80　それぞれの「加速度」　作：Ales

　雪と光竜と夢幻世界『双想の交流会編』

　　　　３章：黒髪乱れし修羅となりて



　「お嬢、久しぶりですね。」

　新千歳から函館まで特急を利用した後、改札を出ると一台の車から朱理に声がかかった。筋骨隆々といった風体の中年が窓から顔を出して朱理を見据えると、言葉を続けた。

　「とは言っても、つい数週間前には帰ってきてましたか。」
　「そうですね。あと、お嬢はやめて下さい……私が家を嫌いなのは、皆さんご存じでしょう。」

　あくまで憮然とした所作の朱理に対し、中年は相変わらず笑顔を見せていた。

　「そうでしたな。ま、乗って下さい。みんな待ってますから。」
　「そうですね……合いたくない顔も多いけれど、仕方ないわ。」
　「ははは、喧嘩しないで下さいよ。」
　「善処はするわ。」

　どういう訳か数年前から電車が止まっているせいもあり、朱理の実家である東静内へは新千歳からだとまず函館、それからバスでとんでもない数の駅を経た後に到着という運びになる。バスというのは決して早くはないし、朱理は二輪車の免許こそ持っているもののバイク本体を持ってはいない。正確には実家に置いている。そういう訳もあって、家業の手伝いをしてくれているこの中年男性がわざわざ車を出してくれたのだ。


　「どうします？見て行かれますか？」

　一瞬意味がわからなかった朱理だが、運転席に座る彼の指差す方向を見て合点がいった。

　「……そんな時間はないでしょう。それに、土曜日は大したことないでしょう。」

　確かに、と呟いた中年は、それ以後何も言うことなく車を走らせた。



　「…………」

　もう何度乗ったかも憶えていない飛行機は、相変わらず慣れない。朱理は車の主が気を利かせて用意してくれたらしいペットボトルのお茶に口を付けると、そのまま目を閉じた。どうせ着いたら教えてくれる。




　（皮肉なものね……今までは帰りたくなかったのに、今回に限って早く帰りたいと思うなんて。）





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　「おー、おっつー。」

　交流戦が終わった後、インタビューを書き起こすという面倒な作業をし終えた舞が自室に戻ると、だらけきった声が聞こえた。

　「お疲れ様です……あなたは相変わらずね。」

　このルームメイトはとにかくだらしない。夏場は特に露出度が高いし、暑い暑いと言いながら抱きついたり押し倒したりする。もっとも、「舞は真面目すぎてつまらない」という理由でそれ以上の目には遭わないのだが。

　「そう言わないでよ。で、取材はどうだったの？」

　冷房を入れ、なおかつ下着姿でありながらしきりに暑いを連呼するルームメイトは、とりあえず馬鹿だ。馬鹿は風邪を引かないというのは嘘で、馬鹿は風邪を引いても気付かないというのが真実らしい。つまりこいつは気付かないうちに何度か風邪を引いているに違いない。

　「さあ、どうでしょう。数日中には特集を出すって部長が息巻いてましたから、それまでのお楽しみです。」
　「ねー舞さー……」
　「何ですか？」

　このルームメイトが馬鹿なのはわかっているが、時々とんでもなくいい勘をすることがあるのが怖いのである。

　「いや、何でもない。青春してるなーって。」

　一瞬真剣な表情だったが、次の瞬間にはすぐに表情を緩めていた。

　「青春……ですか。まあ、部活動もせずに部屋でだらだらしているだけのあなたよりはそうでしょうね。」
　「うっわ、今傷付いた。むっちゃ傷付いた。謝罪と賠償を要求する！」
　「はいはい、そうですか。では法廷で会いましょう。」

　ここで迂闊に謝罪してしまうと、「謝罪の次は賠償だ、お前の身体をよこせ！」などと言って飛びかかってくるのはこれまでの経験上確定的に明らかである。よってここは謝罪はしない方が面倒がないというのが舞の考えであった。

　「はぁ！？なっにそれ！」
　「生憎ですが、事実ですから。少しは動いたらどうですか？」

　動いたら負けだと思っているなどと胸を張って言っているが、そのだらけ具合で下着姿を晒して問題ないほどの体型というのは羨ましい限りである。

　「…………」

　腹が立つので無視してやると、どうやら落ち着いたようである。そしてそれを見計らったかのように、ドアがノックされた。

　「はーい、空いてますよーっと。」

　ベッドに倒れ込んだルームメイトが応答するが、まず鏡を見るべきである。



　そして当然のように、ドアが開いて向こう側の人物がこちらへやってくる。





　案の定、入ってきた人が目を向けたのは件のルームメイトであった。

　「あらら、お楽しみの最中でしたか？」
　「……部長？」

　入ってきたのは遠山利香であったが、彼女も同じ寮にいるのだから何ら不思議はない。

　「あ、遠山先輩、おっ久しぶりです。それが、お楽しみしようとしても、舞ったら誘いに乗ってくれなくて。」
　「あはは、舞はお堅いですからね。籠絡させるにはちょっと難敵かもしれませんね。」
　「よっし！じゃあ今度紅茶に睡眠薬入れて襲ってみるか！」
　「いやー、それは流石に……でも、普段お堅い舞が惚けた顔は見てみたいですね。陥落させた暁には是非、お写真の提供を希望します。」
　「おっ、ここに同志が！よっし、これはいけそうだ！」
　「ええ、心の中では応援しますよ。舞をベッドの上で舞わせよう作戦、略称まいまい！隊員１号、心して任務に当たるように！」
　「アイ、マァム！」
　「あの、何の用ですか……？」

