DRAW:１１７ 森林に潜む影　作：人喰い

(117)



「ーーーあなたさえ産まれて来なければ」


「ーーー産まれてきたのがお前じゃなければ」



私たちは。


俺たちは。






幸せに、暮らせたのにーーー。















◉遊戯王 Ph.X◉
ーーーDRAW:１１７ーーー
《森林に潜む影》
















和泉「ーーー！！！」


和泉は目覚めた。
見慣れない天井。いつものベッドではなく敷布団に違和感を覚えつつ呼吸を整える。
左隣には何も無い、壁。
そして右隣には、ぐっすりと眠る自分と同じ顔の少女。

和泉「……」

和泉はその少女ーーー結維の右手を、左手で優しく握り、

和泉「…辛い記憶ばかり押し付けちゃってごめんね、結維ちゃん」

小さくそう謝るが、すやすやと寝息を立てる彼女には聞こえていないだろう。

和泉（……今、何時だろう…）

ふと時間が気になって、和泉は枕元の目覚まし時計に目をやる。
まだ暗闇に慣れない目を一生懸命に凝らして見ると、現在の時刻は朝の5時45分を指していた。

和泉「…まだちょっと早いけど、起きようかな…」

いつもは6時半ごろに起きるのだが、今日は何だか寝付けない。
環境の変化の所為もあるのだろうが、きっと、嫌な夢を見たからだ。
こういう時は外の空気を吸うに限る。それに朝方の海も見てみたい気がした。

和泉「……っ…」

結維に声をかけて行こうかと躊躇うが、寝かせてあげようと言う気持ちが強く、和泉はゆっくりと身体を起こし。
そして忍び足で扉まで行き、静かに戸を開け、女子全員の寝る寝室を後にした。





和泉が寝室を出た後。
すでに起きており、和泉の謝罪をしっかりと耳で受け止めていた結維は、少し寂しそうに右腕をくっと握る。


結維「………」


結維「……別にあんたが謝る必要なんて無いのにーーー」






＊＊＊


【和泉side】



〜積木町・海岸〜



和泉「…んー……っっ！」

広大に広がる海を目の前に、両手を上げ大きく伸びをする。
とは言っても、今は義手をつけていないので、右手側はカーディガンの袖が海風を受けパタパタ揺れるだけだ。

和泉「……気持ちいい風。たまにはいつもより早起きしてみるのもいいかもね〜」

風を浴びながら、宿舎とは反対方向にずっと進んで行くと、こちらの方向に走ってくる見慣れた人影が１つ。
左手で眼鏡の位置を調整し、立ち止まる。
襟足が外側にくりんと跳ねた、少し赤みがかった黒髪。
間違いない。火群くんだ。


