第174話　勝利の宴、そして最後の願い　作：ター坊

「これは…」
激戦を終えてメアリーの船に急いで戻ってきた遊戯達の目にしたのは黒い水溜まりの集まりだった。まるで湿地帯のように無数に広がっている。
「じいや達、無事でしょうか…」
「さぁ…。せやけど、船に目立った傷とかないみたいやし、案外全員無事なんやないかな」
そんな会話をしているときだった。
「おお遊星」
船から呼び掛けながら出てきた声の主はアポリアだった。
「アポリア、無事だったのか！」
「うむ。遊星、君達もどうやら無事にマスターDを倒したようだな」
「ああ。それよりも他のみんなは？」
「全員無事だ。安心すると良い」



その後、アポリアの口から遊戯達がマスターD、もといディヴァインとの激戦の最中に船では何が起こったのかが語られた。


巨人デュエリストの襲来


激戦


助っ人


そして巨人の消滅


幸いな事に誰も欠けず、今は船内で休んでおり、遊戯達の帰りを今か今かと待っていたと言う。遊戯達はそんな仲間達を待たせまいとして船に乗り込んでいった。







時が経って夕食時


「それじゃあ、みんな、お疲れ様。乾杯！」
ユイの号令のもと、全員がグラスを高く掲げる。激戦を終えて互いの健闘を労う、最後の晩餐会が開かれた。
というのも、メアリーの話ではカオスジェネレーションシステムの余波で次元の時化(しけ)が発生しており、元の世界には戻らないし出ることもできないらしい。時化が収まるのは早くてもこの世界での夕方くらいまで。ならば、残っている食糧を使い切るつもりでのパーティーみたいな事をやろう、となった訳である。


それぞれのグループで話が弾む。



「それにしても海馬くん、キース、羽蛾くん、それにレイさん。ありがとう」
穏やかな方に戻っている遊戯は四人に礼を言う。アポリアの話に出ていた助っ人とは彼らの事である。
「ふん。勘違いするな。俺は元の世界に帰るために最善の手として利用したまでだ。こんな仲良しパーティーに参加する気などない。先に適当な部屋に戻るぞ」
そう言って海馬は出て行った。
「けっ！なんだ海馬のヤロー」
「ま、城之内そう言うなよ。元からあんな奴だって分かってたろ」
悪態をつく城之内にキースは悪友っぽく絡む。
「あれ？海馬さん、出て行ったけど…」
「私たちの料理…気に入らなかったのかな…」
「あーいいのいいの。あー言う奴だから」
皿一杯のおにぎりを持ってきた玲子と小鳥は残念そうに海馬の事を気に掛けるが舞がフォローする。
「どれどれ…はむっ…鮭召喚」
十代は皿から１つおにぎりを取り、かじりついた。


「そうだ。アポリア。急ぎの用がないならネオドミノシティに来ないか？」
「良いのか？」
「ええ。龍亞は喜ぶと思うわ」
「ふふっ。きっとそうね」
「なぁ鬼柳。オメエもどうだ？」
「いや。俺には早く帰らなきゃいけない町があるしな」

「なぁアストラル。たまにはハートランドにも帰ってこいよ」
「そうだな…考えておこう」
「いいや、アストラル。ぜってぇ来てもらうぜ」
「Ⅴ兄様もカイトもアストラルと会えたら嬉しいと思うよ」
遊星や遊馬達は帰った後の楽しみを話し―



「俺達はようやく戦いに戻れるという訳だな」
「…私達の戦い…終わらないのね」
「柚子おねえちゃん…」
「大丈夫だ柚子、アユ」
「遊矢？」
「この世界で色んなデュエリストと出会って思ったんだ。こうして世界が違っていても協力すれば、大きな事も為せるって。だからこういう風にシンクロ次元の人達とも協力すれば次元戦争も止められるって！」
「遊矢！よくぞ言った！！」
「ねぇダーリン。いっそのこと何人かランサーズに引き抜いたら？ユイなんてどうかな？」
遊矢達は次に待つ戦いに向けて改めて決意を固める。



「あー。ミエルっち。今はアカンと思うよ？」
「え？」
ミエルを止めたメアリーが目をやるとソファーに腰掛けながら語り合うユイ・遊月・美羽の姿があった。しかしあまり盛り上がっている様子はない。
「姫は…」
「左様…。ミエル殿。ここはそっとしておいてくだされ」
又左衛門と八兵衛も止めに入った。





「…ユイ様。申し訳ありません…折角のめでたい席に」
「…いいさ。決めたことだろ？」
「でも、約束っていっても寂しいよ…」
「そうだな…」
この世界を救った。それは全員が元の世界に戻れる事を意味し、遊月も例外なく戦国時代に帰る。遊月は自分のせいで信重との戦に巻き込まれ、滅んだ魅河の国の復興の為に戻るのだ。ユイと美羽もそれについて行きたいが遊月はそれを拒んだ。大切な愛した人を、そして共に同じ人を愛した友を戦乱の危険に巻き込みたくないが故の決断。ユイと美羽もその遊月の意志を優しさとして受け入れた筈だが、いざその時が来ると何とも言えない切なさが込み上げる。
「…」
「…」
「…」
騒がしい宴の中でユイ達の周りだけが静かだ。








「あの…ユイ様」
「どうした？」
「厚かましいのは重々承知してます。ですが…私の最後の我が儘を許してくれますか？」
「できれば最後にしたくは無いけどな。…で、最後のお願いって？」
「ありがとうございます…あ、でも…。…美羽様、ちょっと」
「え？」
遊月は何かを言おうとしたが少し戸惑った後、何故か美羽を呼び寄せてユイと距離を置き、ヒソヒソ話を始めた。ユイはその様子を黙って見守る。




美羽は途中で驚くような素振りを見せたが納得したのか、二人でユイのところに戻ってきた。遊月も美羽も頬をうっすらと赤くして何処か気恥ずかしそうな様子だ。それは何処か色っぽく、ユイは改めて惚れ直す。
「それで…どうしたいんだ？」
ユイの問い掛けに対して遊月はユイの耳元でその願いを打ち明ける。














「今宵…私にユイ様の子を孕ませて下さい…」