83　月影　作：Ales

　「南港の中ふ頭駅まで、お願いします。」

　京都駅前というのはタクシーの山である。その気にならなくても深夜だろうが早朝だろうが、日曜日だろうがタクシーは割とすぐに捕まるものである。

　「南港……ですか？」

　電車が通っていない時間とはいえ、ドライバーが眉間に皺を寄せるのも無理はない。


　まず第一に、その距離である。京都駅から指定の場所まで60km強。所要時間１時間前後となれば、利用料金は２万円にも達する。高速料金は別なので、それを含めれば２万５千円程度である。目の前の少女にその支払い能力があるようには思えない。


　そして第二の－最大の問題なのだが、明らかに深夜徘徊である。見た目高校生で実際高校生の螢華は、高校生である以上青少年の健全な育成に関する条例というやつで出歩ける時間が決まっている。その時間を明らかにオーバーしているのだ。



　「お嬢さん、失礼ですが……お金はありますか？」

　条例違反と突っぱねるのも角が立つので、遠回しに「そんなこと出来るか」と言ってみたのだが、目の前の少女は事もあろうに最高額紙幣を３枚ほど押しつけてきたのだった。

　「これで足りますか？もし足りなければ駅近くのコンビニで降ろして下さい。ATMから引き出してお支払いいたします。」


　さて困ったことになったのはドライバーの方である。遠回しに断ったはずがそれを解決されてしまい、「そもそも条例違反です」と言えなくなってしまったのだ。

　「…………一応、条例がありますので。お家がこの付近でしたら、そこまでのお送りになりますが。」

　妥協してみるが、どうやら無駄だったようである。

　「生憎、お家が南港ですので。友人の家にお泊まりしていたのですけれど、喧嘩して居辛くなってしまいまして。ホテルを取ろうにも、この辺りのものは高級すぎて気が引けますし。」
　（よくもまあ、見事に出任せを言えるものね……）

　反魂竜が思わず感心してしまうほどに、螢華の嘘は嘘らしい澱みがなかった。

　「はぁ…そうでしたか。足りん事はないと思いますので、どうぞ乗って下さい。」

　こうなったら面倒事はさっさと解決すべしとの結論に至り、ドライバーはさっさと忘れるためにも螢華を乗せ、目的地へと車を走らせたのだった。





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　さて時を同じくして、こちらも家を離れる少女がいた。


　籐篠朱理である。来た時と同じ車に乗り、関西へと戻るためにこの時間から動き出しているのである。

　「お嬢は、外見によらずタフですね。」

　というのは来た時と同じ運転手の言葉である。どうやら職業柄どうしても睡眠時間が少なくなってしまう両親と重ねているらしい。

　「自分がタフだという自覚はないですけど、馬産界の方がおっしゃるならそうなんでしょうね。」


　馬を、特にサラブレッドという品種を育てるのには多大な苦労が要る。
　奇跡の二冠馬・サクラスターオーの例を見ればわかるように、まともに睡眠を取る時間もなく、いつ何が起きてもいいように誰かしらが気を張っていなければならないのだ。

　馬は脚を動かすことで血流を促す生き物であり、特にサラブレッドは400kg以上の重量をその細い脚で支えねばならない。動かせばねんざや骨折などのリスクがあるが、動かさねば血流が滞って他の病気を発症する。
　人間であれば骨折程度なら松葉杖や車椅子で済む話だが、馬の場合はそうもいかない。患部を庇ううちに他の脚にも異常が出るし、そうなれば手の施しようがなくなり、最終的には安楽死させる以外の手段はないのである。



　「あの子、幸せだったのかしら…………」



　怪我や病気で死んでいった競走馬は、枚挙にいとまがない。それは朱理が生まれる前からそうだし、今後もそうであるように、人間はそういった馬がこれ以上苦しまないように、薬物を投与することしかできないのだ。

　「……最期は辛かったでしょうけど、お嬢が来てくれて、幸せだったと思いますよ。何せ、来るまで我慢してたんですからね。」
　「そう……だといいわね。」

　馬が人間の気持ちを理解しているのかどうかは、本当のところではわからない。逆もまた然りで、人間も決して馬の本懐を読み取っているとは限らないのだ。もしかしたらロマンチストが都合の良いように解釈しているだけかも知れない。

