３ｒｄデュエル 秀才・地影の堅牢デッキ⑦　作：はにわ

　
ーーカードを３枚セットした地影。
これでこのターン、やるべき事は全て終えた。

が、しかし。
そこで地影は動かなくなった。
これまで迷いなく、計算し尽くしたコンピューターのようにターンを進めてきた地影である。
地影が長考するのは珍しいーー。
地影を知る誰もがそう思った。
透矢は何をするつもりなのか、と緊張しながら地影を見守っている。

（引きが良い・・・確かに私は勝利に向かって突き進んでいる）

先のリューゼリッドの攻撃をいなした『反転世界』、『土石流』におけるダメージ量、そして『土石流』のコストを活かす『貪欲な壺』などーー。
あらゆるカードが透矢を苦しめ、そして動きを封じ込めている。
逆にそれらの要素がなければ、もっと苦戦を強いられたのではないか。

すなわちこのデュエルはこのまま自分が勝つ『流れ』。
いつも通り、相手の戦術を完封してのノーダメージ勝利。

だが地影は思った。
何だろう？この『苛立ち』は、と。

「おーい、朝霧？
どうかしたのか？」

「ーーあ・・・いえ、何でも、ありません・・・。
え、エンドフェイズ、破壊された『守護者の石板』が、攻守を入れ替えて復活します」

このターン、『奇跡の鉱脈』によって破壊された守護者の石板が墓地から攻撃表示で蘇る。
攻守を入れ替えて、再び攻撃力が２１００。
これで攻撃力２１００で攻撃表示の守護者の石板、
守備力が２１００で守備表示の守護者の石板、と２体が並ぶことになる。

「た、ターン、エンドです」

「気分でも悪いのか？
何なら中断してもいいんだぜ」

透矢もさすがに地影の様子が変であることに気づいたのだろう。
そう声を掛けると、立会人のクロエも心配そうに地影を見遣る。

「いえ、問題ありません。
気にせず、透矢くんのターンを始めてください」

「そ、そうか？
んじゃ、俺のターン行くぜ？」

地影が醒めたかのように姿勢を正すと、透矢は遠慮がちにデュエルを進めようとする。

「ーー遊戦名くんのデュエルは・・・いつも次の攻め手を考えてデュエルを進めてますね」

「へ？そう・・・か？
全然、意識したことなかったけど」

カードをドローしようとしたところで地影に話しかけられ、透矢は思わず手を止めて、自分のデュエルを思い返そうとするように上を向く。

「私は常に相手の動きを読み、どう守るかーーそれを考えてデュエルしてますので」

「へぇー、てことは俺と朝霧は反対のデッキ、ってわけか！」

「遊戦名くんのようなデュエリストと戦うと、時々うらやましく思います。
私もーー」

「朝霧・・・？」

「いえ、ごめんなさい。
遊戦名くんのターンなのに、水を差してしまいました」

突然どうしたのか？
地影は何かを気にしている。
しかし向き合う透矢にもまだそれは伝わってこない。

「俺のターン、ドローだ！」

「ーーか、カウンター罠、発動！
『強烈なはたき落とし』！」

「へへ・・・やっぱり発動してきたか」

ドローの瞬間、やはり発動された『強烈なはたき落とし』。
これにより透矢はまたドローカードを墓地に送ることになる。
手札は１枚のまま。
手札、フィールドのカード枚数において大きく有利に立つ地影。
この差を維持したまま押し切るつもりか。

（有利に立ったら、相手の手段を１つ１つ潰すーー。
それが私のデッキ。
そうして相手に何もさせずに安全に勝ちを掴むーー）

地影の必勝パターン。
この状態になったが最後、今までのデュエルにおいては相手は何も出来なかった。
相手が何もさせずに、後は縄でゆっくり絞めるようにじわじわと相手を負かすーー。

だがそうして勝った時の対戦相手の表情ーー。
それは今でも地影の目に焼き付いている。
皆それぞれ自慢のデッキが何も出来ず、ボロボロになるまで追い詰められ負かされた、対戦相手のあの悲愴な表情。

そして地影は知っている。
自分のデッキについての生徒たちの噂を。

『二度と戦いたくないデッキ』ーー。

地影は胸を押さえる。
まるで突然走った激痛に耐えるかのようにーー。

「ーー罠カード、『英雄の落日』、発動！」

物思いに耽っていた地影は透矢の声にはっとさせられる。
デュエル中に呆けるとはあるまじき行為、と地影は顔を左右に振りながら自分の心を戒め、集中を取り戻す。

「『英雄の落日』は自分の場に『三騎士』モンスターを素材とするＴ・Ｆ（トライ・フォース）モンスターが存在するときのみ、発動出来るカード！
その素材モンスターを全てデッキに戻してカードを２枚ドローするんだ」

