DRAW:１９４ 今できること③決意　作：人喰い

(194)




〜桜庭家〜




和泉「ーーーーどう？
少しは落ち着いた？」


火群は和泉の出してくれたティーカップを口元から下ろしてテーブルに置くと、一息。

火群「……うん、ありがとう。
紅茶……初めて飲んだけど、意外と美味しいもんだな」

火群のその一言に一瞬驚きを見せる和泉だったが、自慢げに薄紅色縁の眼鏡に手を添え軽く身を反らすと、

和泉「当然だよ。私が淹れたんだからっ」

火群「さすが和泉！ メイド服とか着せたくなるよ！」

火群の中には紅茶=メイドという計算式が一般的らしい。しかし、紅茶から真っ先にメイドを連想する変態性を発揮できる程には、火群の頭の中で整理がついてきたという証明にもなった。

和泉「ふふんっ。もっと褒めてもいいんだよ？」

和泉は一瞬、メイド服という単語に若干の苦笑と共に眉を動かすが、紅茶を褒められた事と火群の調子が戻った事の嬉しさの方が大きかったようで、更に無い胸を反らせて満面のドヤ顔を披露する。

火群「……っ」

そのドヤ顔を上目で見つめる火群は火群で、落ち着きを取り戻したが故に今度は別の問題が押し寄せて来ていた。
和泉の精霊である黒翼の堕天使ーーーダーク・フェアリー・チア・ガールこと『闇口 千愛(やみぐち ちあ)』と、火群の精霊である『炎王神獣 ガルドニクス』両名は気を遣ってカードの中へと引きこもってしまったので、現在この空間は火群と和泉の２人きりなのだ。

そう、好きな女子の家で２人きりという状況に、心臓の鼓動が早まらない訳がない。
そして意図せず、その視線は誇らしげに反らされた和泉の膨らみかけの胸へと吸い込まれるように下ろされていくーーーー

火群「……」

和泉「……っ！」

そんな火群の奇異な視線を感じてか、和泉はハッとして胸元を両手で覆い、恥じらいの中に少量の怒りとひとつまみの軽蔑をブレンドした表情で火群を見下ろすと、

和泉「…完全にいつもの調子に戻ったようで」

引き気味にそう言った。
火群も自分の欲望剥き出しな眼差しを一瞬で悟られた事の恥ずかしさと情けなさと申し訳なさで反射的に謝罪の弁を述べる。

火群「……ごめん。そこに壁があったから」

和泉「せめて山って言ってくれない！？ いらないよそんな壁登り精神！！」

火群「…じゃあ……ーーーーそこに『ナチュル・クリフ』があったから」

和泉「言い換える必要性皆無だよっ！！
あと前々から思ってたけど火群くんは全国のナチュル使いに一度謝るべきっ！！」

和泉は目をむいて怒るが、少し緩めの長袖Tシャツ姿の和泉の胸部はたとえ頑張って反らしていたとしても、平らで平坦で平行で平凡で平滑で貧相で。“山”と形容するには程遠くーーーーどれだけ平等に見ても壁と呼ぶ他なかった。

和泉「情景描写もさっきから失礼なんだよちくしょうっ！」

どこへ向けてなのかわからない怒りを宙に投げつつ、和泉はわざとらしい咳払いにてコントを無理やり締めくくり、「ところで」と本題に入る。


和泉「……本題に入るけどさ……。というかなんとなくは察してるから確認？なんだけども。
…火群くんが私に会いに来た理由ーーーー」



火群「ーーーーー俺達と一緒に戦って欲しい」


和泉「ほぇ？」


想像していたセリフとは正反対の言葉が火群の口から放たれ、和泉は思わず間の抜けた声を上げてしまう。

和泉「……えっと…、ちょ……まって…？
火群くんなら、私を明日の戦いには連れていけないーとか、そういう感じのセリフを言ってくると思ってたんだけど」

火群「……そんなこと言ったところでどうせ無理矢理にでも付いてくるだろ？」

和泉「…否定は、しないけど……」

和泉も終焉の焔という組織に対して、少なからず因縁があり、その為に戦う覚悟はとうにできていたのだ。
慕っていた先輩であり、終焉の焔上層部『伍召焔』の１人であったーーー柏木瑞希の真意を知り、その上でカードを交える、その覚悟が。
それをわかっているからこそ、火群は「それに……」と言葉を繋ぐ。

