３ｒｄデュエル 秀才・地影の堅牢デッキ⑨　作：はにわ

　
ーー遂に姿を現した地影のデッキに眠る最強のモンスター。
『封印されし災厄龍 エニグマン』。

「すげぇ・・・これが朝霧のエースモンスターか」

透矢がその雰囲気に身体を奮わせながら、声を漏らす。

『龍』という名前が付いているが、見た目にはとても思えない。
ワニのような顔に目はなく、大小の出鱈目に牙が並んだ口。
体育館の天井にも届こうかという巨大な体躯には不似合いな、いくつもの細長い手足は蜘蛛のように四方八方に伸びている。
そしてその身体全体に無数に開けられた穴、そして口から発せられる黒い煙が自らの身体にまとわりつくように漂い、姿を見えにくくしている。

「ーー実は、このモンスターを召喚するのは初めてです」

「へ？
初めて・・・ってマジか？！」

「ええ。
このモンスターの召喚条件は厳しいですからね。
そもそもこのモンスターの召喚を積極的に狙った事はありません。
今回もたまたまですよ」

「すげぇ！
ってことはそのモンスターと戦うのは俺が初めてってことだな！
超感激じゃねぇか！」

透矢のテンションは高まるばかり。
対して地影の表情は重苦しい。

（このモンスターは・・・正に私の戦い方を形と為したもの。
正に・・・究極にして、凶悪な壁ーー）

初めて召喚したという地影の最強モンスター。
しかしその能力は、地影が躊躇するような、言わば『えげつない効果』を持っていた。




「ーー凄い・・・あれが地影のーー。
そして生徒会四天王が持つという『四龍』の１枚！」

「『四龍』・・・？」

ーー観客席。
真希も千鶴も、地影が召喚したただならぬモンスターに驚きを隠せないでいた。
そして真希は地影のそのモンスターについて、知識を持っているようである。

「生徒会四天王にそれぞれ与えられる、このアカデミアの最強のカード、四枚。
それが『四龍』」

「最強のカード、四枚・・・」

「あれがそのうちの１枚、ってわけね」

「そ、そんな凄いカード、出させるなんて、お、お兄ちゃん、やっぱり凄いんだね」

「まぁ・・・ね」

「お姉ちゃん？」

真希の持つ知識を教えると、千鶴は素直な感想を示す。
だが真希の表情は険しい。

「その『四龍』はね、どれも凶悪な能力を持つそうよ。
早い話が、『出されたらアウト』ってね」

「そ、そんな・・・」

「ま、それは大袈裟だと思うけどさ。
でもあのモンスター・・・どう見たって、簡単に攻略なんてさせてくれないわよ」

「ーーお兄ちゃん・・・」

確かに見た目や雰囲気からもただのモンスターでないことは鈍感でも窺えるだろうが、
何よりあの地影のエース・モンスターにして、アカデミア最強のカードの１枚なのである。

千鶴は手を合わせて祈る。
それは透矢の勝利を願うのか、あるいは無事を願っているのかーー。




ーーデュエルリング。

「ーー遊戦名くん。
あなたには感謝しなければいけないのかもしれません」

「感謝？」

「このモンスターを召喚できたこともそうですがーーそれ以上に！
私が久しぶりにバトルフェイズを行えるということを、です」

透矢は地影の言うことが直ぐには理解できないが、思い返すと納得できる部分がある。
確かに地影はこのデュエル中、まだ一度もバトルを行っていない。

「私のデッキのコンセプトは、守備に重点を置き、徐々に相手のライフを奪うスタイルです。
ーーですが、この『エニグマン』を召喚した以上、一気に決着をつけます！」

「おっと、そう簡単にはいかないぜ！
こっちだって朝霧ほどでもないけど、守備の心得ぐらいはあるぜ」

透矢はリバース・カードを見ながら地影に答える。
恐らくそのカードに自信があるのだろう。
しかし地影は意を介さず、更に続ける。

「ーー予め、言っておきます。
『エニグマン』があなたの効果でフィールドを離れる場合、もしくは戦闘で破壊される場合、フィールドに大いなる災厄をもたらします」

「大いなる・・・災厄」

「『エニグマン』の守備力・・・すなわち４０００をあなたのライフから奪い去ります」

「な、なんだって？！」

「４０００はデュエルの初期ライフと同じ数値。
つまりエニグマンは己が滅びる道連れとして、相手プレイヤーを確殺するんです！」

『エニグマン』の恐るべき効果。
それはこのフィールドから消え去る時に、相手ライフを丸ごと奪い取っていく。
つまり効果・戦闘問わず除去はそのまま自分の死に繋がるということだ。

