敗者の末路　作：はにわ

　
「負けた・・・俺が？
俺の次元竜が・・・負けた？
う、嘘だ・・・！」

地に伏した凌斗が、当たり散らすように床を打つ。

何故負けたのか？
いずれは生徒会の面々に挑むつもりで組み上げた最強のデッキが。

今のデュエルも内容は終始、自分が押していたはず。
唯一厄介なＴ・Ｆモンスターも封じ込め、勝利は目前だったはず。

それが、たった１ターン。
１ターンで全てがひっくり返った。
あの１枚。
最後に透矢が引き当てたあの１枚が、封じ込めたはずのＴ・Ｆモンスターを蘇らせた。
しかもその１枚は前に自分が卑下していた千鶴というレッド生徒が、あげたものだという。
それをデッキに入れて戦い、それが結果的には勝因に繋がった。

ーーそんな事があるか？
自分が練り上げたデッキが、そんなたまたま入れておいた、というカード１枚に足を掬われるなどーー。

凌斗が納得がいかず、それがまた更に悔しさを深めていた。

「ーーいいデュエルだったぜ。
『さすが』だな、『流石』。
お前の本気のデッキ、次はちゃんと対策しないと、負けちまうかもな」

凌斗がその声を聞いて、顔を上げると、目の前には透矢が立っていた。
見下ろしてくる透矢を見て、凌斗は歯を食い縛る。

「お、俺はお前に負けたんじゃない！
あの、お前が貰ったっていうあのカードさえ、あのカードさえ無ければお前は何も出来なかったんだ！」

「・・・そうだな。
お前の言うとおり、あのカードが引けなかったら・・・いや、デッキに入れてなかったら、多分、俺は負けてたよ」

「そ、そうだ！
俺は負けてない、お前なんかに負けてないんだ！」

「ははは、そうだな。
ってことはこのカードを俺にくれた、千鶴の勝ち、ってことかな」

悔しさをぶつけ、口から出るのが止められない空しい負け惜しみ。
そんな凌斗に、「異次元からの埋葬」を手に持ちながらあくまで明るく言葉を返してくる透矢。
それが凌斗を更に打ちのめした。

どうあれ、自分が負けたことに変わりはない。
負け惜しみを言ったところで結果が変わるわけでも、悔しさが晴れるわけでもないのだ。

それに貰ったカードだろうと、何だろうと最後に引き当てたのは紛れもない事実。
それら全ての要素を引き入れた結果の透矢の勝利ーー。
それはもう覆すことなど出来ないのだ。

凌斗は再び地に伏した。

「透矢ーーっ、お疲れ様ーー！」

「おぅ！」

後ろから聞こえてきた馴染み深い声に透矢が振り返る。
すると真希が千鶴を引っ張るようにして走ってくるのが見えた透矢は、自分もその方に向かって出迎えた。

「お疲れ様、透矢！
やっるじゃない！」

「へっへー、さんきゅ！」

合流した透矢と真希がまずハイタッチを交わす。

「お、お疲れ様、お兄ちゃん」

「ああ、さんきゅ、千鶴！
お前のくれたカードのお陰だな！
これからも大事に使わせてもらうぜ」

「う、うん・・・良かった、役に立てて・・・」

控えめだが、嬉しそうな千鶴。
真希はそんな千鶴を優しい視線で見守っている。

「ーーお疲れ様、透矢くん」

そして更に透矢を祝福する者が姿を見せる。
会長・刹那だ。
脇には水花を引き連れている。

「お、会長さん！
それに、朝霧に紅月先輩も！」

「よぉ、遊戦名！
相変わらずスカッとする勝ちっぷりじゃないか！」

「お疲れ様です、遊戦名くん」

その後ろに炎魅子に地影。
炎魅子は透矢に近付くなり、背中を音がなるくらいに叩き、
地影はまだ仕事が終わってないのか端末をいじりながらだ。

「・・・透矢くん、よく勝ってくれたわね。
君の勝利に、期待していたのよ」

「へぇ、会長さんに期待されるなんて、光栄だな！」

「ふふ・・・君の事がもっと知りたいわ。
二人きりで・・・それに『相応しい場』でね」

「うえ？会長・・・さん？」

不意に顔を必要以上に近づけてくる刹那に、透矢は背を仰け反らせる。
全てを見通しそうな瞳にじっと見据えられ、透矢は戸惑う。
真希はそれを見て一歩踏み出すが、それ以上足を出すことはなかった。
まるで自分の行動を必死に制御したかのように。

