90　9.A.M.　作：Ales

　「あ、新田プロ！？おはようございます！じゃなくて、来ないって一体……？」

　意外な人物－もっとも、同じ建物にいる以上はそれほど不思議ではないのだが－に出くわし、一瞬落ち着きを失った舞であるが、二言目にはもう既にいつもの冷静な彼女に戻っていた。

　「ああ、おはよう。今朝琉枝さんから電話があってね。『うちのと螢華さんは多分来られない』と言っていたよ。君への連絡が遅れた事は私の不手際だ。お詫びするよ。」
　「い、いえ私はただの取材班ですから……頭を上げて下さい。」

　一瞬で落ち着きを取り戻した舞であったが、想定外の行為に出られてまた慌ててしまった。


　「とはいえ、君も心配していただろう？」
　「ええ、まあそうですけれど。それより、樋屋さんも来られないとなると、決勝戦は征君とワイルドカード枠の勝者ですか。いまいち盛り上がりに欠ける気がするのですが……」

　宮戸遊貴の事は心配であるが、姉が一緒らしいので安心できる。問題は交流会の方であり、決勝参加者の内２人が出ないとなると、交流会としての価値がまさに「半減」するものである。

　「そう、その話で今教職員が会議中だ。やれやれ、一般客の入場まであと15分だというのに。」

　交流会の場は、それを見て入学を決めたという生徒もいるほどに学校をPRする格好の場でもある。決勝のふたりが不参加という異例の事態ではあるものの、それへの対処法ぐらい予め考えていてもいいのではないか、と思ってしまうのである。

　「それで、一体どうなるのでしょうか。」
　「それは教職員次第だね。君は一体、どうするんだい？」

　出オチ感が尋常ではないのだが、とにかく登校したと思ったら既に仕事はなくなっており、急に手持ち無沙汰になってしまったのだ。

　「今日は一応自由登校ですし……寮に戻って寝たいです。正直。」

　昨日晩から遠山利香のデッキ調整に付き合わされた話を説明すると、慧は奇妙にも懐疑的な顔付きで呟いた。

　「昨日晩から？大胆な事をするな……」
　「無茶だとは言ったんですけれど、あの人基本的に人の話を聞きませんから……」
　「やれやれ、そんなデッキで大丈夫なのだろうか。相手はこの日のためにデッキを調整してきたというのに。」
　「私は【RR】でも問題なかったと思うんですけれど、あの人はそれじゃあ駄目みたいですね。ただひとつ、興味深い点がありまして……」


　そう言って内容を説明しようとしたその時、校内放送用のスピーカーが、特有の耳障りなハウリング音と共に起動した。



　「アー……マイクテス、マイクテス……」


　当然のように今日も聞こえるのは、山崎久実の声である。

　「おっけ、んじゃお知らせいきますよー。って、これじゃ出オチじゃねぇか……」



　その一言が、既に教職会議の結果を告げていた。





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　「よく考えれば、私たちどうして南港に向かってるのかしら……？」

　渋滞から来る苛立ちを隠せない様子であった琉枝は、突如本末転倒な事を言いだした。

　「そこに南港があるから……っていう登山家の理論は置いといて、何か問題でもあったの？」

　全く意図が読めない発言に対し、隣の遊貴が疑問を呈するのも当然である。しかし、琉枝の次の言葉を聞いて、寝起きの活性化していない思考というのは恐ろしい過ちを犯すものだと痛感したのである。



　「いや、ロロナに防犯カメラを解析させてさ、どこにいるかを割り出して貰った方が早いんじゃなかったかな、って。」


　「あー…………」

　普段冷静な姉妹であるだけに、気が急いた時の思考回路に問題があるようであった。



　（というわけでロロナ、頼めるかしら……？）
　（わかりましたけど……今、彼女甲子園近くのファミリーレストランで外国人と見られる女性と食事中ですね……）

　南港から北に向けば、確かに兵庫県西宮市に到着する。車で行けなくもないため、考えたくはないが拉致の可能性もある。暢気に食事しているというのも疑問ではあるが、とにかく行き先は決まった。


　「甲子園って……駐車場、あったっけ？」

　甲子園球場に駐車場はありまへーんと、某球団のOBが言っていた気がする。

　「別に球場に行く訳じゃないわよ……甲子園というとどうしても球場のイメージがあるでしょうけれど、実際は普通の街だし。まあ、西に行けば神戸、東に行けば大阪という点では交通の要所かも知れないけれど。」