「ですがーーもし、戦闘におけるダメージで先に私のライフを０に出来れば遊戦名くんの勝ちです」

「あ、そっか」

戦闘ダメージの計算と戦闘によるモンスターの破壊では、ダメージ計算が先。
よって効果による除去は問答無用の敗北だが、戦闘ならば光明はあるということだ。

「もっとも・・・それも険しい道のり、ですが。
ーー私のバトルフェイズ！」

思わせぶりなことを言いながら、いよいよこのデュエルにおいて地影の初バトルフェイズ。

「エニグマンで『ベアトリーチェ』を攻撃！
『終末の黒霧葬』！」

エニグマンに攻撃命令が下された。
すると黒い煙の中に突如、怖気をもよおすような無数の『目』が浮かび上がると、エニグマンが空に向かって轟きを上げる。

だが透矢はおかしな事に気付いた。
エニグマンの攻撃力はーー。

「おい、朝霧？
エニグマンの攻撃力０だろ？
ベアトリーチェは２３００だぜ？」

地影の狙いは自爆特攻？
しかし戦闘による破壊よりもダメージ計算の方がタイミングが早いのは自ら述べた通りである。
地影のライフは１９００。
この戦闘で発生するだろう２３００ダメージを受ければ、ライフは０だ。

「ーー遊戦名くん！
私は『攻撃宣言』しました！
発動する罠があるなら今ですよ？」

「えっ？！」

「エニグマンの二つ目の効果！
ダメージステップ中、攻撃力と守備力は入れ替わる！」

「な！
エニグマンの守備力は４０００、って事はーー」

「攻撃力が４０００になるということです！」

地影は透矢にわざわざ確認したのだ。
ダメージステップに入ると、もはや『ミラーフォース』のような攻撃に反応する罠カードは発動出来ないからだーー。

エニグマンの身体から吹き出す黒い煙が辺りを侵食していく。
それはやがてベアトリーチェの周りにも漂い始め、彼女を呑み込もうと攻撃的な意志を見せるーー。

「く・・・っ！
罠カード、発動！
『戦士の誇り』！」

透矢は慌ててリバース・カードを発動させた。

「自分フィールド上の戦士族モンスターが相手モンスターの攻撃対象にされた時に発動！
ライフを１０００支払い、その攻撃を無効にする！」

透矢がライフを犠牲に、ベアトリーチェの回りを白い壁、バリアのようなもので覆う。
それによって黒い煙の侵食を食い止め、ベアトリーチェは護られた。

だが透矢のライフはこれで残り７００。
ベアトリーチェが命を削ってまで自分を護ってくれた透矢に、目配せで感謝の意を表す。

「良いってことよ！
俺は『戦士の誇り』の効果でカードを１枚、ドロー！」

ベアトリーチェに応えながら、効果でカードをドロー。

「攻撃無効・・・ですか。
遊戦名くんもここ一番の引きを見せてくれますね」

もし今の罠カードが除去をもたらすものならば、透矢は八方塞がりで敗北は必至だった。
地影は透矢もまた引き運に愛されていることを感じていた。

「エニグマンの３つ目の効果。
バトルを行ったバトルフェイズ終了時に守備表示になります」

エニグマンの更なる効果。
再び自らの周りを黒い煙で覆い隠してしまう。
入れ替わった攻守も元に戻り、エニグマンは守備力４０００のモンスターとして鎮座する。

「カードを１枚、セットしてターン・エンド」

地影はこのターンにドローしたカードをセットしてターンを終了。
透矢へとターンが廻る。

（さぁ・・・遊戦名くん。
あなたに気付けますか？
エニグマンの弱点ーー短いタイミングに隠された弱点にーー）

エニグマンの恐るべき能力。
透矢はその攻略法に気づけるのかーー。
残されたターンは長くはない。