「素材モンスターを全てデッキに戻すということはーー」

「ああ、リューゼリッドは場に維持できず、エクストラデッキに戻るよ。
・・・悪いな、リューゼリッド」

Ｔ・Ｆモンスターは、墓地に１体以上の素材モンスターが無ければ場に維持できない。
すなわち『英雄の落日』を発動すると、リューゼリッドはエクストラデッキに戻る事を余儀なくされてしまう。
ただリューゼリッドの攻撃力は、『トライ・フォース・サポート』の効果も切れて現状５００。
残念ながら攻撃役として使うにはあまりに低すぎる。
ただ守備力は２９５０あるから、守備表示にして運用する手段はあるが、それでは勝てない、と踏んだようだ。

ならば『英雄の落日』で新しいドローに可能性を見いだそうということだ。

透矢は墓地に残された『蒼き槍迅』２枚をデッキに戻してシャッフルしながら、リューゼリッドに申し訳なさそうな表情を向けると、本人はふん、と澄まし顔をしながらも、
透矢を励ますように肩を１つ叩いて、エクストラデッキへと帰っていった。
勇気をもらったように透矢は強気の眼差しでデッキに手を伸ばす。

「カード、２枚ドロー！」

このドローで可能性を見出だせなければ即敗北に繋がる。
透矢は気合いを込めてその２枚を引き、固唾を呑み込みながらそのカードを確認した。
すると『ほぉ』という驚くような声が小さく漏れるのが地影に聞こえて、眉を寄せる。
一体、何を引いたのかーー。

「ーーよし、俺は手札からモンスターを召喚！
『三騎士 影縫いの微刃（かげぬいのみじん）』！」

透矢はその２枚から１枚を掴むと場に召喚した。
現れたのは四肢以外を黒装束で包み、くないのような短剣を手にした忍者のような輩。
顔も鼻から下を布で覆っているが、紫色の布で結んだ地面まで届く髪、柔らかい顔立ち、そして小柄その体躯を観察すると、どうやら女、言わばくノ一のようだ。
更にその顔の瞼のところに『Ⅴ』というタトゥーが刻まれている。

『影縫いの微刃』なるその戦士。
攻撃力２３００にレベルが５ーー？

「モンスター効果・・・ですね」

「ああ！
影縫いの微刃は相手の場だけにモンスターが存在する場合、リリースなしで通常召喚出来るんだ！」

本来レベル５以上のモンスターは、別のモンスターを生け贄にしなければ召喚できない。
だが影縫いの微刃は自らの効果で、状況によりそれを必要とせず召喚が可能なモンスターのようだ。

「そしてバトルフェイズ！
影縫いの微刃で攻撃表示の守護者の石板を攻撃！」

そして直ぐ様バトルフェイズ。
透矢が召喚されたばかりの影縫いの微刃に攻撃命令を下した。

すると影縫い微刃は自らの影に溶け込むようにして姿を消す。
どこに行ったのかーー？
目を見張る地影だったが、それは突然、姿を現した。
即ち、攻撃対象の守護者の石板の背後、その影から姿を再来させたのだ。
身体の半分を『影の中』に埋めたまま、手にした短剣で守護者の石板を攻撃しようとするくノ一。

攻撃表示の守護者の石板は、攻撃力２１００で確かに勝てればダメージを与えられるが、地影には２枚のリバースカードがあるーー。

「ぬ、抜かりなく！
罠カード発動！
『聖なるバリア ミラー・フォース』！」

ーーやはり。
地影は対抗策を用意していた。
『聖なるバリア ミラー・フォース』は相手モンスターの攻撃宣言時に発動し、相手の攻撃表示モンスターを全滅させるカード。

すると守護者の石板の周りが半透明の白い光に覆われ、影縫いの微刃の刃が弾かれる。
そしてその半透明の光は突如攻撃的な光線を放ち、影縫いの微刃の身体を撃ち抜いた。
断末魔の悲鳴を上げながら敢えなく返り討ちとなったくノ一。
攻めを逸った透矢の失敗ーーに見えたが。

