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44 F.A.T.E. part1 作:Ales




『雪と光竜と夢幻世界』第44話
 F.A.T.E. -Another view:K.Kagami





 他方、激闘など全く知らぬ姉弟は当て所なくVDCβを彷徨っていた。いや、当て所なくと言うのは少々語弊がある。正確には、心当たりなど全くないが、とりあえず目的地は設定して歩いているのだ。

 「僕のデッキが変わったのは、確かこの辺り。」

 加賀見海ことSeaMirrorは、傍らの姉に向かって説明をする。

 「うーん……何もないわね。」

 それを受けた加賀見嶺ことMiraが呟いた。

 「まあ、適当にぶらついてたらいきなり光が飛んできたから。だからここじゃなくて発生源の方に何かがあると思うんだけど。」
 「いや、流石にそれは判るよ。でも、それがどこにあるかはわかんない訳じゃん?」

 そして二人して唸る。

 「うーん……」
 「うーん……」


 結論。
 お互いに適当に調査して、何かあったら報告すればいい。どうせ現実には隣にいるのだから、情報の伝達は容易だし効率は単純に倍になる。

 「そうと決まれば、あたしはこっちね。」
 「じゃあ僕はあっちで。姉さん、気を付けて。」
 「気をつけるも何もないけど、あんたも一応、気を付けてね。」

 背中合わせに去りながら、現実では互いの指を軽く叩き合う。それがこの姉弟にとっての、一種のおまじないのようなものだった。





 人間というのは難しいもので、誰が何を考えていて、また何に向かっているかというのは本人にしかわからないものだ。それが元でつまらない揉め事をするし、互いの間に壁ができたりもする。小さいところでは家庭内での喧嘩、大きくなればベルリンの壁だ。自分たちの都合しか考えないし、それ以外見えていない連中がやった事だと考えれば、成程、やはり人間の考えはわからない。
 自身の両親ですらわからないのだから、それよりも関係の浅い人間の考えなどわかりようもない。もっとも、その両親とは恐らく、もう会う事はないだろう。
 辛いとか悲しいとか、そういった感情を持てる親ではない。学校での、数少ない友人のひとりが、「喧嘩別れした祖母が逝って初めて、ちゃんと謝っておきたかったと思った」と言っていたが、多分そんな感情も起こらないだろう。もし万が一偶然何かの間違いで顔を合わせる事があっても、話をするのは御免被りたい。

 「ん……ダメだ……」

 ひとりでいると、どうしても思考がネガティブな方向に持っていかれてしまう。それがSeaMirrorという人間の特性であり、それを紛らわすためにこうやってゲームをプレイしているのだ。
 もう一度、傍らの姉の小指をそっと突く。

 「ん?どうしたの?」

 すぐに反応が返ってくる。

 「何でもないよ。」

 大丈夫。
 たったひとりの、「家族」との絆は、ちゃんとある。
 それが判れば、何も煩う事はない。SeaMirrorは思考を切り替え、さてどこへいったものかと思案した。



 結論、異常なもの同士は結びつければ大抵当たっていたりする。外れている事もあるだろうが、正常なものの中に異常を見付けるよりは、異常なものの中から該当する異常を選別する方が合理的である。程なくして「異常」を発見した。

 「通る事ができる壁の隙間……」

 明らかに仕様外の道はしかし、あっさりと通過できた。姉に声をかけるかどうかでちょっと悩みもしたが、一度突き当たりまで行ってからでいいだろう。発見したというだけで、わざわざ手を煩わせるような真似をしたくはない。
 奥へ進んでいくと、壁が大きく左右に開けて広い場所へ出た。

 「ふぅ……」

 狭いところから抜けた開放感もあって少し息をついた後、彼は左右を見渡す。すると左側の壁に、足をぶらぶらと揺らしながら何事かを呟いている少女を見付けた。何か訊いてみようかと思って思案していると、彼女の方から声がかかった。

 「あー、やっと来た。全く、何でこんなに待ったのかしら。」

 SeaMirrorの頭にいくつもの疑問符が浮かんだ。それを解決するためには、彼女に問うてみるのが手っ取り早い。

 「えっと……質問、いいかな?」
 「それ、嫌って言ったらどうする訳?」

 つっけんどんにそう返された。

 「まあ……何もなかった事にして帰ろうかな、とは思うよ。でも、僕を待っていたのなら、待たれる理由を聞かせて欲しいかな、って。」
 「なるほど、あんた面白いわ。それでこそ待っていた甲斐があるってものよ……いいわ、私にできる事なら何でも答えてあげるわ。さあ訊きなさい?」
 「えっ……」

