２章幕間③ 戒めの記憶　作：人喰い

(２章幕間③)





《戒めの記憶》




4カ月前、斬波邸ーーーーー





戒「父様………俺は俺の世界を斬り開く。
俺自身の力で。
俺自身の剣で。
それが俺のーーー」





戒「ーーーーー戒めだ」





＊＊＊＊＊





刹那。開闢の剣が振り払われた。

それを白銀の刀身で受ける神竜騎士。

両者一歩も引かぬ攻防を見守るは、白髪の少年『斬波 戒(ざんば かい)』と、その父親『斬波 無双(ざんば むそう)』だ。


戒【LP 300】
(モンスター)
『カオス・ソルジャー-開闢の使者』[ATK 3000]
伏せ:0
手札:0

無双【LP 1000】
(モンスター)
『神竜騎士 フェルグラント』[ATK 2800]
(罠)
『炎舞ー天璇』(永続)
伏せ:0
手札:2


金属音を何度も響かせ合い、衝突の度に火花が散る。
しかしそんな激しい斬り合いも、すぐに終わりを告げようとしていた。


戒「…ハァァァッッ！！！」

気合と共に放たれた、下段からの一閃。
神竜騎士の剣が弾かれる。

無双「……ッッ……！
やはり２００の差は大きい…か…ッッ…！！」

くるくる、くるくると剣は宙を舞い、無双の後方に突き刺さる。

戒「ーーーーッッ」

直後、得物を失った神竜騎士を、開闢の使者は一瞬で斬り伏せた。
それは重く鋭き、覇者の一撃。


無双【LP 1000→800】

ダメージに顔を歪ませながら、無双はその場に膝をつくが、戒は攻撃の手を緩めたりしない。軋む体を無理やり立たせ、叫ぶ。

戒「……開闢の使者の効果発動ッ！！」

開闢の剣の刃元から切っ先までを白と黒のエネルギーが渦巻き、刀身が混沌に包まれる。

戒「開闢の使者が戦闘で相手モンスターを破壊した場合……ッもう一度続けて攻撃できるッッ！！！」

戒が宣言した瞬間、開闢の使者は無双までの距離約３メートルを一歩で縮め、

無双「……ッッ…！！」

この血闘の決着を悟った無双は戒の瞳をしっかりと見つめ、戒も視線を無双に合わせた。
そして混沌に染まりし剣は上段に構えられーーーー




戒「ーーーー〝開闢・双破斬〟」




無双の身体に十字を刻んだ。




無双【LP 800→0】







＊＊＊＊＊




決闘の直後、部屋の壁に背を預け腰掛ける無双を見下ろしながら戒は問う。

戒「ーーーーーなぜ、神竜騎士フェルグラントの効果を使わなかったのですか………父様」

神竜騎士は１ターンに１度、X素材を１つ使う事で表側表示モンスター１体の効果を無効にしこのカード以外の効果を受けなくする、フリーチェーンの妨害効果を持っている。
開闢の使者の攻撃宣言までにその効果を使っていれば延命することができたはずであったのだがーーーーー

無双「……耐えたとしても、今の俺の手札では、俺のデッキに眠るどのカードを引いても、次のお前のターンを凌ぐことは不可能だった。
ならば、お前の全身全霊を込めた一撃を受け止めてやらねばと思ったまでだ。
父として……な」

