DRAW:２７ 戒めの斬波⑥心に剣　作：人喰い

秘書「ふあぁ〜あ」

戒がこの豪雨の中走り去って行った数秒後。
唐突に秘書は大きな欠伸をした。

優香「………っ…？」

秘書「うわ、雨が大量に口の中に入っちゃったよ。ぺっぺっ…！」

優香「……！ ………見事な演技でしたね。秘書さん」

秘書「……ウフフ…。そうかい。婦警さん」

優香「何が目的で、あんなことを…？」

秘書「そんなこと婦警さんには関係ない話だよーーーそれより婦警さん」」

優香「？」

秘書「私は連日勤務の所為で、何だか眠くなってしまったようだ。ちょっとだけ、居眠りをしてしまうなんて事があるかもしれない」

優香「？？」

秘書「…早く行けっつってんだよ。婦警さん」

優香「…！ 貴女…！」

秘書「ぐーぐーぐー」

優香「………」



ありがとう秘書さん、今度メアド教えてね。



優香は最後にそう言って、戒が走って行った方向へ、ゆっくりと、歩いて行った。






秘書（……また会うことになりそうだね、婦警さん…それに、戒サマ…）










遊戯王 Ph.X DRAW:２７
《戒めの斬波》⑥心に剣










ーーーここはーーー？




戒「ーーーッ！！」


俺が目を覚ますと、俺は見知らぬ男の背中におぶさっていた。
男は俺をおぶったまま、森林の中を歩いてゆく。
雨はもう上がっているようだった。



戒「ーーー貴方は…？」

俺はゆっくりと口を開き、尋ねる。

男「ーーー目を覚ましたか。少年」

男は渋めの声で言った。
男の顔は良く見えないが、無精髭を生やしているのがわかる。声の調子からして、年齢は３０代後半と言ったところだろうか。


男「俺は、かつて『パンドラの箱』と呼ばれていた過去もあったが……今は名も無き次元の旅人だ」

パンドラの箱…？ 次元の旅人…？

男「何があったのか詳しい話はあえて聞かないが、お前はこのまま逃げてしまっていいのか？」

戒「…逃げ…る？ 俺が…？」

男「臆病に生きていては……きっと大切なものをうしなってしまうぞ」

ふと、白河の言葉が蘇る。




ーーー私は戦うって決めたから。臆病に生きていたら、きっと、大切なものをうしなってしまう。そんな生き方は死んでもしたくない。




戒「………！」


そうだ…！ 白河！ 俺は白河を置いて逃げたんだ！
その結果、失うのか？
自分の命と引き換えに、大切な人の命を失うのか？




これが俺のーーー限界？




いや、違う！





戒「……降ろしてくれ」

男「……！」


戒「俺は……自分にも、この世界にも、 目を背けたくない…！ 臆病になんて生きたくない…！！」

俺の頬を、大粒の涙がつたう。

男「……フフ…ッ。そうか……まだ遅くはないぞ。後はお前のドロー次第。お前の中に眠る無数の可能性の内の『剣』を引けるかどうかだ」


戒「引いて魅せるさ」


俺はしゃがんだ男の背中から降りると、そう言い切った。
酷く震えた声で。
男の瞳を、しっかりと見据えて。


男「……面白い。気に入った。これを受け取れ」


そう言って男が俺に差し出したものは、１組のデッキだった。


男「お前にならきっと、そのデッキは答えてくれるハズだ」


戒「…色々と、感謝します」


俺はデッキを受け取り、硬く握り締めた。


戒「……だが、なぜ、ここまでしてくれるのですか？」


男「…なんてことはないーーー」



最後になんとなく問いかけた俺の質問に、男は「ただの気まぐれだ」と、そう答えた。








＊





優香「戒きゅん！」



俺の進行方向から白河が俺の名を呼びながらよろよろと歩いてくるのが見えた。



戒「白河っ！！」


優香「…はぁ…はぁ……戒きゅん…大丈夫？」

良かった。やっぱりあの秘書は俺たちに直接危害を加えるつもりはないらしい。
だが、白河は酷く衰弱していた。顔色がより一層悪くなってきている。


戒「…俺はもう大丈夫だ。それより白河、お前の方が大丈夫じゃなさそうだ。早く病院に……」

白河「……えぇ、その方が良さそうね…」


戒「……あの屋敷の調査はやめた方がいい」

白河「…残念だけど、仕方ないわね…」