　女三人で姦しいと言うが、その中入れられるのは流石に御免被りたい。


　「おおっと、そうでした。実は、舞さんを少しお借りしたくて。ダメですか？」

　そういえば、利香は大量の紙袋を持っている。ついでに言えばその紙袋はいずれも、食品関連のメーカーのロゴがプリントされている。

　「今の話の流れからだと、嫌な予感しかしないんですけれど。」
　「いえいえ、時間は取らせますし手間も取らせますが、そうですね……有体に言えば、私とデュエルして欲しいのです。」
　「身体の！？」
　「煩いです！」

　一々面倒なツッコミを入れさせられる。まあどうせすることもないので、ノリの合う二人をさっさと引き離す目的も兼ねて自分のデッキを手に取り、扉へと向かった。。





　舞からすれば、はて１日目を終えて、新たに調整することなどあるのだろうか、と思ってしまうのである。

　「いやぁ、お時間取らせて申し訳ありません。あ、よかったらこれ、食べてください。ほんの気持ちですけれど。」
　「はぁ…………」

　断ってもどうせ押しつけられるので、受け取っておく。恐らく、今日の夕食はこれになるだろう。

　「それで、ですね。舞には調整に付き合って欲しいんですよ。新しいデッキの。」
　「新しいデッキ？」

　この期に及んで新しいデッキなどと言っても、

　「ええ、自分なりに考えたのですが、やはり調整は必要と思いまして。」
　「そこで私に目を付けた、と。まあ、構いませんけど。」

　そう言ってデッキを取り出し、机の上に置いた。





　「えっ……！？」

　デュエルが始まり、利香が最初のカードを置いた瞬間、舞は思わず二度見してしまった。



　「どうしました？」
　「い、いえ……続けて構いません。」

　どういう訳か、利香が持ってきたデッキは【RR】ではなかったのだ。





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　「なるほど、若いっていいわねぇ。」

　たこ焼きパーティーというの名の夕食の最中、宮戸家では当然のように一日のデュエルの話題が俎上にあった。

　「いや、琉枝も充分若いでしょ……」

　言動もあって老成しているように感じられる琉枝だが、実際はまだ24である。

　（ふん、小娘どもが……）

　面白くなさそうに呟くのはソピアであるが、そもそも生まれて間もないという意味では彼女の方が若い扱いになる。とはいえ概念上では創星神であるため、最も年を食っていることになるのだが。

　「あ、ソピア……そういえば、あの《ブラック・ローズ・ドラゴン》は結局、偽物だったみたい…………」

　ソピアから得た情報では、《ブラック・ローズ・ドラゴン》は組織の犯行ということらしい。

　「ふむ、人間というものは浅ましいものだな。目先の利益にとらわれて……いやしかし、中々上手くやっているとは思うがな。」
　「あら、そうなの？」

　意外なことに、食いついたのは螢華であった。

　「ああ、そうだ。日本においてデュエルモンスターズのカードを販売している海馬コーポレーション……そのロゴをプリントした段ボール、それに同じ輸送経路で小売りに販売。そこまですればまずカードショップの側は気付かないだろうし、証拠云々にしても社章がある以上一定の信頼がある。拠点もわざわざ日本に置いて、まるで例のゴタゴタに便乗するようではないか。」


　ソピアの言う「例のゴタゴタ」とは、VDCβにおける一連の事件であろう。β版とはいえ最大規模のオンラインゲームを緊急メンテナンスするという事件により一時的に低下した株を、裏で購入している組織があるというのは琉枝がロロナから仕入れた情報だ。

　「株式の購入は全て、タックスヘイヴンのペーパーカンパニーでしたが、いずれも同じ組織に繋がっておりました。恐らく、この偽造カードも彼らの仕業でしょうね。彼らからすれば、海馬コーポレーションの信用失墜は株式購入に有利に働きますから。」

　ご丁寧にロゴ付きとなれば、偽造が発覚してもまず疑われるのは海馬コーポレーションの側である。怪しいという情報が回れば、機を見るに敏な投資家は手を引く。株が多く売り出されれば株価は下がり、結果自分たちが株を買いやすくなるのだ。

　「危ない橋を渡ってまで、たかがいち企業の経営権が欲しい、というのも理解できないけれど、とにかくそういう事らしいわ。そうそう、その連中の拠点だけれど……まあ、りきたりっちゃありきたりかしら。」

　情報の持ち主である琉枝は、どこか楽しそうである。

　「え？自宅……じゃない、拠点まで把握してるの？」

　遊貴が竹串でたこ焼きをころころと転がしながら、視線は向けずに訊ねた。

　「ええ、意外と近いわよ。」



　確かに地球の反対側とか石垣島とか言われるより近いのは確かだし車で行ける距離であった。

　「ほらほら、この話はおしまい。さっさと食事を済ませてお風呂に入って明日に備える、いいわね？」


　そう、本番は明日なのだ。



　明日は一般の観衆を前にデュエルをすることになる。



　「そういえば……お風呂、まだだったわね。」

　隣で不吉な声が聞こえた。気がする。

　「そうね。螢華ちゃん、一緒に入るのは構わないけれど節度は保ってね。」

　更に不吉な声が聞こえた気がする。




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《？次回予告？》



朱理　「私、中学は道外に行くから。」



次回、「EDEN　-追憶：籐篠朱理編-」
　少女が夢見た「楽園」の終端は。