DRAW:２３ 戒めの斬波②感情空論　作：人喰い

戒「………で。ガラスの割れる音に気を取られ本来の任務をすっぽかしたあげく、何も解決できずに道に迷ったというわけか。二頭を追うもの一頭も得ず、と言ったところか。“優秀な婦警”さん？」

優香「……も、申し訳ありませんです…」

優香はしゅん、として正座しながらうつむき、謝罪する。
白河にも、謝罪の気持ちはちゃんとあるみたいだった。

優香「…私の身体。好きにしていいですよ……？」

…と思ったらこの女は……。何処まで俺の想像の上に行けば気が済むんだ。
そこでふと、思い悩む。
何かが俺の中で引っかかる。
何処までも俺の想像の遥か上に行く存在。
白河以外にも、そんな奴が居たような……？
まぁいい。きっと俺には関係の無い事だ。
俺は俺に、そう言い聞かせる。

戒「…い、いらん！ それより行くぞ。川沿いに歩いて行けば広い場所には出られるはずだ。まずはそこからだ！」

そうだ。今は今だ。
見えない過去に怯えたところで明日が見える訳もない。
今の俺には、進むしかないんだ。
俺はゆっくりと歩き出す。
まっすぐ、まっすぐ、前だけを見つめて。


優香「えっ！ ちょ、ちょっと待ちなさ〜いっ！！」






遊戯王 Ph.X DRAW:２３
《戒めの斬波》②感情空論






優香「それにしても……記憶喪失、かぁ。流石に全ての記憶が空っぽって訳じゃなさそうだし、どお？ 何か覚えてることって、ある？」

俺たちは少し会話を交えながら、二人並んで川沿いに、俺が流れて来たらしき方角に足を進めていた。

戒「自分の名前と、ある程度の一般常識、言語能力。…あとはデュエル……これくらいか」

優香「…へぇ。戒きゅんもデュエルできるんだ」

戒「…白河巡査もやるのか」

優香「わざと階級を低く見積もって推測したでしょ！？ 私は巡査部長ですぅっ！ ほら！」

得意気に警察手帳を見せびらかす白河。そこには白河の顔写真と、巡査部長の文字が確かに記されていた。
それでも、優秀な婦警と言っている割には階級があまり高くないというのは、やはり予想通りだった。

優香「…コホン。それはさておき、治安維持警察は、近頃増えてきた『デュエルによる犯罪』に備えて設立された、デュエルで犯罪を取り締まる特殊な警察なんです。だからそこに所属するためにはデュエル試験にも合格しなきゃいけないんです」

戒「…デュエルによる犯罪、か」

白河「そうよ。デュエル犯罪に使われる手口は今の所、大きく分けて二つあるの。その一つ目が、記憶喪失の君に聞くのもあれだけど、聞いた事あるかしら？ ーーー『闇のゲーム』」

戒「闇のゲーム……だと？ 記憶には無いな」

白河「…そっか。…その『闇のゲーム』が始まると、デュエル中に辺りが黒い霧に包まれて、プレイヤーのライフポイントと精神がシンクロしてしまうの」

戒「ライフと精神が…シンクロ……！？」

白河「これはとても危険な事で、プレイヤーのライフポイントが削れる度に、激痛が走るって話よ。ライフが０になったら、最悪……死に至るとも聞くわ」

戒「……なん、だと…？」

優香「これを利用して無理やりデュエルを申し込んで、無意味な殺傷を行うデュエリストが増えてきているの」

戒「もしや、白河巡査部長が探している『変質決闘者』というのもこの類か…？」

優香「間違いないと思う。目撃者の子が、デュエルをしているのを見たって。で、そのデュエルしてた周辺だけに黒い霧がかかっていたっていうもんだから、ねぇ」

戒「…そうか」

優香「…まぁ闇のゲームに関しては、私自身未経験だから、どうやったら闇のゲームが始まるのか、とか詳しい話はわからないんだけどね」

戒「……残り一つというのは？」

優香「え？ あぁ。二つ目……これはまだ正式名称が決まってないらしいんだけど、なんでも、デュエルモンスターズのモンスターを実体化できる能力を持っている人たちがいるそうなのよ。ごく少数だけどね」

戒「…モンスターを……実体化…！？」

優香「ええ。私は一度しか遭遇した事がないのだけれど、彼のような超能力者には、何とも言えない恐ろしさを感じたわ」

白河は急に表情を曇らせ、言う。

戒「ソリッドヴィジョンを使っているわけではないのか？」

優香「…私も最初はそうなんじゃないかなって思ってたんだけど、ね」

戒「………？」

優香「宝石店を荒らすだけ荒らしてバイクで逃走する相手を私もバイクで追ってたんだけど、追ってる途中に相手がモンスターを召喚して妨害してきたのよ……実体化したモンスターをね」

ば、馬鹿な…！ バイクに乗ったままモンスターを召喚だと…！？


優香「その時は私も止むを得ずモンスターを召喚して応戦したんだけど、やっぱ慣れない事はするもんじゃないわね〜。うっかり相手モンスターの攻撃をくらってしまったのよ」

戒「……！」

優香「そしたらそれが結構深傷でね〜。あぁ〜痛かった！ それで確信したわけよ。あれはソリッドヴィジョンではない、って。その後はすぐに応援がきて事件は万事解決よ！」

戒「…ったく、無茶をするな」

優香「あらあら♫ もしかして心配してくれちゃったりしたのかな？ どうもありがとー♡」



ちゅっ



完全に不意打ちだった。
突如、俺の右頬に柔らかい何かが当てられた。
それは、白河の唇だった。
だんだんと、俺の胸の奥の何かが熱くなっていくのを感じたが、この感情を俺は認めたくない。
このような無粋な感情が俺の中にも存在していたという事実を、俺は認めたくなかった。




