第132話　中華街の伏兵　作：ター坊

~遊星サイド~

「アポリアどうだ？」
「うむ。なんのデータも得られない…」
「手掛かりがあると思ったんだが…」
ここは船内の工房スペース。俺とアポリアはコイツを解体してマスターDの正体の糸口を探していた。

ｶﾞﾁｬ
「遊星、アポリア」
部屋に入って俺達の名を呼んだのはユイだった。
「ユイ。もう大丈夫なのか？」
「ああ。おかげさまで、もうすっかり。差し入れのジャムサンドだ」
小さいバスケットを持って来てくれた。
「…ひと休みさせてもらおうか」
俺達は作業台から離れる。



「それにしても…やっぱり気味が悪いな」
ユイがそういうのも無理はないだろう。俺達が解体して調べているのは俺が来る前に襲撃してきたというユイの偽者ロボットだ。これはユイの世界の物だろうか？
「お前の世界ではこういうのは無いのか？」
「まさか。俺達の世界の技術じゃあ、ここまで人間っぽく作れないよ。それに喋らせるだけでも一苦労なのに喋って動いてデュエル出来るロボットなんて無理だ」
ユイの言葉からしてこのロボットを作り出したマスターDはユイの世界の人間ではないということか。
「解体して調べればマスターDの手掛かりが掴めると思ったが…すまないユイ」
「いや、いいんだ。…それより何か改めて思い出したことはあるのか？」
改めて思い出したこと、と言われても…。デュエルで負けた以外の記憶はなかった。
「…まぁ、ゆっくり思い出せば良いさ。ほら早く食べるといい。中身はイチゴにマーマレードにブルーベリー、色々あるぞ」
「ああ。頂こう」
今までアキ達が世話になったからな。俺もユイの役に立つようなことがしたいな。
「ユイよ。このマーマレードとはなんなのだ？」
「柑橘類を煮詰めて作ったジャムだ。…ってアポリアの世界には無いのか？」
「うむ。人間の食物に興味を持ち始めたのもごく最近で少々疎くてな」
「ヘー」
アポリアとユイがそんな話をしていると、俺の眼にとあるものが入る。アポリアがパンを捲ったことで見えたマーマレードジャムのオレンジの小さな輪切り…


オレンジの輪切り…


丸い…


車輪…？


はっ！
「そう言えば…」
「遊星、どうした？」
いや、しかし…
「何か思い出したことでも？」
「だが、余計な混乱をさせるかもしれない…」
「気にするなって。最初から混乱状態だし、情報が集まった後にでも整理できる。今はとにかく新しい手掛かりが欲しいところだから遠慮なく言ってくれ」
「そうか…。それじゃあ言うが……俺がマスターDに負けたとき、そこには巨大な車輪があった」
「巨大な車輪？」
「…言っておいてあれだが、すまない。やはりこんな突拍子もないこと…」
「いや、遊星。大丈夫だ。むしろ良いヒントだと思うんだ」
「ヒント？」
「アイン博士の動画…見たよね？」
それはこの世界が出来た経緯を説明したものだ。そこでこの世界やユイと美羽の事情が分かった。
「ああ」
「遊星をはじめ、5人はこの世界に引き込まれて負けたろ？つまりその巨大車輪もこの世界の何処かにあるハズだ」
確かに…そうだな。
「そこに行けばもっと鮮明に何か思い出すかもしれないし、何かマスターDに関わる手掛かりが残ってるのかもしれない」
「なるほど…。出来れば遊矢の話も欲しいところだな」
「実はその事に関して遊矢も話してくれてな。遊矢が負けた時は昇り龍を見たそうだ」
「昇り龍？」
「そんなファンタジーなものは現実にないから絵とかだと思うけど…」
絵か…。それにしても俺の巨大な車輪とは離れている。俺と遊矢は一体何処で負けたのだろうか？
「もしくは、マスターDがドラゴン族デッキの使い手だった可能性もあるのではないか？」
「あー。アポリア冴えてるな。でもそれはそれでマスターDに関わる良いヒントだけど」
「そうだな」
「よし。遊星、アポリア。ありがとうな。巨大な車輪がある場所を検討してみるよ」
そう言ってユイは工房スペースを後にしたと思ったら
「あ、そうそう」
「どうした？」
「ジャムサンド全部食べたら、空いたバスケットは調理場の所に持って来てくれ」
「ああ」







