DRAW:１９７ 炎花-ホノカ-　作：人喰い

(197)





〜アトリエ・イチセ〜




火群「ーーーーー６年前に死んだ俺のお姉ちゃん……『市瀬 炎花(イチセ ホノカ)』の事を、聞かせてくれ。
……父さん」



様々なモンスターや魔法・罠を描いた絵画に囲まれたこの空間。親子はしばしの沈黙の後、


久義「ーーーーーやはり来てしまったか……この時が…。
地下に行く、付いて来てくれ。
火群、ガルドニクス」

ニクス『…！』

久義が口を開き、意味深な言い方に若干の不信感を覚えながらも火群はただそれに無言で応じる。

久義が『財宝への隠し通路』のカードイラストであろう油絵で描かれた絵画の裏のスイッチを押すと、目の前の壁が開き隠し通路が現れた。

火群「……っ！！」

今にも崩れ落ちてしまいそうな木製の階段を降りていく、久義と火群。
１０数段の階段を降り辿り着いたのは、中央に寝台を置いた病室の様な一室だった。
そしてその部屋に足を踏み入れた途端、


ニクス『ーーーーーッ…！
ゥグ……ッ…ァ…！』


火群の背後に精霊体で浮かんでいたニクスが、胸を押さえ呻き声を上げる。

火群「…ニクス……！？
……ゥゥァァアァッ！！」

振り返ろうとした火群も、部屋の中央に位置する寝台を見た事で激しい頭痛に襲われ、その場にうずくまった。

火群「……ァァ…ァァアアァァ…ッッ…！
なんだよ…これ……！！？
なんなんだよ…！！！ ここは…ッ！！！」

頭痛と共に押し寄せる意味のわからない不安感でおかしくなってしまいそうだったが、そんな中、父の声だけは鮮明に聞き取ることができた。
次第に痛みも薄れていくーーーーー


久義「ーーーーー６年前、火群……お前の双子の姉である炎花は、この世を去った」

火群「……ッ…！」

久義「………“精霊憑依体質”…。
火群も聞いたことはあるだろう。精霊を身に宿しやすい体質の事だ」

火群「……ああ…。その体質の所為で、毎年多くの人が命を落としているって……」

久義「…その通りだ。精霊憑依体質の人間は良い精霊だけでなく、多くの悪い精霊も意図せず体内に取り込んでしまうーーーーー炎花はその体質をもって産まれてきた」

火群「……」

久義「そして他に例のない強い憑依体質だった炎花はーーーー“悪意”を取り込みすぎた事により、幼い身体が負荷に耐えられず命を落とした」


火群「ーーーーっ…！！」


久義「…精霊憑依体質は当時珍しく、１万人に１人がこの体質をもって産まれてくると言われていた。
…更に、炎花のように幼い段階で死に至るほどの精霊を取り込んだ例も…その頃はまだ無かったんだ」

火群「……でもなんで……父さんはそんな大事なことをーーーーー」

ーーーなぜ、今まで黙っていたんだ。
疑問が思わず、口から出る。

久義「…目の前で姉が死んだショックにより、火群……お前の精神は一度、崩壊した」

火群「！」

火群は記憶を必死に辿る。
自分の目の前で、死んだ？
精神が一度、崩壊した？

やがて１つの光景がぼんやりと火群の脳裏をかき乱した。


一面、赤。


赤、真っ赤。


燃えるような赤。


周りの草木までもが赤く染まり、ゆらゆらと不気味に揺れている。
空も焼けるように真っ赤に染まり、火群を見下ろす。


そしてその先で血溜まりの上に横たわるーーーーー黒髪ポニーテールの少女……『ホノカ』。


火群（……あの時反帝アリーナで見たーーーー夢……っ…！！）


続いて、火群にとってはまだ新しい記憶である、病院での夢ーーーー。



「ーーーーーずっと一緒に居たのに、私のこと忘れちゃったの…？」

「…そっか……、まだ知らされていなかったのね…」

「…けどね、確かに私はずっとあなたの中にいて、あなたもまた、私の中にずっといたーーー」

「ーーーーー大丈夫。いずれ全てを知る時が来るわ」



火群「……ッ……！」

夢に出てきたあの少女が姉である炎花だと言うなら、「私はずっとあなたの中にいて、あなたもまた、私の中にずっといた」というあの言葉は一体どういう意味なのだろう。これがはっきりとしない。
しかし深く考える間も無く、久義は続ける。


久義「…その時の出来事を、そして姉の顔すらも忘れてしまった火群は、それから長い間塞ぎ込んでしまった……辛い思いをさせたな…」

火群「……っ…」

その期間の事は火群もよく覚えている。なんで塞ぎ込むようになってしまったのかは今まで分からなかったが、父の話を聞いてようやくはっきりした。
“大切なもの”ができても、すぐに失ってしまう。
姉の死により、そんな感覚が全身に染み付いてしまっていたのだ。