　それでも、そういう「想い」があったと信じたいのは、なんだかんだで朱理自身がレッドルート号を好きだったからだろう。

　「素直になるってのは、難しいもんですね。」
　「ええ、本当に……」

　しかし、素直でないことも自分らしさ。あの子も最期まで自分らしさを貫いたのだから、自分もそれで良かった。


　広い道に、広い空。そして輝く星。

　「そういえば、和那から電話来なかったわね……」



　残念ながら、籐篠朱理という人物はリアリストなのであった。





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　南港・中ふ頭駅周辺はそれなりに賑わっているが、そこから南、海の方へ進むと倉庫街になり、一気に雰囲気が変わってくる。

　「何か、こう……いかにも怪しげな雰囲気よね。」

　駅から１㎞も歩けば、潮の香りの漂う少し古びた建造物に囲まれる。


　（ここね……）

　如何にも倉庫な倉庫の前で、反魂竜が声を掛けた。ぐるりと一周してみるが、正面の扉以外には換気扇が取り付けられているのみである。一応側面に大きな扉があるが、前には雑多な資材が置かれていて利用できそうにない。

　「これは……確かに、気付かないわ。で、どうやって入りましょうか？」

　古びた建物にもかかわらず、何故か入り口のセキュリティだけは最新式の電子ロックである。

　（パスカードなんて持っているわけはないし……さて、どうしましょう？）

　側面の扉を空けられるようにするにも、積み上げられた資材や南京錠を攻略せねばならない。宮戸家で遊貴の部屋に侵入したように部屋の鍵程度なら突破できる螢華だが、流石に本格的な電子ロックや強靱な南京錠は解除できない。

　「バールか何かがあれば、側面の弱そうな壁を壊せるんだけど……って、あら？」


　さてどうしたものかと思案していたその時である。軽快な電子音と共に、ドアのセキュリティが解除された。

　「ん……」

　一応死角に入り込んで様子を伺うが、中から人が出てくる気配はない。

　「どういうこと……？」

　つまり、ドアが勝手に開いたという事である。

　（ああ、そういう事……彼女、随分サービス精神旺盛なのね。）

　反魂竜の言葉はよくわからないが、この機会を逃す手はない。そう考え、ドアノブに手を掛けて静かに扉を開いた。





　「ええ、そういう事で……ひとつ、お願いしますよ。って、何だぁ？ああ、失礼。ネズミが入っちまったようで。ええ、品質に問題はありません。ひとつよしなに。では、失礼します。」

　扉を開けた先にいたのは、如何にも悪人面の中年であった。

　「なんだ、てめぇら。どっから入ってきた？」

　どこからと言われても、正面しかない。ちらりと彼の周囲を見遣ると、そこには段ボールの山があった。

　「…………あなたが、これを？」

　海馬コーポレーションのロゴマークの入ったそれを指差して、螢華は訊ねた。

　「それを言う義理はあんたにゃねえよ。とっとと帰んな、ガキ。」

　帰れと言われても、そこではいそうですか、失礼しましたというわけにはいかない。

　「生憎、セキュリティカードを落としてしまって。それにあなたには貸しがあるので、それを返してもらうでは帰れないわ。」
　「貸しだぁ？んなもん、憶えがねぇわ。借用証持って一昨日来るんだな。」

　言葉通り憶えがない、といった体の中年は、ゆっくりと煙草に火を付けると、煙と共にそう吐き出した。


　「とぼけないで……！両親と妹を、返してもらうわ！」
　「何言ってんだ？んなもん、憶えがないっての。」
　「ふざけないで！私の家族は、あなたたちに殺されたのよ！」

　そう叫ぶと、螢華は一枚のカードを取り出して、彼に投げつけた。

　「おっと、あぶねえな……ってこりゃ、うちで出した《スターダスト・ドラゴン》じゃねぇか。」

　飛んできたカードをキャッチした中年は、思わずといった体でそう呟いた直後、しまったという表情に変わった。

　「ちっ……余計なこと喋っちまったか。忘れろ、ガキ。」

　そう言うと彼はデュエルディスクを取りだした。

　「安心しな。すぐに家族の元に送ってやる。」
　（大丈夫よ、螢華。あなたは私が守るわ。）
　「ええ、わかってる。逝くのは私ではないわ。あなたの方よ！地獄に堕ちなさい！」