火群「ーーーっぁれ？ い、いい和泉っ？」

和泉「…あははは。火群くんテンパりすぎっ」

火群「…っいやだって、まだ6時前だぜ？ こんなに早くから1人でどうしたんだ…？」

和泉「…えっと…、散歩っ！」

今朝の夢の事を咄嗟に隠す。余計な心配はかけさせたくないからだ。

和泉「…そういう火群くんは？」

火群「ジョギングだよ、ジョギング」

さらっと答えた火群くんに驚く。

和泉「…えぇ…？ 火群くんってそんなに体育会系だったっけ？？」

火群「なんだその言い方はぁ！
…昨日の体力テストが散々だったから、秘密の特訓ってやつをだなぁ…」

和泉「…ふふっ、何それっ。
しかも私に言ってる時点で全然秘密になってないしっ」

火群「…あ…っ…！」

和泉「…あはははっ！ 大丈夫大丈夫、みんなには黙っておいてあげるからっ」

火群「…それは願ってもいない事だけど……今俺、超絶かっこ悪いよな…」

和泉「そっ、そんな事ないよ！ かっこいいかっこいい！」

火群「おだてりゃいいってもんじゃないからな！？」

和泉「…違うよ、今のは本心」

火群「………っ！？」

顔を真っ赤にしてたじろぐ火群くんが面白かったのだが、自分の言ったことを思い出して急に気恥ずかしくなってきたので、

和泉「…えっ…えとえと、とにかく！ ジャミング頑張って！」

そう言って逃げるように火群くんの横をすり抜けて立ち去る。


火群「……」


火群「………っ……」



火群「ジョギングな！」



随分と遅いツッコミだった。







＊＊＊



ーーー午前9時30分。


【火群side】


火群「…ぜぇーっ…！ はぁーっっ…！！」

メアリー「ハァイ♪ 今日のウォームアップおしまい！」


火群「ひぃー…っふぅー…っ…！」

和泉「おやおや？ 秘密の特訓の成果が出ていないようで？」

火群「うるっさっ！ 見てろ……明日こそ…っ！」

和泉（まぁ、1日程度で成果が出るなんて思ってないんだけどね）


メアリー「んじゃ、30分休憩したら、今日は山登るからネー！ 長袖に着替えて、デッキも忘れないこと！OK？」

火群「デッキ…！？ やっとデュエルできるんすか…！？」

メアリー「…運が良ければ、ネ？」



………



〜積木町外れの山〜


栗須「…戒のヤローはまーた単独行動かよぉ…、ったく」

メアリー「…ワタシも何度もお願いしたんだけどねー、やっぱり群れるのは嫌いみたいで…」

雫「ま、まぁ、だんだん慣れていければ良いですよね…！」


火群「ーーーちょっと待て」

明日人「…どうした？ 火群」

火群「……山とは聞いてたけど……、こんな木が一杯のとこなんて聞いてねぇぞぉぉぉおおっっ！！
ほぼ森じゃねーか！！」

山って言ったら、もっとこう、岩がゴツゴツしてて……ロープとかで登ったりする感じじゃぁ…。

明日人「なんも問題ねーだろ。自然が多いのは良いことだ」

火群「……いや…、それはそうなんだけどさぁ…」

結維「……わかったから、私の後ろに隠れるのやめてくれない？ 正直言って、キモい…」

火群「リアルな感じで引かないで！！」

ニクス「…火群、何を隠れる必要がある…」

火群「……それは…、その……。
ーーー！！！」


ーーーヤツの、気配だ。

火群「……っ…！」

俺は咄嗟の判断で、結維さんにぴったり身体を密着させる。

結維「ひゃっ！？ ちょっとこの変態…ッ！ 何考えて……ッッ」

そして全神経を研ぎ澄ませ前傾姿勢で辺りを見回す。
ヤツの姿は捉えられない。だがこの周辺に潜んでいることは間違いない。

火群「………」

結維「ねぇ聞いてんの…！？」

俺は落ち着いて、周囲に視線を巡らせる。
見渡す限り、木しかないが、その隙間を縫うように、小さな影が動くのを俺は見逃さなかった。

結維「……聞け！！ 馬鹿！！」

突如、罵声とともに小さき拳が俺のつむじ辺りに振り下ろされる。

火群「ぁだ！！」

そこで集中力が一瞬途切れてしまう。

ーーーヤツはその一瞬を逃さなかった。

火群「ッッッ！！！」

俺の眼前1メートル先にヤツは現れたのだ。


ｳﾞｳﾞｳﾞ…

と微かに羽音と立て、空中に浮遊するその佇まいはーーーまさに強者の風格。
そしてその身に刻むは黄色と黒のストライプ。黄は光を意味し、黒は闇を意味する。光と闇を掌握せしその風貌に、誰もがヤツをこのように称す。

そう、『-終焉の使者-』とーーー。



結維「何よ。ただのアシナガバチじゃない」

火群「『-終焉の使者-』っつってんだろ！」

『-終焉の使者-』はこの一瞬の隙すらも逃さない。

俺が慌てて振り返ると、その姿は俺から約４０センチ程まで迫って来ていた。

ヤツはこちらに目もくれない。ただユラユラと不規則に浮遊している。
俺など眼中にないと言うのか。

火群「………ッッ！」

悔しさを感じつつも、どのように動くかわからない不規則で気まぐれな存在への恐怖がついに抑えきれなくなり、俺は走り出した。


ﾀﾞｯ‼︎



火群「ぁぁぁああぁぁああぁぁああぁぁああっっっ！！！」



和泉「火群くん！？」

結維「…ちょ！？ どこ行くの！？」

雫「…すごい速度で走って行きましたよ…！？」

鈴華「…蜂も逃げて言っちゃいましたわね…」

千愛「…あんなに怯えて……次刺されたらアナフィラキシーショックで死ぬとか…かしら？」

和泉「…あ、思い出した」

メアリー「え！ やっぱそうなの！？」

和泉「…いえ、火群くんは、ただ蜂が怖いだけなんです…」


全員「」


和泉「…というか虫全般、苦手で…」

雫（なにそれかわいい…）

結維（それで私を盾にした訳ね…っ、良い度胸してるじゃない……）ｺﾞｺﾞｺﾞ…

栗須（今度昆虫デッキ組んでこよっと）



メアリー「…っていうか、本気で我を失ってるんだったら…、早く止めないとマズイわ…！！」

和泉「え……っ…？ それってどういう事ですか…！？」

メアリー「…実は、この森にはーーー」




………




火群「ぁああぁあああぁぁあぁあ……ッッッ！！！」


むりむりむりむりむりむりムリムリムリムリムリムリ無理無理無理無理無理無理無理無理無理ィィィ！！！
ほんっとに無理！！！

俺は無我夢中で走った。木々の間をくぐり、木の根を飛び越え、ただ、ひたすらに。

火群「はぁ…！ はぁ……っ！
ここまでくれば流石に……！
………ん…？」


森が、ざわめく。


ｸﾞﾙﾙﾙ……


暗闇からは、唸り声。


火群「……え…っ？」


木々の間から、赤き２つの眼光が俺を捉えた。


火群「……おい、おい、タンマ。話せばわかr…」


ｸﾞﾙｱｱｧｧｧｱｧｧｧ‼︎


野獣は咆哮し、研ぎ澄まされし爪を俺へと向けた。






To Be Continued…






《次回予告》




次回、『遊戯王Ph.X』
DRAW:１１８ WILD FANG




＊タイトルは予告なく変更になる場合があります。ご了承ください(廿V廿,,)乙