　実際に球場付近を通る事は滅多にないが、西宮市は様々な方面へアクセスする際に通行する事となる。琉枝の言葉通り、東からだと淡路・四国や岡山、そして山陽・山陰並びに九州各都市への分岐となる。西から来る場合にも、名神高速道路経由で京都・大阪の各都市、そして名古屋や米原にも繋がる等、まさに交通の要所なのである。

　「で、そのど真ん中ってことは今後どこに行くかわからない、ってこと？」

　今でこそその真ん中に駐留している対象だが、今後高速道路を利用してどこかへ行かれると、追うにも厳しくなる。

　「ええ、そういう事。だから早い事捕まえたい訳よ。」


　相手の目的がわからない以上、どこへ行くかもわからない。所在地がわかったからこその新たな苛立ちと共に、宮戸琉枝の赤い車は走っていた。





　そんな宮戸姉妹の心配などいざ知らず、樋屋螢華は女性と睨み合っていた。



　いや、実際は睨んでなどいない。表面上は如何にも友好的に見える微笑である。だが内心では女性の真意を計りかね、警戒の色がにじみ出ているのである。


　「そう警戒しなくても、今日のところは何もしないわよ。明日以降、私たちの組織が関係するところで会えばどうするかはわからないけれど。」
　「それを……信用しろ、と？」

　状況判断では信用できるのだが、口から出た言葉をそのまま信用しない。何とも面倒な話ではあるが、実際には出所が違うだけにその信頼度には雲泥の差があるというものだ。

　「信頼する、しないはあなたの自由よ。私がいくらしないと言っても、今日あなたと別れるまではそれが証明できないもの。」

　女性の置いたカップがソーサーに当たり、陶器同士のぶつかる小さな音が鳴った。

　「それで、今後あなたはどうするつもり？」
　「どう……とは？」
　「いつまでも私といる訳じゃないでしょう？まだあなたをどこまで送ればいいかを聞いていないから。」
　「っ……それは…………」


　勝手に家を抜け出した以上、宮戸家には顔を出し辛い。かといって東京まで送ってもらい、ひょっこりと顔を出しても学校への説明に難儀する。そもそも現状自体が困った事になっているのだが、後の事を考えずに飛び出してしまったためどうにもならないしどうしようもない。


　（さて、どうしたものかしら…………）

　後悔先に立たずとはよく言ったもので、さてそんな難題の結論を得るための知識がないと、大抵人間は同じことをする。





　時刻は９時２５分。

　どこでもいい、後は勝手に帰ると言って別れた先には、数万人の見知らぬ人がいた。ご丁寧にも一番良い席らしいのだが、そもそも生まれて初めてどころかそれまで興味すらなかったのにそんなところに放り込まれても困るものである。



　樋屋螢華が、謎の女性と別れた場所。それは甲子園から北へ数㎞、阪急今津線・仁川駅のすぐ近く。




　半年に一度の祭典の場は、朝から大入りであった。





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　山崎久実がとりあえず、といった体で音読した文章の内容は、交流会２日目を中止する旨であった。どうやら大会の質を考慮しての事らしいが、そう言われてはいそうですか、と納得するほど諦めの良い人間はほとんどいない。ましてや、最後の夏を奪われた最上級生ともなれば、会議室或いは校長室に直接乗り込んで直談判するのも何ら不思議ではないだろう。


　「っつーわけで、私の仕事も終わっちゃったんだけど……これ、なくなった仕事分のギャラは貰えんのかねぇ？」

　どんなときでも、山崎久実は変わらない。全てを計算ずくでやるのが彼女のスタイルである。




　「あ、舞さん！丁度いいところに。」

　どうせ呼び出されそうな予感がしたので新田慧と別れて新聞部の部室に入った芹野舞は、一歩入った瞬間に利香に声を掛けられた。

　「おはようございます……どうせ呼ばれる気がしたので、一応来てみましたけど……」
　「ええ、どうせ呼ぶつもりでした。今こそ、我が校最大規模の部活である新聞部の真価を発揮する時ですよ！」



　数人を除いて全員集合した部員達を前に、遠山利香は言葉を紡いだ。



　「ご存じの通り、私は最上級生です…………」




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《？次回予告？》


久実　「秋天どころかもう有馬の蹄音が聞こえているんですがそれは……」



次回、「（略）だ（略）ラジオ」
　終章と感謝企画に向けて下準備と告知。