２章幕間⑥ その手は届かない　作：人喰い

(２章幕間⑥)




《その手は届かない》




夜中の０時。桜庭家。


“それ”は突如として姿を現した。



結維「……ッッ！！」

邪な気配を察知した結維はいち早く跳ね起き、急ぎ眼鏡をかけ左肩に義手を装着すると、窓から飛び出した。

千愛「ーーーーリン…♪
……穏やかじゃないお客さんね」

遅れて、和泉の精霊である千愛も家の前に降り立ち、結維と背中合わせに構える。

結維「新聞ならとってないわよ。
……なんて冗談言ってる場合でもなさそうね」


周囲には人型の機兵が４体。ピピピピ、と機械音を立てながら、なにやら結維と千愛をスキャニングしている様子だ。

機兵「…精霊反応……アリ。
我々ハ『決闘機兵-Ver.Mine』ーーーー貴様ラノ精霊ヲ確保スル」

宣言と共に機兵の左腕部が変形し、決闘盤と成った。

結維「……っ…！
ヒュペリオンッッ！！ 戦闘よ…ッ！」

掛け声に合わせ、結維の背後から太陽の化身が姿を現す。

ヒュペリオン「ーーーー御意」


結維「……ここは私とヒュペリオンでなんとかする。
千愛は和泉の元へお願い…！」

結維の頼みに千愛は小さく頷き、２階のベランダまで飛んでゆく。が、直後ーーーーー


千愛「ーーーっっ！？」

上空より勢いよく放たれた、青色の水泡。
それが千愛の左腕に直撃した。

千愛「…くぅ…っっ…！！！」

当たると同時に水泡は全身を包み込み、千愛は身動きが取れなくなってしまう。

千愛「…（呼吸は……できる…っ……）
何よ…これ…っっ！？」


結維「…千愛っっ！！」

結維は声をかけるが、助けに向かう事はできず機兵との決闘が始まってしまう。

結維「……この…っっ…！！」


千愛は「心配しないで」と結維に目配せをしつつ、攻撃が飛んで来た方向をキッと睨んだ。

千愛「………ッ…。今日は随分とセクシーな格好なのねーーーーー」

視線の先には、一人の女性。
千愛を包んでいるものよりも小さな水泡を手足に纏い、宙にふよふよと浮かんでいる。
身体のラインのよく出るボディスーツを着用しており、長く綺麗な黒髪は満月を背景にして、朧の如く風に揺れていた。

彼女は柏木 雫の姉にして、終焉の焔・上層『伍召焔』の儀式召喚担当ーーーーー
《明鏡止水-ﾏｽｶﾚｲﾄﾞｽｺ-ﾌﾟ-》
『柏木 瑞希(かしわぎ みずき)』。


瑞希「……この格好。本当は死ぬほど嫌なんだけどね。
精霊の力を最大限に引き出すために仕方なく着てる……って感じ？」

ま、そんなことはどうでもいいんだけど。と、軽い口調で言いながら和泉の家のベランダまで、すい、すい、と、滑るように移動する。

瑞希「…堕天使さんは泡の中で大人しくしててね」

瑞希は煽るように、閉じ込められた状態の千愛に手を振ると、その脇を通り過ぎてベランダに降り立った。

千愛「…っ！！ 和泉ちゃんには……っ！ 指一本触れさせないわ……っっ！！」

泡中からステッキを突き立て脱出を試みるが、ビクともしない。それどころかーーーー

千愛「……っ…っ！？ 何……これ…っ！
力が吸い取られてーーーーー」

瑞希「…無駄だよ堕天使さん。
その泡は精霊の力を吸収するんだ。動けば動くほど自分の首を絞める事になるよ」

落ち着いた口調で淡々と説明しながら、瑞希はベランダの戸を開け家の中へと足を踏み入れる。

千愛「……く…っっ…の…っ！！
壊れて壊れて壊れて壊れて…っっ！！！」

がむしゃらに攻撃を続ける千愛。だが、状況は悪くなるばかりだ。

瑞希「ーーーー想いだけじゃ届かない領域もあるんだよ……堕天使さん」

哀れむように千愛を流し見ながら瑞希は家の中へと進んで行くーーーー

そして踊り場を挟んだ和泉の部屋の前。
ぺた、と。素足がフローリングと重なる音。


和泉「ーーーーー先……輩……っっ…！？」


物音が気になってか、裸足に寝間着姿のまま和泉は部屋の外に出てきていた。
瑞希を見る薄紅色縁眼鏡の奥の瞳はとても哀しげで、胸元でぎゅっと握った左手は僅かに震えている。

