「出来た・・・？」

「新しいデッキです」

「おっ、例の攻めるデッキか！
マジかよ！？」

「はい、マジです。
さっき実技試験で使いました」

「で、どうだ？」

「勝ちました。
バトルでも初めて勝てて・・・楽しかったです」

「そっか！さすが朝霧！
良かったな！」

「はい。
それで、その・・・」

嬉しそうに話す地影。
しかしそこまで話して、言いにくそうに顔を伏せてしまう。

「今度、遊戦名くんの時間がある時に・・・練習デュエルをーー」

「なんだ、そんなことか！
俺はいつでもいいぜ？
なんなら今からでもさ」

「い、いえ・・・遊戦名くんはこれから大事なデュエルがありますから。
また、メール・・・しますので」

「おお、楽しみに待ってるぜ！」

地影の嬉しそうに目を細めて微笑む表情。
自分も見たことのないその表情を、真希は頷きながら見ていた。

「そう言えば朝霧ってさ、水花とデュエルしたことあるのか？」

「水花さんとですか？
いいえ、デュエルをしたことはありませんが、
水花さんがデュエルをしているのを見たことはあります」

「へぇー。
そん時、水花泣いたりしてなかったか？」

「はい？
泣く・・・？
さぁ、そんな姿を見たことはありませんけど」

「そっか！
じゃ、普通にデュエルしていいんだな！
よっしゃ、やってやるぜ！」

「・・・？」

てっきりどんなデッキでどんな闘い方をするのか尋ねられるのかと思えば、よく分からない事を聞かれて、勝手に納得して燃える透矢を見て首を傾げる地影。
事情を知る真希は呆れたように頭を抱え、千鶴はおかしそうに笑う。

「そ、それでは私は少し用事がありますので。
デュエル、見させて頂きますから頑張って下さい」

「あ、朝霧！
もう１ついいか？」

「はい？」

些細な用事も済ませて去ろうとする地影を止める透矢。

「朝霧は『デュエル・キラー』って知ってるか？」

何気なくなされたその質問で、はっとした地影。
その表情が一気に固くなる。

そして一瞬何かを見るように視線を逸らした後で、また透矢に戻した。

「・・・もちろん、知っています。
私と同じく、生徒会四天王の一人ですから」

ややあって答える地影。
表情は固いままだ。

「何か、今日そいつに負けて退学させられた、って奴と会ったんだけどさーー」

朝、千鶴に言い掛かりを付けてきた、退学を言い渡されたというブルー生徒のグループ。
結局あの後、そのグループはおとなしく家に帰ったのだが、透矢は他人事とはいえずっと気にかかっていた。
そこへ都合よく生徒会のメンバーの地影と会ったから、聞いてみることにしたようだ。

「『デュエル・キラー』って、何者なんだ？
朝霧なら知ってるかな、って思ってさ」

「答えられません」

「え・・・っ」

即答だった。
あまりに早いその答えに、透矢も思わず声を漏らす。

「四天王・風紀委員、通称『デュエル・キラー』の正体は秘密なんです」

「ひ、秘密って・・・」

「風紀委員はアカデミアの風紀を乱す者を粛清するのが仕事です。
デュエルで引導を渡してーー」

「あ、ああ・・・」

「お分かりとは思いますが、『デュエル・キラー』のその２つ名の通り、生徒会の権力を後ろ楯にした強引なやり方です。
もし、その正体が明るみになればその人は生徒たちからどう思われると思いますか？」

「そ、そっか・・・そういうことか」

「だから私から申し上げるわけにはいきません。
ごめんなさい」

「い、いや、俺こそ悪いな。
何も知らないから、変な事を聞いちまって・・・」

さっきまで温和だった地影の態度の一変に、戸惑う透矢。
そんな透矢に地影は真顔のまま、更に続けた。

「ーー『デュエル・キラー』の正体を知るには、勝ち抜くしかありません。
透矢くん、あなたが勝ち続ければ、いずれ必ずーー」

「姿を見せる・・・ってか」

地影が頷く。
透矢は頷きながら、それ以上聞こうとはしない。
『聞いてはならない』ということは、地影の態度の変化から察することは出来る。
加えてこういう謎調べのような事をするのは性に合わない。
地影の言うとおり、勝ち続ければいずれ正体が分かるということに、納得してしまったのだ。

「ーーでは、これで」

地影は背を向けて去ろうとする。

「な、なぁ、朝霧！」

その足を止める透矢。
地影は振り向かない。
これ以上、聞くなーー背中がそう物語っているようである。

「朝霧は・・・納得してるのか？
その、デュエルで負かして、退学に追い込む、っていうやり方にーー」

透矢は聞いた。
デュエルの勝敗に、相手の首を賭けさせるーーそれを強制する。

『権力』をかさにしたその横暴なやり方をーー。

「・・・それでアカデミアの平和と秩序が維持できるのであればーー」

「朝霧・・・」

「私の考えや気持ちなどに意味はありません。
刹那会長が必要、と判断するのであれば、私はそれに従うだけです」

ーー冷たく、言い放った地影。
表情を見せない地影の態度に透矢はどう思ったか。
だがそれ以上、なにも聞くことは出来なかった。

『デュエル・キラー』という存在を必要悪とみなすか、それともやはり会長・刹那の横暴なのか。

透矢は地影の態度を見せられて、その事を深く考えさせられるのだった。

ーーだが、四天王・水花との闘いはもうすぐ。
物思いに心を奪われながら勝てるような相手ではないーー。