戒「………」


優香「…戒きゅんは戻るの？ あの屋敷に帰るの？」


戒「…勘違いするな。もうあの屋敷は俺の家では無い。ただーーーあの場所には、すぐにでも決着を付けなくてはならない」


優香「…さっきとは、随分違っていい顔してる」


戒「……俺には、失う辛さというものはわからないが、俺の目の前で大切なものを失う者を、幾度もこの瞳で見てきた」

蘇るヴィジョンは、焔に包まれる少女の腕と、それを見て呆然としゃがみつくす少年の姿。
その事件を思い出し、俺は不思議と胸が苦しくなった。

優香「……急に、どうしたの？」


戒「俺はその者達のように、何かを失いたくない。失ってからではきっと遅いんだ」


優香「……戒…きゅん…」


戒「……さぁ、おしゃべりは終わりだ。行くぞ白河巡査部長。記憶の戻った俺が、約束通り迷子のお前を助けてやる」







その後俺たちは最短ルートでふもとの街の総合病院に向かった。





＊




白河「…入院なんて大袈裟ねぇ。こんなの唾つけときゃ治るのに」

白河はしばらく病院に入院する事になった。
右腕に加え、肋骨も4本折れていたらしい。まあ、入院は妥当だろう。

戒「それほどの怪我が唾をつけたくらいで治るのなら、この世にドクターは必要無いな」

優香「あははは」


日付は４／２２(木)
時刻はAM１０：２１

俺が火群と決闘したのが昨日の事だとはとても思えないな。

優香「…ねぇ戒きゅん」

戒「…？ なんだ？」

優香「戒きゅんはさっき森林でさ、『もうあの屋敷は俺の家ではない』って言ってたけど、行くあてはあるの？」

戒「勢いでああ言いはしたが、実際のところ行くあてはないな。暫くは放浪するつもりでいる」

優香「そっか……だったらさ、私の家に来ない？」

戒「……っ何…！？」

白河と2人きりで１つ屋根のした……だと？

優香「あはは。赤くなったー♪」

白河は楽しそうに笑う。
俺は白河のそんな表情を見て、自然と顔がほころんだ。

俺たちはその後も、何気無い馬鹿馬鹿しい会話で笑い合った。
白河は笑うことすら、辛そうだったけれど。
それでも俺たちは、この一瞬を噛みしめるように、踏みしめながら笑い合った。








＊



同日。
時刻はAM１１：５９

俺は今、あの屋敷ーーー斬波邸の門前に立っている。
白河が病院で喋り疲れて眠りについたところで、俺はこの場所に向かったのだ。

今度こそ、決着を付けるために。


俺は正午を告げる鐘の音が鳴り響くと同時に、かつて俺の帰るべき場所だった家の、門を開けた。

『ただいま』なんて言わない。


戒「お邪魔します」


ただそう言って、俺は最初の一歩を踏み出す。

警備が甘すぎるのだけが気がかりだったが、俺はひとまず噴水のある広場を抜け、屋敷の玄関に辿り着く。

戒「………」

そして当たり前のように、そこがまるで自分の家であるかのように、扉を開ける。


目の前に広がる何故か懐かしき広間の景色の中央には、１人の女性が立ち尽くしていた。

誰よりも秘書的で、秘書であるべき、１人の女性が。




秘書「お待ちしておりました。戒様。貴方なら、きっと戻ってくると思っていましたよ」


戒「………っ…」

秘書の声を聞いた途端、俺の身体の震えが止まらなくなった。
怖い。
昨日の、あの記憶が再び蘇るーーー



〜回想〜



◉TURN:０１◉


秘書【LP 4000】

戒【LP 4000】



秘書「ーーー『メンタルマスター』の効果発動。本来なら私は８００ポイントのライフを失うが、フィールド魔法『脳開発研究所』の効果により、ライフコストを支払わない代わりに、脳開発研究所の上にカウンターを一つ置く」

『脳開発研究所』【カウンター:６】

秘書「メンタルマスターの効果により、私の場の『ガスタの静寂 カーム』をリリースし、もう一体のカームを攻撃表示で特殊召喚」

『ガスタの静寂 カーム』
効果モンスター
星４/風属性/サイキック族/攻1700/守1100
１ターンに１度、自分の墓地の
「ガスタ」と名のついたモンスター２体をデッキに戻して発動できる。
デッキからカードを１枚ドローする。