久義「辛い事を思い出させない為にも……お前に真実を伝えるのはまだ早いと思っていた……。だが火群自らが真実を知るためにここに来たというのなら、話さねばならない」

久義は右手で眼鏡の位置を直すと、眉をひそめる。

久義「…炎花が死んだ直後の事だ。
……諦めの悪い父さんは、炎花をまだ助けられるのではないかと、あらゆる方法を模索した」

火群「助ける……？ 死んだ人間を…っ…！？」

そんな事、不可能に決まっている。
そう言いたかった火群だが、出かかった言葉をすんでのところで喉の奥に無理矢理押し込む。
１つの事象が、火群の頭をよぎったからだ。


久義「……そして見つけたんだ。見つけて…しまったんだ」

火群「……っ……！」



久義「ーーーー人をカードの中に封じ込めるという、禁断の技術を」


火群「…人を、カードに……っ」


久義「……実験は成功した。炎花の魂を、炎花の壊れかけの肉体を、１枚のカード……その精霊と融合させる事で、炎花はカードの精霊として生き長らえることができたんだーーーーー」


火群「……ちょっと待てよ…っ……それって……」

言いかけたところで。
昨日、八神コウが残した最期の言葉が、火群の脳内で再生される。





「……必ず……マインの心を救ってくれ……ッ……」


「………お前たちなら……ッ……絶対にできる……ッ……」




「ーーーーー……『ホムラ』と『ホノカ』…。
二人なら、絶対にーーーーー」




その瞬間は死んだはずの『ホノカ』という名前にだけ気を取られ、１つの疑惑、１つの可能性からは目を逸らしていたが、今、父の話を経てーーーーー

疑惑は確信へと変わり、火群は斜め後ろへ振り返る。


火群の背後では、金色のポニーテールが静かに揺れていた。
赤を基調とした和装に身を包む彼女の風貌は、いつもと何一つ変わらない。

けれど彼女は、今まで一度も見せたことのない涙をその翡翠の瞳から溢れさせ、零れた涙の粒は宙に弾け消えてゆく。

火群「ーーーーーッ」


手が届かないほど遠くに感じたものは、こんなにも近くにあった。





火群「…ずっとーーーーここに居たのか」








ーーーーー炎花姉さん。















◉遊戯王 Ph.X◉
ーーDRAW:１９７ーー
《炎花-ホノカ》
















ニクスが火群に対して姉の様に振舞っていたのも、時には少し離れたところから火群の成長を見届けようとしていたのも、簡単に人の姿になる事ができたのもーーーー全て。
『炎王神獣 ガルドニクス』というカードの精霊の中に、市瀬火群の双子の姉ーーーー『市瀬 炎花』の魂が混在していたからのことだった。
ニクスはその事実を知りながら、今まで黙っているしかなかった心苦しさに苦悩する日々から、ようやく解放されたのだ。


ニクス「ーーーーこの寝台は、私と私……ガルドニクスと市瀬炎花が１つになった場所……。
ここにいると、なんだか不思議な感じだな…」

火群「…！！
生誕の地……って事か……」

ニクス「……大げさだ。それより、ホムラーーーーー」

ニクスから少し距離を置いてしまった火群に、ニクスは実体化して大股で歩み寄る。

火群「……！」

ニクス「ーーーー何を遠慮している」

火群「……っ…、遠慮とかじゃなくて…っ！
単純にわかんなくなっちゃってさ……。
今のお前が……一体、“どっち”なのかーーーーー」

６年前まで共に歩んできた、姉としての『市瀬 炎花』なのか、
６年前から共に戦って来た『ガルドニクス』なのか。
ニクスが炎花だと知った上で、火群はそれを確認しておかなければならなかった。

対するニクスは、火群をからかうように漠然とした回答で返す。


ニクス「ーーーーー今までと、何一つ変わらないさ」


ニクスは胸に手を当て静かに笑ってみせる。
いつもと変わらぬ、凛々しく優しい瞳で火群を見つめ、手を差し出した。


ニクス「……今の私は、不死鳥の精霊『炎王神獣 ガルドニクス』でも、お前の姉『市瀬 炎花』でもない。
ーーーーー私はニクス。たった一人のお前の相棒だ」


火群「ーーーーーッ」


たった一人の、相棒。
その言葉を火群はしっかりと噛みしめ、差し出された手を力強く握った。


火群「……ああ……ッ…！」

手と手を通して伝わる微熱が、互いの存在を感知させる。
そこに存在しているという事実の、証明だ。


火群「これからも頼むぜーーーーー相棒！！！」



魂と魂は惹かれ合い、輝きを放った。
しかし光があるということは、当然その裏には闇が存在するのだ。

火群はそれをすぐに思い出すことになる。










＊＊＊＊＊









『・・・“チカラ”ヲ欲スルカ・・・』



黒きカードの中で、何かが蠢く。

一見すると“炎”のようで、目を凝らして見ると“悪意”のようにも見え、目の前まで来てようやくそれが“衝動”である事に気づくレベルの、そんな何かが。



『全テヲ焼キ尽クスーーーーー〝破滅ノ焔〟・・・・ッ・・』




望ムナラ、再ビ授ケヨウーーーーーー





To Be Continued…






《次回予告》




次回、『遊戯王Ph.X』
DRAW:１９８ -あの日の衝動-






＊タイトルは予告なく変更になる場合があります。ご了承ください(廿V廿,,)乙