「・・・くす。
それじゃあ、透矢くん」

「あ、ああ・・・」

しばらく見つめた後、不意に目を細めた刹那は、そのまま透矢の脇を通りすぎていく。
一体、何だ？とその後ろ姿を目で追う透矢。
すると刹那は伏している凌斗の目の前で止まった。

「ーーさて、流石くん？
約束は覚えてるわね？」

「か、会長・・・」

刹那に呼び掛けられて、顔を上げた凌斗。

「君はこのデュエルに首を賭け、そして負けたーー。
約束は守ってもらうわ」

「・・・はい、分かっています」

刹那の鋭い眼差しを受けて、観念したように凌斗は呟いた。
そして遂に刹那から、審判が下された。
敗者の末路たる罰をーー。

「オベリスク・ブルー一年、流石凌斗！
本日付を以て、あなたを退学処分とします！」

「な、なんだって！？」

刹那から下された審判。
しかしそれに対して声を上げたのは、凌斗ではなく透矢だった。

「ーークロエ先生、よろしいかしら？」

「Ｏｈ・・・残念デスガーー仕方アリマセン、デスわ」

「それでは、そういうことで」

クロエに確認をとった刹那は、もはや凌斗に一瞥もくれず踵を返す。
凌斗は伏したまま身体を震わせている。

「ちょ、ちょっと待ってくれよ、会長さん！
一体、どういうことなんだよ！
なんで、流石が退学なんだ？」

自分の方角へ戻ってきた刹那に、すかさず詰め寄る透矢。

「・・・彼はね、このデュエルに首を賭けていたの」

「はぁ？どういうことだよ」

「このデュエルは彼が君にリベンジするために、私がセッティングしたのよ。
でも彼は負けた。
だから約束を守ってもらうだけよ」

「意味わかんねぇよ、ちゃんと説明してくれよ」

「ごめんなさい、これから仕事があるの。
またね、透矢くん」

「か、会長さん！」

このデュエルの裏事情。
それを知らない透矢に、今の刹那の言葉だけでは訳が分からない。
しかし刹那は気にせず透矢の脇を通りすぎてしまい、それ以上何も語ってくれない。

「お、おい、会長さん！
ちゃんと説明してーー」

「ーーやめろ！！」

「さ、流石・・・？」

去り行く刹那を追おうとして、凌斗がそれを制止する。
凌斗はゆらりと立ち上がると、会長とは反対の方向に歩き出す。

「お、おい、流石！」

「約束・・・だったんだ。
それだけのことだ」

「だから約束ってなんなんだよ！」

「ははは・・・じゃあな」

肩を落とし、弱々しい足取りで去っていく凌斗。
それを追い掛けようとした透矢を、今度は真希が止めた。

「ま、真希・・・！」

「駄目だよ、透矢」

「でもよ、真希！」

「流石と刹那がどんな約束をしたかは知らないけど・・・刹那が１度出した辞令は覆せないわ」

「で、でもよ、退学ってーー」

「言ったでしょ？
ここでは生徒会長の言葉はね、絶対なの。
透矢も逆らわない方がいい」

「真希・・・お前！」

「お願い・・・お願いだから、透矢！」

懇願するように言う真希に、透矢は熱くなりそうだった心を抑える。
真希がそんなことを言うなんてーー。
彼女の性格を深く知る透矢だからこそ、真希がそこまで言って止めるからには何かある。
そう察した透矢はここではそれ以上何も追及しなかった。

しかし納得はいかない。
一体、今のデュエルの裏にどんな事情があったのか？

そして会長・刹那率いる生徒会。
そこにある底の知れない見えない『何か』。
透矢は刹那の後ろ姿を見送りながら、決意を深めつつあった。

『このままには出来ない』、と。

転入したばかりの透矢と、絶対的な権力を持つ生徒会。
その間に確執が芽生えた瞬間だった。

それが会長・神楽坂刹那の思い通りだとも知らずにーー。