 元々会話の主導権を握るのが得意ではないSeaMirrorだが、この展開は想定外であった。そもそも彼女が反発した時点で、さてどうすれば情報が得られるかと悩んでいたところにあっさりと引き下がられたのだから、拍子抜けしてしまって質問が吹っ飛んでしまった。

 「ちょっと何よ、まさかそれだけ訊いといて帰るとか言わないわよね……」

 少女は壁から飛び降りると、彼の前に立った。

 「いや、それはないけど……じゃあまずは名前、かな?」
 「リリスよ。」

 即答された。

 「えっと……じゃあ、本当に待っていたのは僕で間違いないの?」
 「ええ、そうよ。」

 こちらも即答。答えられる事は何でも答える、と言ったのに嘘はないらしい。

 「じゃあ……どうしてこんなところで?往来の真ん中とかで待っている方がもっと早く会えたと思うけど。」

 その質問に対して、リリスは少し思案している様子だった。やがて口を開いて言う。

 「そうね……人がいない方が都合がいいからよ。」
 「都合?何の?」
 「お喋りはこの辺でいいかしら?それが本題だから、それ以外に訊きたい事があったら今のうちに訊きなさい?」

 人がいない方が都合がよい。そう言われると何か良からぬ事を想像してしまう。リリスの方を見遣ると、なるほど彼女は随分と目のやり場に困る格好をしている。
 すらりと細長い手足を惜しげもなく晒した服装といい、出るところは出ているのに引き締まった体型といい、かなり魅力的に見える。もっとも、それはSeaMirrorが見た彼女の客観論で、彼自身がそう感じた訳ではない。彼は残念ながら、初対面の人間にはまず警戒してしまうのだ。

 「あーうん、知ってた。あんたが警戒するのはわかってたわ。でも流石にこんだけ主張しといて、警戒心に先行されるってのはちょっとショックだわ。」
 「え?えっと、ごめんなさい……?」
 「謝んなくていいから。で、訊きたい事は?」
 「寒くない?」
 「殴っていい?一発でいいから殴っていい?」

 冗談だろうが、目元が笑っていない。SeaMirrorは再び謝罪の言葉を口にすると、彼女の「本題」とやらを聞く事にした。

 「そうね……まず何から話そうかしら……」

 そう言ってリリスは考えるポーズを取った。暫くして後、彼女は口を開いた。

 「そうね……私が待っていたのはあんたで間違いない。でも、まずはそれを証明しないといけないわ。私の言う事に間違いがないか、ちゃんと答えてね。」

 そう言うと、彼女は語り始めた。その内容はしかし、SeaMirrorにとって決して良いものではなかった。





 加賀見嶺と加賀見海の両親は、俗に言う最低の人間だった。
 父は夜遅くに帰ってきたかと思えば必ず酒が入っていて、幼い双子を文字通り叩き起こして、拳を振るうような大人だった。母は決してそれを止める事はなく、その矛先が自分に向いていない事を安心しているように見える人間だった。
 いつからか、姉の嶺はその暴力をひとりで受けるようになった。弟である海を必死に庇い、敵わないと知りながらひとりで立ち向かい、殴られ続けたのだ。父がソファに倒れ込むようにして眠ると、ぼろぼろになった嶺と共に丸まって眠るのは、いつしか海の日常になっていた。そして同じ布団で、希望を語り合った。



 いつか、あいつらの目の届かないところに行こう。
 そこでふたりで、静かに暮らそう。

 それまで、その準備ができるまで、あたしがあんたを守るから。

 それは姉の言葉。
 体中痣だらけで、見るからに痛々しい少女の、悲しげな決意だった。



 彼ら姉弟の父の非道は当然、すぐに発覚した。「怪我をして自宅療養中」という報告に疑問を持った加賀見嶺の小学校のクラス担任が家庭訪問を拒否された事から、児童相談所へ報告した事がきっかけだった。その時は何とかやり過ごしたようだったが、その夜父は大いに荒れた。いつも以上に激しく振り下ろされる腕を、姉はいつものようにただひたすらに耐えている。





 そう。
 その時、僕は初めて、牙をむいた。





 側頭部に一撃を受けて昏倒した姉を見て、自分の中で何かが弾ける音がしたのだ。それから先はあまり詳しく覚えていない。気付いたら右手の側にあった何かを掴んで、父の顔面目掛けて投げつけていた。後に知ったのだがそれはチューハイの缶だったらしく、側面が裂けた事により内容液が飛び出し、父の視力を一時的に奪った。
 その隙に海は姉を助け起こして、居間を出て廊下で彼女にこう言ったのだ。