　「「デュエル！」」



1st. Turn
　TP：螢華

螢華　LP：8000　D：35　H：5　G：0　Ex：15　V：0
？？？　LP：8000　D：35　H：5　G：0　Ex：15　V：0


　「先攻は頂くわね。まずは魔法カード《宵月ノ夜》を発動、手札から「櫻花」モンスター１体を捨て、デッキから２枚ドローする。この時、その中に「櫻花」モンスターが含まれていれば、そのカードのうち１枚を除外することで更に１枚ドローできる！」


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《宵月ノ夜（よいづきのよる）/Moonnight》
通常魔法
（１）：手札の「櫻花」モンスター1体を除外して発動する。デッキから２枚ドローする。その中に「櫻花」モンスターが含まれる場合、一度だけそのカード１枚を除外して１枚ドローする。
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　「手札交換か……面倒な事してくんな。」
　「ドローしたカードのうち１枚は《櫻花の舞姫－シダレ》よ。このカードを除外して、もう１枚ドローするわ。」


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《櫻花の舞姫－シダレ/Dancer of Prunus -Shidare》
ペンデュラム・効果モンスター
星５/風属性/アンデット族/攻２２００/守０
【Ｐスケール：青８／赤８】
（１）：もう片方のＰゾーンに「櫻花の霊樹－ヒガン」が存在しない場合、このカードのＰスケールは１になる。
（２）：このカードがフィールド上に存在する限り、墓地へ送られるモンスターは墓地へは行かず除外される。
（３）：「櫻花」モンスターをＰ召喚する場合、手札のカード１枚を除外する事で除外されたモンスターをＰ召喚扱いで特殊召喚できる。
【モンスター情報】
（１）：このカードはリリースなしで召喚できる。この方法で召喚したこのカードは、スタンバイフェイズ時に除外される。
（２）：１ターンに１度、除外されたカード２枚をデッキに戻して発動できる。デッキから１枚ドローする。
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　「そして《櫻花の霊樹－ヤマ》と《櫻花の舞姫－カスミ》をペンデュラムゾーンにセッティング、ペンデュラム召喚の際にカスミの効果を発動、手札１枚を捨てることで除外された「櫻花」モンスターもペンデュラム召喚できるようにするわ。」


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《櫻花の霊樹－ヤマ/Moonlight Prunus -Jama》
ペンデュラム・効果モンスター
星２/地属性/植物族/攻０/守０
【Ｐスケール：青１／赤１】
（１）：このカードがＰゾーンに存在する限り、自分のドローフェイズをスキップする。
（２）：もう片方のＰゾーンに「櫻花」モンスターが存在する場合、お互いのスタンバイフェイズをスキップする。
【モンスター情報】
（１）：このカードは戦闘によって破壊されない。
（２）：このカードが除外された場合、デッキから「櫻花」モンスター１体を特殊召喚する。

《櫻花の舞姫－カスミ/Dancer of Prunus -Kasumi》
ペンデュラム・効果モンスター
星６/風属性/アンデット族/攻２５００/守０
【Ｐスケール：青８／赤８】
（１）：もう片方のＰゾーンに「櫻花の霊樹－ヤマ」が存在しない場合、このカードのＰスケールは１になる。
（２）：このカードがフィールド上に存在する限り、墓地へ送られるモンスターは墓地へは行かず除外される。
（３）：「櫻花」モンスターをＰ召喚する場合、手札のカード１枚を除外する事で除外されたモンスターをＰ召喚扱いで特殊召喚できる。
【モンスター情報】
（１）：このカードはリリースなしで召喚できる。この方法で召喚したこのカードは、スタンバイフェイズ時に除外される。
（２）：このカードは戦闘によって破壊されない。
（３）：１ターンに１度、デッキの上からカードを１枚除外して発動できる。除外されたモンスター１体を手札に加える。
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　「来なさい、《櫻花の舞姫－シダレ》、《櫻花の舞姫－モチヅキ》、《櫻花の霊樹－ヒガン》！」

　螢華が召喚したのは、一本の桜の木とふたりの舞姫だった。鮮やかな薄桃色の花を咲かせる桜と、散る花びらに合わせて踊る女性である。彼女らの腰には、一振りの刀がある。


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《櫻花の舞姫－モチヅキ/Dancer of Prunus -Mochiduki》
ペンデュラム・効果モンスター
星５/風属性/アンデット族/攻２０００/守０
【Ｐスケール：青８／赤８】
（１）：もう片方のＰゾーンに「櫻花の霊樹－ヒガン」が存在しない場合、このカードのＰスケールは１になる。
（２）：このカードがフィールド上に存在する限り、墓地へ送られるモンスターは墓地へは行かず除外される。
（３）：「櫻花」モンスターをＰ召喚する場合、手札のカード１枚を除外する事で除外されたモンスターをＰ召喚扱いで特殊召喚できる。
【モンスター情報】
（１）：このカードはリリースなしで召喚できる。この方法で召喚したこのカードは、スタンバイフェイズ時に除外される。
（２）：このカードが戦闘を行うダメージステップ時、デッキの上から１枚除外する。そのカードが「櫻花」モンスターだった場合、このカードの攻撃力はそのカードの攻撃力または守備力のうち高い方の数値だけアップする。