和泉「どうして……ここに…？」

問う和泉の悲壮感に満ちた様子に一瞬表情を曇らせる瑞希だったが、強気に一歩前へと足を進め、その視線は真っ直ぐに和泉の桜色の瞳を見下ろす。


瑞希「ーーーーキミを迎えに来た。
キミの力が必要なんだよ。いずみん」


刹那ーーー伸ばされた右手が、和泉の胸元で握られた手の甲に触れ、千愛を閉じ込めたのとは異なるーーーー赤色の水泡が瑞希の右手ごと和泉を覆った。

和泉「…っ！！？」

瑞希「……その“赤色の水泡”は人の生命力を奪うーーーーといっても、少し眠くなる程度だから死にはしないよ」

和泉は反射的に左手で口を塞ぐが、呼吸ができる事を確認すると、引き抜かれ行く瑞希の右手を咄嗟に掴み叫んだ。

和泉「…先輩っっ！！！」

瑞希「…ッ！！」

瑞希は眉を寄せて口元を震わし、その手を振り払おうと力を込める。

和泉「…っ…！」

しかし和泉は決して手を離さない。このタイミングを逃したら、瑞希と面向かって会話する機会はもう訪れないかもしれない、そんな予感が和泉を駆り立てる。

和泉「………私が必要って…！？ 全然意味がわかりません…！！
ちゃんと………ちゃんと…、話をさせてください！！」

目に涙を浮かべ懇願する和泉の願いも虚しく、

瑞希「……ごめんいずみん。今は時間がないの」

俯き、瑞希は言う。
家の外で結維と戦闘中の４体の決闘機兵はまだ試作品で、あまり長くは保たないだろうとの推測の元、瑞希は早くこの場を撤収しなければならなかった。
和泉はその意図を知るはずもなく、ただ無我夢中に声をかけ続ける。

和泉「…だめ…っ…！！ 今…話さないと…！！
きっと取り返しのつかないことになる…っ…！！
ーーーー瑞希先輩はまだきっと、やり直せます…っっ！！」


だって。


和泉「瑞希先輩の眼は、揺らいでるからーーーー」



涙に震える声。
しかし瑞希の決意もまた、固い。



瑞希「ーーーー勝手な事言わないで」



瞬間、和泉の身体に電撃が走ったような感覚が襲う。

和泉「…っっ！」

和泉を射抜く瑞希の視線はとても鋭く、その時向けられた感情を“殺意”と認識してしまう程だった。
一瞬緩んだ和泉の手を弾き、瑞希は水泡から右手を引き抜く。そして冷淡な口調で言い放った。

瑞希「……あたしはそんな簡単に揺らぐ程…ッ生半可な気持ちで終焉の焔(ここ)にいるんじゃ無いっっ！！」

和泉「ッ…だったらどうしてーーーーー」


ーーーーそんな哀しそうな顔をしているの？


そう言おうとしたところで、

和泉「……っ……！？」

ぐらり、と。
視界が霞んだ。

瑞希「……時間、みたいね」

和泉「……いや……だ…っ……」

まだ、何も聞けていない。

瑞希は何故、故郷を焼き尽くした“終焉の焔”に所属しているのか。

どうして自分が終焉の焔に必要とされているのか。

終焉の焔は最終的に何を成そうとしているのか。

学校で見せたあの笑顔は、嘘偽りのものだったのか。

言いたいこと、聞きたいことは山程あったが、


瑞希「ーーーーおやすみなさい。いずみん」


再び伸ばされた手が瑞希に届く事はなく、和泉の意識はそこで途絶えた。





＊＊＊＊＊





瑞希「ーーーーっ……」


和泉を抱き抱えてベランダに出た瑞希は、青色の水泡の中で気を失っている千愛を哀れんだ様子で目を細める。

瑞希「……いずみんのために最後の最後まで頑張ったんだね…。お疲れ様」

言いながら水泡に触れると、あれほどまでに強固だった水の膜はシャボン玉のように割れ、空中に投げ出された千愛の身体は光を纏い和泉の持つ『CX ダーク・フェアリー・チア・ガール』のカードの中へと帰っていった。

