２章幕間② 前へ　作：人喰い

(２章幕間②)



《前へ》





火群がアトリエ・イチセへと向かう数時間前ーーーーー



雫「ーーーーー…あ…、もしもし……」

孤児院の院長である佳乃から受話器を受け取ると、雫は小さく口を開く。

心なしかオドオドした雰囲気の雫の声に約２秒遅れて、電話の向こうから少年の声。

火群『……柏木さん…？』

雫「…はわわ…っ…火群さん…！
……わたしです…、雫です。
電話……代わりました」

食堂に戻る佳乃に軽く頭を下げながら、
火群の声を聞き急にテンパる雫。

火群『…あ、えっと…、うん。
…市瀬、です』

火群も訳がわからずどもりながら何故かもう一度名乗り、

火群『………』

雫「………」

二人とも異性との会話に慣れてない所為か、しばし無言が続く。数日前の告白が二人の中では未だ引っかかっており、多少の気まずさも拭えぬままだった。
しかし沈黙に耐えられず、先に口を開いたのは雫。

雫「……あの…、火群さん……ここの電話番号…知ってたんですか……？」

火群『………え、あ、…うん。明石さんに、WDCS参加選手の名簿を調べてもらってーーー』

雫「なるほどーーーーって、紛うことなき不正ですよね……それ…」

耳元で小さく『ごめんなさい…』と聞こえたところで、火群が自分を心配してなんとか連絡を取ろうとしてくれた事を嬉しく思い、

雫「…まぁ、それはいいんですけど」

と、頰を赤らめながら続ける。

雫「わたしの身体のことなら心配しないでください。
この通りピンピンしてます…っ！
って…電話越しじゃ伝わりませんよね……」

火群『ははは、声で元気そうなのは十分伝わったよ。
あと……それとーーーー』

急に声色を変えた火群に少し驚きながら、

雫「ど、どうしました？ 火群さん」

問うと、火群は重い口を開いた。


火群『……柏木さんのお姉さんの事、なんだけど』


雫「ーーーーっ」


７年前、故郷の村が終焉の焔に襲撃された際に亡くなったと思っていた雫の姉ーーーー『柏木 瑞希(かしわぎ みずき)』。
彼女は今も生きていて、それ自体は雫にとっても喜ばしい事だったのだがーーーー

雫「……おねぇちゃん…っ……。
なんでーーーー終焉の焔なんかに……」

瑞希は終焉の焔の一員として、雫たちに牙を剥いた。自分たちの故郷を襲った連中に、自らの意思で加担していたのだ。
その事実は雫の心に深い傷跡を残し、胸中には大きな迷いが渦巻いていた。

戦うことに対する、迷い。

雫「やっぱりおねぇちゃん…わたしのこと嫌いになっちゃったのかな……っ…」

火群『……』

雫「…火群さん…わたしーーーー」

戦うのが怖い。
そう言いかけたところで、火群はその言葉を遮るように、

火群『…絶対に取り戻そう。お姉さんを』

雫「……っ…ぇ……？」

火群『瑞希先輩は、柏木さんを嫌いになった訳じゃ無いと思うぜ？
瑞希先輩と決闘した柏木さんが、今こうやって無事でいられてるのが何よりの証拠だ』

終焉の焔との決闘を経て、敗北した雫の身体にほとんどダメージが残っていないというのは、瑞希自身も雫と戦うことに迷い、
無意識のうちにか意識的にかはわからないが、手を抜いてしまっていたのではないかと火群は考えていた。