~ユイ サイド~

遊矢と遊星の話を聞いた翌日。俺達は見回りがてら、とある場所に寄った。
「ユイ。一体ここは何なのだ？」
権現坂の言う通り、ここは今までの街の風景とは異なる場所だが、新横浜の古くからある名所のひとつだ。


新横浜地区ネオ･チャイナシティ

中国の繁華街をイメージした、日中友好と文化交流のために造られた商店街で、多くの中華料理店や中国製の陶器･装飾品などを扱った骨董品屋･ブランド店が並ぶ、古くからの観光スポットである。

「アジアンテイストが強い場所ナノーネ」
「けっこうお店がありますわね」
「うん。トップスでもこんな街並みなかったわ」
今日の見回りのメンバーは俺とクロノス教諭･遊星･龍可･璃緒･ゴーシュ･遊矢･権現坂･柚子である。
「遊矢。何かピンと来ないか？」
ここへ連れてきたのは遊矢が思い出したという『昇り龍』を探すためだ。中国の模様には龍があしらわれてることが多そうだからという単純な理由だけど、しらみ潰しにあたってみるしかあるまい。
「ごめん。何も…」
「まぁ着いたばかりだし、少し歩いてみようか」
俺達はしばらく中華風の街並みを歩くこととした。


俺自身は話に聞いた程度で、ここに来たことはないが店がところ狭しと並ぶ細い通りで、店内には美しい装飾品からこれはちょっとと思うハイセンスな物まで揃えられている。みんなも物珍しげにキョロキョロと見回る。そして肝心の昇り龍も予想通りいくつかあり、柱の彫刻や屋根の飾り･看板･木彫りの像などモチーフは様々あるが遊矢の顔はイマイチ冴えない感じであった。


~遊矢サイド~

ダメだ…。思い出せない…。確かに俺は負けた時、周りに龍がいた気がした。けどこんな景色じゃなかったような…。
「……う矢…。大丈夫？」
「へっ？」
ぼんやりしてて、柚子の声に途中まで気付かなかった。
「遊矢。ぼんやりしてたけど大丈夫なの？」
「あ、ああ…」
「まあ焦るな遊矢。いずれ思い出せる日も来る！」
「そうかな…」

そうこうしてるうちに街の中央の広場に出たみたいだ。
「うーん。ここはハズレか…？」
ユイさんが少し困った顔をした。
「あの…ユイさん。ごめんなさい。何も思い出せなくて」
「いや、良いんだ。少なくともここは関係ない場所だと分かっただけでも収穫だ」
「そうですかね…」
「この世界の何処かに遊矢の言う昇り龍はいる。俺はそう思う」
「ユイさん…」
「さてと…。じゃあ今日はこの辺で…」
ユイさんが帰るかと言おうとしたところだった。



「帰すわけにはいかないな」
！？誰だろう？俺達は辺りを見回す。広場の噴水辺りで人影が3人いた。
「あれは！遊戯さん、十代さん！」
遊星さんがそう叫ぶ。
「遊馬もいるじゃねぇか！」
ゴーシュさんも叫ぶ。あの人達がみんなが信じてる人なのか。

ｿﾞﾛｿﾞﾛ…

「な！」
「囲まれてる！」
広場へ入る通りから黒ずくめの人達が押し寄せる。
「待ち伏せってところか…」
「さてどうする？おとなしく投降すれば身柄を拘束するだけでいいぜ？」
「遊戯、それは脅迫か？あいにく俺達はおとなしくやられる気はないさ」
ユイさんが強い口調で遊戯さんに言う。
「遊星、遊矢。俺達であの3人を抑えるぞ。他のみんなは黒タイツの集団を頼む」
「おう！」
「了解しましたわ」
みんなそれぞれ位置につく。
「遊矢！ここは俺達に任せろ！」
「権現坂…」
「大丈夫。私達だって強いんだから簡単に負けないわ。だから、遊矢も頑張って！遊矢らしいデュエルで！」
そうだ。
俺が帰ってきた時、柚子達が喜んだように、この人達を取り戻して船で待っているみんなを笑顔にしてみせる！！俺のエンタメデュエルで取り戻してみせる！
「柚子…ありがとう。行ってくる！！」