「へへ・・・流石だな、朝霧。
こっちの思うようには中々させてくれない、ってか？」

（ーー？！
わ、笑ってる・・・？）

地影は驚いた。
地影が今まで戦ってきた者たちは、こうまで自分の戦術を潰されれば落胆したり悔しがったり、あるいはこちらに激昂する者さえいた。

少なくとも透矢のように笑う者はいなかった。

「自分の戦術を防がれて・・・楽しいですか？」

「へ？
そうだな・・・楽しい、っていうか対抗心が湧いてくる。
意地でも破ってやる、ってな」

「遊戦名くん・・・あなたは打たれ強いんですね」

「打たれ強いかどうか知らないけどーーでもさ？
こういう自分の意志が通るか通らないかの押し引き、っていうのがデュエルの醍醐味だろ？」

「醍醐味・・・」

「それに俺の『押し』はまだ終わっちゃいないぜ！
ーー影縫いの微刃、効果発動！」

「効果ーー？」

「影縫いの微刃が効果で破壊されたとき、デッキか手札から別の影縫いの微刃を墓地へ送ることで、
相手の魔法・罠カードを１枚破壊する！」

影縫いの微刃は無駄死にではなかった。
死の間際に発動するその効果。
透矢がデッキから引き抜いた『２枚目』の影縫いの微刃を墓地へ送ると、突如『土石流』の下から黒い柱が上に向かって伸び、それを破壊した。

「『土石流』がーー！」

透矢に対するダメージ源だった『土石流』。
同時に『貪欲な壺』などのコンボパーツでもあったそれが破壊されたことで、地影の表情が引きつる。

（ーーでも！）

地影は改めて透矢の場を見る。
透矢の場にはもはやカードは存在しない。
手札は２枚あるが、少なくともこのバトルフェイズでは何も出来ないはずーーと。

「へへ、朝霧！
『お前のおかげ』で準備は整ったぜ」

「準備・・・？私の、おかげ・・・？」

「手札から速攻魔法発動！
『トライ・フォーメーション』！」

発動されたそのカードは透矢が最初から手札に温存していたカード。
それが満を持して発動されたのだ。

『トライ・フォーメーション』は墓地にＴ・Ｆモンスターの素材となるモンスターが３体揃っているときに発動でき、その３体を素材とするＴ・Ｆモンスターを特殊召喚するカードだ。

「墓地には『３体』の影縫いの微刃！
よってその３体を素材にＴ・ＦモンスターをＴ・Ｆ（トライ・フォース）召喚！」

「そんな・・・いつの間に３体目を？！」

ミラー・フォースで破壊された１体、影縫いの微刃の効果で墓地に送られた１体、と合わせて２体しか墓地にはいないはずだ。
しかしそこは頭の回転が速い地影。
『お前のおかげ』という透矢の言葉から、ある推測にたどり着く。

「ま、まさか・・・『はたき落とし』！」

「その通り！
ま、その後に同じカードをドローするとは思わなかったけどな。
まだ俺にもツキがあるってか？なんてな！」

（しまった・・・カードの確認を怠るなんてーー）

地影は己の迂闊さを悔いた。
何故、今回に限って相手の墓地に送られたカードのチェックを怠ったのか。
有利に事を運んでいた故の油断か。
あるいはデュエル中に考え事をし、集中を取り戻せていなかったからか。
地影は悔しそうに大きくしかめた表情を見せた。

「行くぜ！
『トライ・フォース・ユニオン』！
『フォーメーション・フュンフ』！」

『トライ・フォーメーション！』の効果が発動し、透矢を中心とした三角形を象るように、黒い光の柱が３本、地から天へと突き抜けた。

「真の闇を切り裂くため、自ら闇に堕ちたその刃ーー！
友を覆う暗き天を打ち払うため、今こそ目覚めろ！」

黒い光の柱が１つに重なると、一本の大きな柱を作り出す。
そしてその柱が中心から裂けると、そこに新たな『英雄』が姿を現した。

「Ｔ・Ｆ召喚！
『影刃の淑女（えいじんのしゅくじょ） ベアトリーチェ』！」

その姿は、今まで透矢が見せてきた戦士たちと一線を画す存在。
『影縫いの微刃』を素材とするＴ・Ｆモンスターだが、その面影はない。
まるでどこかの舞踏会から抜け出してきたかのよう。
大人びた長身の女性が、大きくスリットの入った黒いドレスを着込み、胸元に白光りする黒薔薇を飾った正に『淑女』。
片目を覆い隠すようにした前髪が地面に届くまで伸びてるのが異様な特徴であり、横に伸ばした右手には波打つような赤色の曲刀が握られている。

『影刃の淑女 ベアトリーチェ』ーー。
彼女がこの状況を一気に塗り替えることになる。