 僕は、姉さんがいれば、後は何も要らないよ。


 それが反撃の狼煙だった。と言っても、子供ふたり程度で刃向かおうものならいつものように返り討ちに遭う。だから、他人の手を借りる。母はいつもの通り当てにならない。それどころか、目をやられた父の心配をしているような始末だ。
 でも、父に勝てる人はたくさんいる。
 その人にお願いすれば、きっと大丈夫。



 それから彼らは両親に気付かれないようにそっと、家を出た。昼間灼けるように熱くなるアスファルトはその熱をなくして、裸足で駆けた足から体温を奪っていくように思える。
 しかし、それもすぐに終わった。
 巡回していた警察の人が彼らを発見・保護した事により、両親は逮捕されてあっさりと幕が下りたのだ。彼らは裁判の後に投獄され、やがて離婚して母は実家に帰ったという。父はアルコール依存が抜けず度々入院しているというが、こちらも消息は不明。かくして姉弟は、望んでいた平穏な日常を得る事ができたのだ。





 という終端であれば、どれだけ良かっただろうか。
 ふたりにとっては暴力に怯える必要がなくなっただけで、その後も精神的に安らぐといった状態からはほど遠かったのだ。
 彼らはまず父方の祖父母に預けられたのだが、彼らは元来放蕩者だった父の借金の後始末でとてもではないが子供ふたりを養える状況ではなかった。そしてすぐに親戚に預けられると、その後はたらい回しされた。父の悪行は親戚中の顰蹙を買っていたようで、その子供であるというだけで幼い姉弟に居場所はなかったのだ。
 2ヶ月に1回は住居が変わるような生活の末、彼らは保護施設に入れられた。そこには似たような境遇の子供が大勢いたが、中でもこの姉弟は一際警戒心が強かった。

 加賀見海は、病的なまでに他者との接触を嫌った。
 姉以外の誰かが自分のテリトリーに入ってくるのを察すると、巣に潜り込む栗鼠のように身体を引っ込めた。
 加賀見嶺は逆に、他者に対して攻撃的であった。
 自分たちの居場所を守るために、時には暴力も厭わない。

 職員を困らせて、怒られた日は必ず、一緒の布団で眠った。


 いつか、ふたりで静かに暮らそう。
 誰からも、何も言われない、何も指摘されない、そんな場所で。


 その願いを叶えるために、ふたりは不器用ながらも努力をし始めたのだった。





 「不幸ってのは、どこにでも転がってるわ。あんたらが特別不幸だとは思わないし、まあ普通の人よりは大変だったと思うわ。」

 リリスは語り終えた後の総括としてそう言うと、小さく息を吐いた。

 「そうかもしれないね……」

 SeaMirrorにしてみれば、自分は相当に不幸な人生を歩んできている、という感覚はある。しかし、今はこうやって何とか小さいながらも自由を得ているし、努力次第ではどうにでもなる状況にはいるのだから不幸なりにも幸運ではあるだろう。

 「それで、なんだけど……」

 リリスは少し逸らし気味だった視線をまっすぐSeaMirrorに向けると、改めて息を吸って彼に尋ねた。

 「私は、必要なのかしら?」

 SeaMirrorははじめ、その質問の意味がわからなかった。


 しかし、彼女の手に持っている物を見て、それに気が付いて、そして初めて言葉の意味を察したのだった。





---
《?次回予告?》

×
(・3・)DB乙




SeaMirror 「いつまでも、守られてばかりじゃいられないよ。でも……」



次回「F.A.T.E. part2」
姉弟の絆は、虚空を裂くか。
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光芒
親による子の虐待はリアルでも社会問題となっていますが、この2人も同様にすさまじい過去を過ごしてきたんですね……初登場時とは抱いていたイメージがだいぶ変わりました。初登場時はちょっとした狂気?というんですかね、少しやばい匂いがしていたので……(え

そしてまたしても新キャラが。リリス、という名前からなんとなく外見は想像できてしまいますが、この子もやっぱりカードの○○にあたる存在なんでしょうかね。あまり思い出されたくない過去を喋られるといい気持ちはしませんが…… (2016-04-29 18:43)
Ales(from PC)
光芒さん
児童虐待は、本当に大変な問題だと思います。抵抗する手段のない、しかも家族を傷付けるという行為は私には全く理解できませんが、それでも現実には起こっているんですよね……末法世界とはこの事でしょうか。
リリスというと私はTODの主人公の妹が真っ先に出てきて、脳内でモンスターを焼いているのですがさてさて、どんな想像をされたやら。まあこの子に関しては言動どうこうもですが名前も割と重要でして。そして要らん事まで知っているという事はお察しの通り…… (2016-04-29 20:34)

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