ーーー『恋』などという、無粋な感情など。




戒「………！！！」

俺は言葉が出なかった。
このぐるぐると回る頭では何も考えられそうにない。

優香「…ごめーん」

白河は、左手の指先を空に向け顔の前に持ってくると、申し訳なさそうに謝った。

優香「…ほっぺが限界」

戒「いやそういう事ではないだろうっ！」

ここでようやく俺の口が開いた。
突っ込まざるを得なかった。

戒「…まったく貴女は……」

出逢ってまだ１時間も経っていないというのに、ずっと前からの知り合いであったかのような時間が俺たちの中に流れていた。


優香「それでね、話を戻すんだけど」

白河は少し照れた表情のまま、話し始める。
なんて切り返しだ。

優香「痛い思いはしたけど、バイクで走りながらモンスターを召喚してるとね、なんだか楽しいような不思議な気分になったの。胸が揺れるっていうの？」

戒「…それを言うなら『胸が躍る』だと思うが…」

だが白河の場合、『胸が揺れる』でも間違いではないのだろうが。

優香「やあねえ。戒きゅんったらいやらしい。えっちー」

白河は恥ずかしそうに応じる。
駄目だこの女…早くなんとかしないと。
俺が呆れた風に思っていると、そんな俺の心情を雰囲気で読み取ったのか、白河はまた話を戻し話し始める。

優香「…でね、前に感じたその感覚の事もあるんだけど、そのうちバイクに乗りながら正式なデュエルができるようになれば、捜査も少し楽になる場面があるんじゃないかな〜って、あの時から思ってるのよ」

戒「……なに………！？」

モンスターを召喚するだけでなく、魔法罠をセットしたりをバイクを運転しながらやるというのか。なかなか高度な技術が必要だぞ…。それにデュエルディスクを装備して手札を持ったりカードをドローする事も考えると、運転どころではなくなるのではないか。

白河「…まあそんなバカな話、あり得ない事だと思うんですけどね。バイクに乗りながらデュエルなんて……笑っちゃうわ」

戒「…フッ。その通りだな」

そうだ。
バイクに乗りながらデュエルなんて、できるわけない。
机上にも上がらないただの空論だ。



それから少し、５分ほどだっただろうか、無駄話を広げた頃だ。
一人の男が、俺たちの前に姿を現した。


男「……キヒヒ…ヒヒ……ッ！」


怪しげに笑うのは、着ているジャケットのフードを目深に被った、髭を生やした三十代後半と思われる男だ。
体格はかなり大きめ、左腕には量産型のデュエルディスクを装備している。

優香「この人…相当イかれてますね…！」

白河は言う。吐き捨てるように。

男「………ヒヒ…ッッ！！」

ジャキン☆

白河の言葉を受けてか、男はデュエルディスクを構える。
どうやらやる気のようだな。相当溜まっているらしい。

戒「…来るぞ！ 白川巡査部長！」

優香「合点承知の助よ！ …目深フードに怪しい笑い声……報告にあった通りですね。変質決闘者…『牧場 総司(まきば そうじ)』！」

牧場「……キヒヒヒッ！」

戒「……やはり…！ こいつが、変質決闘者…！」

あの男…先ほどから危険なオーラを漂わせている…！ 白河に戦わせていいのか…！？ 警察官とは言っても、か弱い女性であることに変わりはない。
ここは俺が相手をするべきではないのか…？
前に踏み出そうとした瞬間、ある事に気づく。
デッキがーーーない。
川に流された時に何処かへ行ってしまったのだろう。

戒「………ッ」

優香「大丈夫ですよ。…あたしに任せといて！」

白河は振り返り、俺にそう言い放つと、胸の谷間からデュエルディスクを取り出して左腕に装着して構える。
これには流石の俺も驚いた。白河の胸の谷間は異次元にでも通じているのだろうか。

戒（やっぱりこの女には……敵わないな…）


牧場「…キヒヒヒッヒヒッッ！！」


優香「…牧場総司。貴方を…え〜と、なんか凄い容疑で逮捕します！」


戒「……全然決まってないぞ…」


優香「えぇ〜いうるちゃい！ 行きますよーっ！」


牧場「………キヒヒッッッ！！！」



白河優香【LP 4000】手札:5枚

牧場総司【LP 4000】手札:5枚




『決闘』！！！



ー〜ー〜ー〜ー〜ー〜ー〜ーTo Be Continuedー〜ー〜ー〜ー


《次回予告》

火群「ちょっと目を離した隙になんで戒が主人公やってんだ！ それにあの可愛い婦警さんはどちら様ですかぁあぁああぁぁあ！！」

ニクス「落ち着け火群！」

千愛「そうよ。後二ヶ月くらいの辛抱よ」

火群「うがぁーーっ！ そんなに待てるかーっ！」

千愛「えっ…っ！ ちょっと市瀬火群……！ やめなさ………ぃっ…んっ」

ニクス「やめろ火群！ ……ぁ…っ…ど、どこを触っている…！？」

火群「………キヒヒヒッヒヒーーッ！」



次回、『遊戯王Ph.X』
DRAW:２４ 戒めの斬波③死者の宴



和泉「あんたたち！ ちゃんと予告をやりなさーい！ ってぎゃあぁあ火群くん！？ こっちこないでーーっ！！」