２章幕間① 願いは地に、祈りは天に　作：人喰い

(２章幕間①)




《願いは地に、祈りは天に》







〜精霊界・精霊王の間〜



ここは、白く太い柱に囲まれた広々とした吹き抜けの空間。その中で一際目を惹くのは、最奥部にそびえ立つ巨大な樹木。
雲を突き抜けて遥か上空まで伸びているものの、その大部分が根っこに覆われている異形な大樹ーーーー『神星樹-ﾅﾁｭﾗ・ﾕｸﾞﾄﾞﾗｼﾙ-』。精霊界と人間界とを繋ぎとめ、均衡をもたらす存在ーーーー

「………っ……！」

神星樹の根元に当てていた手を離し、苦しげに胸を押さえながら膝をつく一人の女性。
白いワンピース調の衣装に薄い橙色の羽衣を羽織り、九尾に結ばれた金髪が、褐色肌との対比で際立っている。そして背後には楕円形の鏡が９つーーーーー
その異様な存在感を放つ幼げな顔立ちの彼女の名は『ルナ』。
精霊界を統べる王ーーーー“精霊王”である。


ルナ「……ッ…ーーーー…ッ………ァ……ッ…」

嗚咽を上げるルナの顎先に溜まった汗が、雫となってこぼれ落ちる。
その様子を遠くで辛そうに眺めていた銀髪の少女ーーーー『ティア』はそんな彼女の姿を見て我慢できなくなったのか、短い髪を小さく揺らしながらルナの元へ駆け寄る。


ティア「ーーーールナ様っっ！！
少し休みましょう…！？ こんな調子だと…っ死んでしまいます…っ！！」

ルナ「………ティア……っ……。
…なに…これくらい……、大したことありませんよ」

ルナは穏やかな口調でティアの頭を優しく撫で、笑いかける。その言葉が自分を安心させるための嘘であることは明白で、ティアはルナのその優しさを受けぼろぼろと涙をこぼす。

ティア「…けど…っ！」

言いかけたティアをルナは人差し指ひとつで制止する。ティアの柔らかな下唇にルナのか細き人差し指が僅かに触れ、小さく震えた。

ティア「……っ…！」

切なさの中に少しの照れが混じった表情でたじろぐティアに、ルナは優しく問いかける。


ルナ「…あなたはそんなに私が信用ならないのですか？」

ティア「……そ、そんな訳……ないじゃないですか……っ…」

涙交じりに首を振るティア。
そんな彼女の様子を愛おしく感じ、ルナは自然と頬を緩ませる。


ルナ「………ふふ…っ。
なら信じてください、ティア。
私はーーーー私を信じてくれる貴女を信じます」


ルナは慈愛に満ちた笑顔でそう言うと、ティアの細い胴に腕を絡ませ、ぎゅっと、抱き寄せた。

ティア「ーーーーっ」


そもそも、一世界を統べる程の強力な力を持つルナが何故ここまで疲弊しているのか。それは、終焉の焔の首領ーーーー『マイン』の強大すぎる精霊エネルギーの一部を封じ込めているからーーーだけでなく。神星樹を通して人間界と精霊界それぞれのバランスが大きく崩れない様に均衡を保つ役目がルナにはあったのだ。

二つの世界。その全てに目を向け、監視する。
それがどれだけ大変なのか、他者にはおよそ測れない領域である事は明白でありーーーー

そんな気が狂いそうな役目を、マインが人間界に堕とされた１２年前から続けてきたルナの体力、集中力、精神力は、たとえ精霊王と言えど堪えるものがあった。

そして今はそれらに加え、更にもう一つーーーーー


ルナ「ーーーー人間界での午前６時まで、あと１時間といったところでしょうか……」


時が来れば八神コウが神星樹に仕掛けたマイン捕縛の術式が解除され、マインはこの精霊界に召喚される。そうなれば精霊界の崩壊は必至ーーーー今の弱ったルナの力では、かつての力を取り戻しつつあるマインを食い止める事は不可能に近いのだ。

ルナ「……っ…」

ルナはそっと神星樹の幹に触れ、その内に秘めし邪悪な力を感じ取っていた。

ルナ「…この樹を起動させるまでは……っ…まだ…、倒れるわけにはいきませんね……っ」


神星樹の、起動。

それはルナが自らに課したもう一つの使命であり、同時に次の舞台への幕開けの意味もある。


ルナ「……間も無く、起動するでしょう。

精霊界と人間界を繋ぐ、“神星樹”がーーーーー

私はこの闘いの行方を見守る事しか許されないーーーーそれが、神の意志……」

否。

慈悲、なのだから。



ルナ「……コウは命を賭して全てを地上に託した。ならばーーーーー」


私は天に祈りましょう。


この魂を懸けて。



ルナ「頼みましたよ。

ーーーーー市瀬 火群。

ーーーーー市瀬 炎花」



この私……そしてマインと同じ…、
“破壊”と“創造”の力を持つ者よーーーーー