秘書「更にもう一度メンタルマスターの効果を発動。カームをリリースしてカームを特殊召喚！」

『脳開発研究所』【カウンター:７】

秘書「そしてガスタの静寂 カームのモンスター効果を発動。私の墓地のカーム２体をデッキに戻して１枚ドロー！」

秘書【手札:６枚】


無双「フン……実にエグい。未来の禁止カードを使用するとはな」

未来の禁止カードだと…？
それになんだあのデッキの回り様は…！？ ループしている？

これは本当に……デュエルなのか…？


秘書「そしてメンタルマスターの効果！ カームをリリースしてカームを特殊召喚、これを繰り返し、カームの効果で墓地のカーム２体をデッキに戻し１枚ドロー！」

秘書【手札:７】

戒「……くそ…っ」



このループがどれだけ続いただろうか。
気づけば秘書のターンが始まってから２０分近く経過していた。


秘書【手札:２７枚】


戒「……っ…あれが、手札だと……？」


秘書「…そろそろ終わりにしましょうか」

戒「先攻１ターン目は攻撃できない……バーンダメージで倒すつもりか…！？」

無双「……来るか」

秘書「…『簡易融合』を発動！ ライフを１０００払い、私のEXデッキから、『音楽家の帝王』を特殊召喚」

秘書「くぅ…っ」【LP 4000→3000】


戒「簡易融合だと…！？ 一体何をするつもりだ！？」


秘書「ーーー新たなる境地、新たなる召喚。魅せて差し上げます」


戒「なに…？」




秘書「ーーー☆５、魔法使い族モンスター『音楽家の帝王』に、☆１、チューナーモンスター『メンタルマスター』をチューニング！ ーーーシンクロ召喚！！ 来なさい、『マジック・テンペスター』！！」




戒「な……なんだあのカードは…！？ 枠の白い、モンスターカード…！」


あれが、シンクロ召喚………！
新たなる召喚方法なのか……！？


『マジック・テンペスター』[攻 2200]


秘書「マジック・テンペスターはシンクロ召喚に成功した時、自身に魔力カウンターを１つ置く。そして手札を任意の枚数墓地に送る事で、墓地に送ったカード１枚につき１つ、フィールド上の魔力カウンターを置く事のできるカードに置く。私は手札を全て墓地に送り、２６個の魔力カウンターを全てマジック・テンペスターに置く！」

『マジック・テンペスター』【カウンター:２７】

何をするつもりだ。
やめろ。やめてくれ。

秘書「…そしてマジック・テンペスターのモンスター効果！」

怖い。怖くてたまらない。
身体の震えが止まらない。

秘書「 自分フィールド上の魔力カウンターを全て取り除き、取り除いた数×５００ポイントのダメージを、相手に与える！！」

こんなもの、デュエルではない。

秘書「２７個の魔力カウンターを取り除き、１３５００ポイントのダメージを受けてもらいます……〝ビッグバン・マジック〟！！」

ーーー何も、できなかった。

無双「フン……！ 先攻ワンキルとは、いい見せ物であったぞ」



戒「…ぐぁあああぁああぁぁあああッッッ！！……ァアァ…ぁあァ……ッ」【LP 4000→-9500】ピーッ！ ボンッ！


Winner☆秘書☆


あまりの衝撃にデュエルディスクが耐えきれず小爆発を起こし崩れ落ちる。

無双「…さらばだ。息子だった者よ。そしてその地獄から、這い上がって来い。斬波ではない、ただ１人のお前としてな」


秘書「魔法発動。『記憶抹消』ーーー」




バリィィィンッ！！






〜〜〜



戒「………っ」


秘書「決闘者同士が再開した……やることは１つ」

秘書はそう言い、デュエルディスクを構える。

やるしか……無いのか…！

今でも怖くて仕方が無い。
逃げたい。できることなら。

戒「………」

でも。

逃げる訳にはいかない。もう二度と。


俺は引き抜く！ 戦うための勇気を！ 力を！ 剣を！

ーーーそして、カードを！



俺はデュエルディスクを構える。
全ての思いを左手に乗せ、全ての想いを右手の指先に集中し、５枚のカードを引いた。秘書も同様に５枚のカードを引く。

この初手５枚に全てがかかっていると言っても、過言ではない。
俺は引いたカードを確認する。
全てのカードが見たこともないカードだったが、不思議と触れているだけでテキストと使い方が頭の中に流れ込んでくる。

戒・秘書「デュエルスタンバイ！」

戒【LP 4000】手札:５枚

秘書【LP 4000】手札:５枚



戒＆秘書「「決闘！」」



戒「先攻後攻はコイントスで決める…！ 表が俺、裏がお前の先攻だ！ トスはお前に任せよう」

秘書「…いいでしょう」


戒＆秘書（先攻さえ取れれば……！）


秘書「…運命のコイントス！」



チャリーーン！








コイン【表】








ーーー後はお前のドロー次第。お前の中に眠る無数の可能性の内の『剣』を引けるかどうかだ。


ーーー引いて魅せるさ。


俺の心に宿りし無限の可能性ーーー無限の『剣』！！




秘書「ーーーっ！」





戒「ーーー俺の先攻！ セ イ バ ー ド ロ ォ ォーーーッ ッ ッ ！ ！ ！」




俺の指先に雷が迸り、カードが雷を帯びた剣となる。



戒「この剣を以てして、今こそ俺は俺を超えた俺と成る！！」




ーーー-ーーー-ーーー-ーーー-ーーーTo Be Continued…




《次回予告》


「過去を、終わらせよう。俺はもう、昨日までの俺じゃあ無いんだ」



次回、遊戯王 Ph.X
DRAW:２８戒めの斬波⑦禁じられた聖剣



ジレンマに叫ぶ声は、不可能を壊してゆくーーー




【１０／６(日)更新予定！】