戒「ーーーーッ……」

無双「……お前の覚悟はしっかりと届いたぞーーーーー戒」

戒「…父……様…」

無双「………では約束通り話すとしようーーーーー俺が精霊を集めていた、その理由を」


無双がそう言ってゆっくりと立ち上がった、その時だった。


ゆらり。と。


影が揺れた。


無双「ーーーーーッッ！！」

何かの気配を感じ取ったように無双は振り返り、その視線は窓の外遥か遠くに向けられるーーーーー

一瞬。
木の陰で何かが光った。

無双「……チィ……ッッ！！」

それと同時に無双は戒を突き飛ばす。
突き飛ばされた戒に受け身を取れるだけの体力の余裕はなく、部屋の奥に倒れ込みながら横に半回転。

戒「ーーーーっ」

冷静に状況を分析する暇も無い。戒が顔を上げた刹那。

べちゃり、と。

頰に降りかかる、鮮血。

戒「……っ……！！！」

この時、戒が視界に捉えることができたのは、３つ。

灰色の絨毯に飛び散ったーーーー父・無双の血液。

窓ガラスを突き破り、無双の胸をも貫き、社長室の壁にめり込む事でようやくその勢いを殺したーーーー銃弾。

そして無双の影から這い出るように現れたーーーー１人の男。

戒「ーーーーーッッ」

その男の放つ人ならざるオーラに圧倒され、思わず息を飲む。

無双「……に……げろ……ッ…！」

掠れた声で無双は戒に逃げるよう促す。がーーーー

戒「………」

戒は無言で立ち上がると、倒れた父を見下ろす男の前に立ち塞がった。


男「ーーーー君、やる気…？」


背は高く黒ローブを羽織った青年は被っていたフードを乱雑に脱ぐと、歪な笑みを浮かべる。

戒「…父上を撃ったのは貴様か…ッ？」

苛立ちを隠しきれない戒の問いに男は、

男「……先に質問したのは僕なんだけどなァ…」

と、呆れながら右手の指先をくるくると宙で回す。
まるで、糸でも巻き取るかのように。

男「…ま、いっか。特別に教えてあげると、君のパパを撃ったのは僕じゃない。
だからその固く握られた拳を解いてくれよ。今にも殴りかかられそうで気が気じゃないんだ」

戯けた口調で言う男に戒は更なる不気味さを感じながら、より警戒を強める。

戒「……撃ったのは貴様の仲間か…ッ！ 一体何のために……ッッ」

男「…君のパパには僕たちの計画の為に動いてもらっていたんだけど、あろうことか計画を部外者に話そうとしたからね……口封じの為にしばらくの間眠ってもらったよ」

戒「………貴様…ッ……！！
貴様は一体何者だッ！！」

男「おっと、君のターンはもう終わりだ」

男はこれ以上問いに答えるつもりはないらしく、「次は僕のターンだ」と小さく呟き、また歪んだ笑顔で喉を鳴らす。

男「………君は僕と戦うつもりなのかい？」

改めて投げられた問いに対し戒は、


戒「ーーーーッ……当たり前だ」


もう二度と、逃げる訳にはいかない。

そう、力強く答えた。


しかし直後ーーーーー


男「……くく…っ…」

男は下を向いて肩を揺らしたかと思うと、高らかに笑い出した。

男「アハハハハハッハハハハハっっ！！
何言っちゃってんの君！？ そんなボロボロな状態で！？ 僕と戦うだって！？
………くくく…っっ…勘弁して欲しいなァ」

戒「……何がおかしい…ッ…」

男「僕はね……弱った得物に興味はないんだよ。そう言う奴に限ってデュエルの後に言い訳がましく僕を見上げるんだ。
ーーーー『万全な状態なら勝っていた』。
…とでも言いたげにねェ！！
アハハハハハッッ！！」

まるで敗北を知らない様な自信に満ちた表情で、自分が勝つという前提で話しながら男は嗤う。

男「……そういうの、もっのすごく腹たつんだよね。
負けたのに言い訳なんて見苦しいだけだ」

戒「……」

男「僕が見たいのはね……、圧倒的な力の前に敗北し、力の差を痛感した時に見せるーーーー悔しさに満ちた醜い敗北者の姿なんだよ」

戒「………狂っている…ッ……」

男「なんとでも言うがいいさ。
今の君を壊しても面白くない。
ーーーー君の精霊も、まだ成長の可能性を秘めているみたいだしね。もう少し泳がせておいた方が面白そうだ」

戒「……っ…！？」

男は戒の左腕に装着された決闘盤をじっくりと観察し、

男「……じゃあね。斬波 戒」

と、脈絡もなく別れの挨拶を告げる。

ジャラン「僕はジャラン。
“終焉の焔”の『ジャラン=カルディーネ』だ」

戒「…好き勝手言うだけ言って逃げるだと…ッ！？
ふざけるな…ッッ！！
戦え……ッ…俺と…戦えッ！！」

怒りを抑えきれず戒は駆け出す。

戒「……ッ！？」

が、身体が動かない。

戒「…貴様……何を…した…っ！」

戒は歯を食いしばりなんとか身動きを取ろうとするが、身体が悲鳴をあげる一方でその場から動かない。

ジャラン「…くく…っアハハハハハッッ！！
よく見なよ。糸だよ糸。さっきの会話の間に君の身体に巻かせてもらったんだ…♪」

ジャランは上機嫌に体を反らせ右手の人差し指を上に向けてくるくると回すと、ジャランの指先に括られた紫色に発光する糸がくるくると宙で踊る。
よく目を凝らさないと見えないくらいのその糸は戒の身体を縦横無尽に縛り付けていた。

戒「…！！！」

ジャラン「……それにしてもパパが撃たれた事がよっぽどショックだったみたいだね。
これほど怒りを露わにして………。
あ、いいこと思いついた…♪」

ジャラン窓側へと向けかけた踵を返し再び戒と向き合い眉を上げると、

ジャラン「……僕たち“終焉の焔”は、『怒り』や『憎しみ』といった負の感情を集めているんだ。そこで一つ提案なんだけど、君さぁーーーーー」

徐々に頰を釣り上げながら、問う。


ジャラン「ーーーー家族の他に、だれか大切な人って、いる？」


その瞬間、戒は初めてジャランに対して『恐怖』という感情を抱いた。
なぜそんな事を聞いたかなど考えなくともわかる。
この男の目を見れば、声を聞けば、一瞬でわかる。

皆殺しにするつもりだ。
身の回りの人物を、一人残らず。

無双を殺さなかった僅かな甘さで思考が鈍っていた。無双にはまだ利用価値があるから生かしているだけで、この男は簡単で人を殺めることのできるほど狂った人間である、と。
今のジャランの一言で戒は悟った。