決闘機兵との戦闘中、その様子を地上から見ていた結維は目を見開き、叫ぶ。


結維「ーーーー和泉っ！！！ 千愛ッ！！！」


気を失った和泉を抱いてその場を去ろうとする瑞希を追おうと、結維は足にぎゅっと力を込める。しかしーーーー


機兵「ーーーーー『A・O・J ディサイシブ・アームズ』ノ効果発動ッッ！！」


●手札を１枚墓地へ送る事で、
相手フィールド上の魔法・罠カードを全て破壊する。


機兵「相手フィールドニ光属性モンスターガ存在スル場合、手札ヲ１枚墓地ヘ送リ……ッ…相手フィールドノ魔法・罠カードヲ全テ破壊スル！！！」

結維「……ッ…！ 私の場には、光属性の『マスター・ヒュペリオン』がいる……っ…！」


機兵「ーーーーー発射ァァァァッッ！！！」


３台の巨砲からの、容赦ない砲撃。
その威力は途轍もなく、結維の魔法・罠ゾーンを全壊させた。

決闘機兵- Ver.Mine
手札→墓地
『A・O・J サウザンド・アームズ』

結維
フィールド→破壊
『天空の聖域』
『聖なるバリアーミラーフォース』


結維「……くぅ…っっ！！」

風圧によろめく結維に、立ち込める煙の奥で銃口が光る。

結維「……！！」

ふと視線を空に巡らす。
和泉を抱えた瑞希は上空から結維の方をちらと振り返ったかと思うと、すぐに視線を戻し、遥か上空を見上げた。そして見上げた空の彼方へと飛んでゆくーーーーー

結維には一瞬しか目に入らなかったが、この時すでに、上空には巨大な樹ーーーー『神星樹』が薄っすらと浮かび上がってきていた。
だが結維には今それを気にしている余裕などなくーーーーー刹那、結維は爆風に紛れーーー跳んだ。

家の塀に手をかけ勢いをつけると、地上８メートル、瑞希と和泉の真下へひとっ跳びで跳び上がる。

瑞希「ーーーーっ！」

瑞希は一瞬驚くが、またも悲しげな表情を見せた。


結維「……和泉ーーーーーっ！！」


瑞希に抱きかかえられ、力無く下がった和泉の“左手”に、結維は“右手”を伸ばす。

“強さ”の象徴ーーーー闘うための力であった“右腕”を、大切な人を助ける為に伸ばしたのだーーーーー


しかし瑞希は不穏に、静かに、口を開く。


瑞希「ーーーーその手は決して、届かない」


瑞希の脳内には、過去、終焉の焔に故郷が焼かれた際の記憶が蘇る。

草木が焼かれゆく中、
自らが妹の『雫』に伸ばした手も。
雫が自分に伸ばした手も。

届くことはなかった。


結維「ーーーーッッ！」



そして直後。結維と和泉の手が触れ合うか触れ合わないか、その瀬戸際ーーーー結維の足元で何かが光る。


ヒュペリオン『ーーーー結維ッッ！！！』


光に気付いた時にはもう遅かった。

結維「……！！！」


地上に構えられた３台の砲台を持つモンスター『A・O・J ディサイシブ・アームズ』の攻撃宣言が成されておりーーーーー
結維に向けて放たれた極太の光線。それと結維の間に『マスター・ヒュペリオン』が立ち塞がる。

『A・O・J ディサイシブ・アームズ』[ATK 3300]


機兵「…コノ程度デ済ムト思ウナーーーー速攻魔法『リミッター解除』発動ッッ！！」


《リミッター解除
かいじょ
/Limiter Removal》 †
速攻魔法（制限カード）
(1)：自分フィールドの全ての機械族モンスターの攻撃力は、ターン終了時まで倍になる。
この効果が適用されているモンスターはこのターンのエンドフェイズに破壊される。


『A・O・J ディサイシブ・アームズ』[ATK 3300→6600]


結維「……っっっ！！ 攻撃力ーーーー6600……っっ！！


『A・O・J ディサイシブ・アームズ』
[ATK 6600]
ーーーVSーーー
[ATK 2700]
『マスター・ヒュペリオン』


機兵「……A・O・Jハ光ヲ喰ラウ存在……ッッ！！
朽チ果テロッッ！！！」

更に破壊力を増した光線は、ヒュペリオンを焼き貫くーーーー

ヒュペリオン「…グォォォォォォッッ！！！」

抵抗虚しくヒュペリオンは散り、ヒュペリオンの攻撃力分威力の弱まった光線が結維の脚部に直撃した。


結維「ぁあああああぁああァァああッッっッ！！！！」【LP 4000→100】

痛みを必死で押し殺し、伸ばした右腕、右手、指先、全神経を研ぎ澄ませ、和泉の手を掴もうと、全力を尽くす。

が。

伸ばした手は和泉の指先をかすめ、２人の距離は徐々に離れてゆく。

結維「……嫌……っだ…ッ…！ 和泉……ッッ！！」

そしてそのまま、ゆっくりとーーーーー


結維「……っ…！」



結維（………ダメ……っ…絶対………私…が…、護るのーーーーー）





重力に逆らえず、結維の身体は地に落ちた。

最後まで、手を伸ばしたまま。