《櫻花の霊樹－ヒガン/Moonlight Prunus -Higan》
ペンデュラム・チューナー・効果モンスター
星２/地属性/植物族/攻０/守１４００
【Ｐスケール：青１／赤１】
（１）：このカードがＰゾーンに存在する限り、自分のドローフェイズをスキップする。
（２）：もう片方のＰゾーンに「櫻花」モンスターが存在する場合、お互いのスタンバイフェイズをスキップする。
【モンスター情報】
（１）：自分フィールド上に「櫻花」モンスターが存在する場合、相手フィールド上のモンスターの攻撃力は７００ダウンする。
（２）：このカードが除外された場合に発動できる。自分のデッキから「櫻花」モンスター１体を手札に加える。
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　「同じレベルのモンスターもいるが、チューナーもいる、か……」

　ようやくくわえていた煙草の火を消した中年が、そう呟いた。

　「そうね。でもまずはデッキを回転させないと話にならないから、こうさせてもらうわ。レベル５の《櫻花の舞姫－モチヅキ》に、レベル２の《櫻花の霊樹－ヒガン》をチューニング……」


　輝く白桜、夢幻の光と共に我が前に栄光を顕せ-


　「シンクロ召喚、《櫻花の姫神－ウスズミ》！」


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《櫻花（おうか）の姫神（ひめがみ）－ウスズミ/Goddes of Prunus -Usuzumi》
シンクロ・効果モンスター
星７/風属性/戦士族/攻８００/守２８００
「櫻花」チューナー+チューナー以外の風属性モンスター１体以上
「櫻花の姫神－ウスズミ」の（２）（３）の効果はそれぞれ、１ターンに１度しか使用できない。
（１）：このカードはカードの効果で破壊されない。
（２）：自分Ｐゾーンに「櫻花」モンスターが存在する場合、自分メインフェイズ１開始時に発動できる。デッキから１枚ドローする。
（３）：このカードが破壊された場合に発動する。除外された「櫻花」モンスター１体を特殊召喚する。
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　フィールドに現れたのは、ほのかに桃色に染まった白装束の女性であった。左手に鞘を持ち右手は刀に添える佇まいは、どこか荘厳さを感じる。

　「まだよ！除外された《櫻花の霊樹－ヒガン》の効果発動、デッキから２枚目のモチヅキを加え、自身の効果でリリースなしで召喚。レベル５の《櫻花の舞姫－モチヅキ》と、《櫻花の舞姫－シダレ》をオーバーレイ、２体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築……」


　輝く月夜に誘われ、冥府の底より輝き出でよ-



　「エクシーズ召喚、《櫻花の霊姫－メイゲツ》！」


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《櫻花の霊姫－メイゲツ/Spirit of Prunus -Meigetsu》
エクシーズ・効果モンスター
ランク５/風属性/アンデット族/攻２６００/守２６００
レベル５の「櫻花」モンスター×２
（１）：１ターンに１度、このカードのＸ素材を１つ取り除いて発動する。自分フィールド上の「櫻花」モンスターの攻撃力・守備力は、ターン終了時まで１３００アップする。この効果は相手ターンでも使用できる。
（２）：除外されたこのカードと「櫻花」モンスター１体を選択して発動する。選択したカードをデッキに戻す。
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　「なるほどなぁ……」

　対戦相手の男性が、感心したように呟いた。

　「ペンデュラム召喚を軸としながら、ペンデュラム効果でドローがロックされる。それを補うのがウスズミだが、昨今のデュエルじゃ2800なんでステータスは心許ない。だがその為にメイゲツのフリーチェーン能力で強化。確かに、4100もありゃそう簡単には倒されないわな。」




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《？次回予告？》


？？？　「甘いな！その程度の腕で！」



螢華　「だからって！そんなこと！」



次回、「宵待桜と冥王」
　蒼空に舞え、満開の桜。