雫「……っ！」

火群『………今はきっと何か理由があって終焉の焔にいるに違いない。
…だから、その理由を知るためにも……行くべきじゃないかな。
ーーーーもう一度お姉さんに会いに』

雫「ーーーー！」

姉に対する疑念。戦いに対する混迷。
雫の中で絡まっていたしがらみは次第に、少しずつではあるが解けていきーーーー

雫「…そう……ですね……っ…！
わたしが信じてあげないで………誰がおねぇちゃんを信じるんですか…っ…！」

涙となって、 前髪の奥でキラリと光った。

雫「……あ…、ぅぅ…っ…ごめんなさい…っ、涙…っ、その…、泣くつもりなんてなかったんですが……っ」

火群『…えっ…、あ…っ、俺の方こそ、ごめん…！ 泣かせるつもりじゃあーーーー』

互いにあたふたしながら謝りあって、なんだかおかしくなったのか同時に笑い出してしまう。

雫「……ふふっ、火群さんまで謝らないでくださいよ」

火群『くく…っ、そっちだって謝るようなことじゃ無いだろ…っ？』

少し呼吸を整え、再び雫から、


雫「……火群さんは優しいですね」


不意打ちのような一言。火群はその言葉の意図が分からず一瞬言葉を詰まらせたが、

火群『………っ…。前にも言ってくれたけど……優しくなんかないよ。
優しくなんか……絶対』

煮え切らぬ否定。
「優しい」と言われることに対し火群の中にも様々な思いがあり、その一言を捻り出すのがやっとだった。

雫「…ふふ…っ。否定することじゃありませんよ。わたしが火群さんのこと『優しい』って勝手に思っているだけなんですから」

すっかり落ち着きを取り戻してきた雫の正直な言葉に火群は若干気圧される。しかし照れ臭そうにわざとらしく咳払いを挟むと、

火群『……あり、がとう』

小さくお礼を言った。


雫「……それに比べてわたしは全然で……、火群さんやみんなにいつも助けられてばかりですし…。
本当に…弱っちぃですね…。情けないくらいに、よわよわです」

火群『……でもさ、決闘機兵工場防衛戦では、柏木さんが応急処置を施してくれたおかげで助かった命がたくさんある。立派なことじゃないか』

雫「…！」

火群『…それに、ちょっと話は飛ぶんだけどーーーー』

と、少し悲しげなトーンで火群は続ける。

火群『……実は俺にも、姉がいるんだ』

雫「ーーーーっ…！」

火群『…いや、正確には……“いた”…だな。
６年前に死んだーーーー双子の姉だ』

雫「…っ……！
そう…だったんですね……」

火群『その時の事はショックであまり思い出せないけど、姉さんがくれた優しさは胸の中にずっと残ってる。
……柏木さんもそうだろ？』

雫「……はい…っ…！」

幸せに満ちた返事。
コクリと小さく頭が振られ、前髪が大きく揺れる。

火群『……そしてきっと、その“心の強さ”はみんなにも伝わってるよ』


雫「……えへへ…っ…ありがとうございます…っ。
火群さん…っ！」

嘆いていても、
悩んでいても、
迷っていても、
仕方がない。

前へ、前へ。

前へ。


火群『…時間取らせちゃってごめん、それじゃあまたーーーーー明日』

雫「ーーーーーはい…っ！」


最後にそう約束を交わし、雫は受話器を置いた。




「シズクおねーちゃーん！！ ご飯冷めちゃうよーっ！」

電話の余韻に浸っているところに子供達の呼びかけが響く。

雫「…あっ…！ ごめん今行くね…っ！」

急いで食堂に戻ると、再びみんなが雫を出迎える。
中でも雫を除いたこの孤児院で最年長、三つ編み少女のコムギは、口元に手を当てニヤニヤしながら、

コムギ「電話の相手……都会で作った彼氏？」

雫「ちっ…違うからっっ！」

否定するも火が出そうなくらい顔を真っ赤にする雫。

「おねーちゃん真っ赤っか〜っ！」

「ヤカンみたーい！」

「シズクおねぇちゃんケッコンするのー？」

次々と騒ぎ立てる子供達に「からかわないで」と頬を膨らませつつ、雫は再び席に着く。

雫「…もう……っ。本当に違うのに…っ」

コムギ「あはははっ。シズ姉かわいいな〜。
…けどあんまりからかうのも可哀想だから、この話はおしまいにするね」

雫「むむ…なんか負けた気分……」


コムギ「それじゃあさ」

と、コムギは言葉を挟み、

コムギ「ずっと遠いところにいるっていうーーーーーシズ姉の『お姉ちゃん』のおはなし、また聞かせてくれない？」

丸い瞳を輝かせながら雫に向けた。

雫「！」


「あたしも聞きたーい！」

「おねーちゃんのおねーちゃん、すっっごいんでしょー！？」

「どんな時でもシズクねーちゃんを助けてくれて！」

「大人相手でも逃げないで立ち向かう！」

「めちゃくちゃカッコいい、シズクお姉ちゃんにとってのヒーローなんだよね！！」



雫「ーーーーーっ」



子供達の輝かしい眼差しを受けて雫は静かに頷く。


雫「うんーーーーー」



そして目を瞑ると思い出す、姉ーーー瑞希と故郷で過ごした数々の日々。

それらを胸の内でそっと抱きしめてーーーーー


雫「じゃあ、話すねーーーー」


最高の、お姉ちゃんの話を。

最高の、ヒーローの話を。







＊＊＊＊＊






また会いにいくからね。

今度はちゃんと、話をしよう。

何があったのか、詳しく聞かせてくれる？

わたしにできる事はないか、教えてくれる？

そしてこれからどうすればいいか、一緒に考えよう。

それでそれで……そのあとは……。

会ってから、考えよう。

会いたい。会いたいよ。


瑞希お姉ちゃん。