火群「………俺が側で見ていれば危ない時に護ってやれる……だろ」

言ってる途中で恥ずかしくなったのか、セリフがデクレッシェンドしてゆく火群のヘタレっぷりに和泉はくすりと笑い、

和泉「…ふふ…っ。
ーーーー頼りにしてるね」

と、冗談混じりに火群の頭を撫でた。
悪戯に。
子供扱いするように。

火群「……っ…！」

和泉を戦いの場に連れていくというのは、火群なりにかなり悩んだ上での決断だった。
実際に終焉の焔上層部の実力を目の当たりにして、危険な戦いに巻き込みたくという本音と、自分の力だけでは到底勝てる相手では無いという事実。

それらが混在する中で、火群は決断した。
和泉と共に戦い、和泉が危ない時は自分が和泉を護るのだと。

実際、和泉の決闘の実力は黒焔との決闘以降凄い勢いで上達しており、その成長スピードは目を見張るものがあった。
もともと人の心理を読む力に長けており、決闘展開を有利に進める事に適している。それに本気ではなかったとはいえ、火群よりも実力で僅かに上回る結維にも勝利している事から、和泉は戦力として見るに十分値する決闘者なのだ。
しかし彼女がか弱い少女である事実は覆りようもなくーーーーー



火群「……絶対に、俺が護るんだ」



火群は決意で拳を固め、和泉に聞こえない声量で呟いた。















◉遊戯王 Ph.X◉
ーーーDRAW:１９４ーーー
《今できること③決意》















和泉「ーーーーーで、にくすさんとは何があった訳？」

少し間をおいて、火群の痛いところを突く和泉の一撃。

火群「…ちょっと喧嘩しただけ」

などと咄嗟に火群は答えたが、実際には喧嘩という喧嘩はしておらず、ニクスに対して感じた不快な既視感から目を背けたかった、というのが本音だ。

火群「……けど何で俺とニクスの間に何かあったと思ったんだ？」

和泉「…んと、いつもより火群くんとにくすさんの距離がほんの少し遠かった気がしたから。数字にすると５センチほど」

火群「よくそんなこと気づくな……」

和泉「まぁ、いつも見てるしーーーーって、変な意味じゃなくてねっ！？」

あせあせと手を前で振り頰を赤くする和泉。
それに対し火群は、

火群「…くく…っ、わかってるよ」

和泉が自分の事をよく見ていてくれていた嬉しさで感極まって軽くガッツポーズをしつつ、苦笑いで答える。

和泉「…むぅ……っ、今回に関してはなんか負けた気がする……っ…！」

頰を膨らませ顔をしかめる和泉だったが、すぐにその感情全てを優しく吐き出すようにそっと溜息を吐く。
火群からしてみればコロコロ変わる和泉の表情を一秒でも長く眺めていたいところではあったが、それと同じくらい、この限られた時間のうちにやらねばならない事が火群にはあった。
もっとも、大層な前振りをしたものの、客観的に見れば本当に大したことないーーー些細な事なのだけれど。

火群「……和泉」

和泉「…わかってる。そろそろ行くんでしょ？」

和泉に会って話をする事で、頭も大分落ち着いた。

火群「ああーーーーー」

そう、行かねばならない。
今まで共に闘ってきたーーー仲間たちの元へ。

皆の支えなくしては、今までの闘いのどこかで必ず魂もろとも朽ち果てていただろう。
だからその感謝の気持ちを、伝えに行くのだ。
感謝だけじゃない。謝らなければならない事も、沢山。

今まで人と関わる事を極力避けてきた火群にとって、決闘を通して数々の出会いを経て、決闘があったからその仲間たちと笑い合えて、そんな最高の決闘を守る為に闘ってきたこの約5ヶ月間はーーーーー


火群「ーーーーかけがえのない、宝物だから」


皆は。
無謀な闘いに挑む自分を笑うだろうか。
危険な闘いに周りを巻き込む事を咎めるだろうか。
この手が血に染まったとしてーーーーその汚れた手を許せるだろうか。


否。
決意はすでに固まっている。

甘えるな。
縋るな。
期待するな。
許しを乞うな。

どんな感情も、全て受け止める。

そう、決めたはずじゃないか。


火群「………和泉、明日の朝５時に、また来るよ」


ゆっくりと立ち上がり、去り際にさりげなく約束を交わす。


和泉「……うん。待ってる。
守ろうねーーーーーみんなのデュエル」


笑顔でそう言ってみせる和泉の黒髪が窓から吹き抜ける風に撫でられ、火群の胸に鈴の音の様な音が静かに響いた。






To Be Continued…






《次回予告》




次回、『遊戯王Ph.X』
DRAW:１９５ 今できること④






＊タイトルは予告なく変更になる場合があります。ご了承ください(廿V廿,,)乙