そして最悪のタイミングで。

戒の右手側に見えるドアが、ゆっくりと開いた。


ドアの奥から一人の女性が顔を出す。

警官服に身を包んだ、茶髪のショートカット。
戒を助け、戒に助けられた、戒にとって少なからず特別で大切な存在であるデュエルポリスの婦警ーーーーー『白河 優香(しらかわ ゆうか)』が。





優香「ーーーーー失礼しまーす…」






優香は姿勢を低く構え、ドアを開け室内に戒の姿を確認すると、


優香「……あっ！！
ごめん戒きゅん…っ！ やっぱり心配で病院抜け出してバイクかっ飛ばしてきちゃったっ！
お父さんには会えた？」

自らの拳を額にぶつけて冗談交じりにそう言う視線の先の戒は顔面蒼白で唇を震わせている。
直後、戒の様子に違和感を感じ室内に視線を巡らす優香の視界にも、血を流し倒れる無双と、黒ローブの男ジャランの姿が映った。

優香「……なに……これ…、どう言う状きょーーーーー」


優香が言い切るより前に、



ジャラン「最高のタイミングだーーーーー」


ジャランはかつてないほどの笑みを浮かべ、左手の人差し指を優香に向けた。

人差し指の先から放たれた鋭く鋭利な一糸は、空を裂き突き進んで行くーーーーー







戒「ーーーーー白河ッッッ！！！！
逃げろッッッッ！！！！！」





優香「えーーーーー」



スッ、、、、と。

空虚な音。



館内に響き渡った戒の叫びも虚しく、
影絲は優香の心臓を貫いた。





戒「ーーーーーーっっ」


次第に瞳孔が窄まっていく優香の口元からは血液がゴボゴボと音を立てて溢れ出している。

その光景を目の当たりにした戒の脳裏をよぎったのは、優香が昨晩、戒に向けて言った言葉ーーーーー



ーーーーー



『…人は死ぬ時は死ぬんだよ。

どれだけ『僕は死なない』、『あの人は死なない』なんて理想を掲げても、
『死』って瞬間は必ず訪れるの。
想っても、
信じても、
愛しても、
死ぬ時は死ぬ。

それ程に人は脆くて弱い。

だからこそーーーーー美しいものなんだよ』




ーーーーー




美しいだと？


なぁ白河。

おい白河。

白河巡査部長。



今の自分を見ても、お前はそんな事が言えるというのか？




白河ーーーーー答えてくれ。





お願いだから。


応えてくれ。






＊＊＊＊＊＊






戒「あああぁあぁああぁああぁああぁあああぁあああぁぁああぁ
ああぁぁぁあああああぁあぁああぁああああぁあああぁぁあああ
ああァァアあああぁあああぁァアアあぁああぁああぁああぁああ
ぁああぁああぁああぁああああぁぁああッッッッっ！！！！！！」



糸に拘束され動けぬ身体を前のめりに絶叫する戒を前に、ジャランは耐えきれず笑みをこぼす。


ジャラン「……あっはははハハハはッッハハハッッ！！！
最高……っっっ…最っっっ高だよ斬波戒っっっ！！
君からものすごい量の負のエネルギーが流れてくる……っっ！！ これでマイン様の力も完全に大きく近づいたーーーーー」


ジャランは叫び続ける戒に取り合うことなくただ淡々と続ける。

ジャラン「………君には感謝してもしきれないよ…っ！ これで大会にも間に合いそうだからね…っ！！」

呟くジャランの言葉など戒には届かない。

ジャラン「そんな君を簡単に壊してしまうにはあまりにも惜しいな……。
そこで、だ」

そう言ってパチン、と左手の指を鳴らすと、胸を貫かれ標本の如く壁に貼り付けられていた優香の身体が無数の影絲に拘束されていくーーーーー



ジャラン「ーーーー君にはご褒美をあげるよ…♪」



戒「……ッ…ッッ！！」

ジャランは左手の人差し指をくるくると回し軽く糸を巻き取ると、その糸を完全に手放した。


ジャラン「ーーー婦警さんは返してあげる。ただし、そのカードの中にだけどね……♪」


手放された糸に繋がれていた優香の姿がまるで蚕のように影絲に覆われてゆくーーーーー


戒「ーーーーーッッ！！！」

強靭な糸によって身動きを封じられた優香は、戒の決闘盤に眠る『騎雷鳥 エターナル・ブレイド』のカードの中へと、縫われるように吸い込まれた。



その様を眺めながら笑い狂う“敵”を前に、戒の胸中には憎悪や憤怒といった負の感情が混沌と渦巻いていた。

神はどこまで絶望を見せれば気がすむというのか。
これが自分の切り開いた未来の結末だというのか。
疑問もあれど、闇に染まった戒の瞳には僅かではあるが、確かに希望の光も存在していた。


戒「ーーーーーっ……」



決闘盤を通して左腕に感じる、心臓の鼓動。
優香と共に牧場総司と戦ったあの時に感じたのと同じ温もりが、左腕から、全身を包み込む。

まだ救うことができる。

諦めない限りーーーー必ず。





戒「終焉の……焔……」




戒「ジャラン……カルディーネ…………ッ……」








貴様は絶対に殺す。





去りゆく“敵”を廃人の様な瞳で見据えながら、
戒は静かに呟いた。