第165話　愛しく幸せな時間　作：ター坊

所変わって、ここはネオドミノシティ―遊星が住んでいた世界の街である。
「おのれ、遊星とクロウは何処に行ったというのだ！」
「それに龍可やアキ姉ちゃんとも連絡がつかないなんて…。何かあったのかな…」
遊星の仲間―ジャック・アトラスと龍亞は遊星達をずっと探しているが、見つからない。彼らは別の世界で戦っているが、分かる訳もないだろう。
「それに…あの空の黒い変なのは一体…」
龍亞の視線の先にはダイダロスブリッジがあり、黒い球体がその上空に浮かんでいる。
「何か異変が起きつつあることは確かだが…」
ジャックはそれに底知れぬ不気味さと不吉さを感じずにはいられなかった。しかし、それはジャックに限った話ではない。
場所は再び変わってハートランド―遊馬が暮らしていた世界だ。そこのとある研究機関の一室で二人の青年と１体のロボットが黒い球体について独自に調査を進めていた。
「おのれ、ミハエルともトーマスともまだ連絡がつかないとは…」
「ああ。だが今はあの黒い球体について調査しなければ」
ミハエルとトーマス―ⅢとⅣの本名を口にするのは彼らの兄･クリストファー―Ⅴである。そして共にいるのが天城カイトだ。
「オービタル。何か分かったか？」
「ハイ、カイト様。あれはどうやら強烈な時空の歪みのようです」
ロボットのオービタルはそうカイトに報告する。
「時空の歪み？」
「あの黒い球体は収縮と膨張を繰り返しながら拡張していき、いずれはこの世界を呑み込んでしまうかと…」
「何！？くっ…行方不明事件が続き、今度は世界の崩壊が来るというのか…」
カイトはモニター越しに黒い球体を睨みつけていると、黒い球体の隣に巨大な人間の映像が映った。
「なんだ、この仮面の男は？何かのプロジェクションでのメッセージか…。オービタル、現場の音声を繋げろ」
「カシコマリ！」
オービタルが機械を操作して間もなくその男の映像からメッセージが流れる。
『数多の次元の諸君。はじめまして。私の名はマスターD、と今は名乗っておこう。さて、あまり長い時間は取れないので早速本題に入るが、私はカオスジェネレーションシステムと呼ばれる装置を用いて全ての次元を統括し、その王になる。だが、私は冷酷ではない。もし私に従属するのであれば、その世界には夢の理想郷を与えようじゃないか。君たち自身が思い描く理想郷が叶う世界だ。富も名声も、失った愛しい人との時間も全て手に入る理想の世界だ。確かに次元を統括する際には、世界の全てが滅びる程の大打撃が襲うだろう。だがしかし、私に従属すれば何事もなかったように再生し理想郷の中で永遠に生きる事が出来る。さぁ選びたまえ。従属する事で得る幸福か、それとも従わずに刹那に滅びるのかを。賢い選択を期待している』
メッセージが流れた後、そのマスターDの男の映像は消えた。



~ユイ サイド~


朝食が終わって俺は部屋に戻った。
「やっぱり…何かおかしい…」
理性では分かっている。死んだ過去の人間がいるなどおかしいと。けれど心の底から嬉しかった俺にそれを完全に否定することは出来なかった。早く全員の所に戻らなきゃいけないと思う反面、いっそこの夢のような世界で生きるのも悪くないかもしれないと思ってしまう自分も僅かにいる。
「ふぅ…」
ベッドの上で仰向けになっていると

ｺﾝｺﾝ

ドアをノックされた。
「ん？」
「ユウ君、お話しいいかな？」
姉さんか。
「いいけど…」

ｶﾞﾁｬ

部屋に入ってきた姉さんの顔は曇っていた。
「やっぱり、心配になってね。ホントに大丈夫？」
「あ、ああ。なんとか…。ホント、明日の事で緊張してるだけで、別に」
などと取り繕うが、気まずい空気が漂う。
「…あ、そうだ。明日のデッキでもチェックしようかな」
俺は逃れるようにデュエルディスクが置かれた机に向かう。
「さてと…ん？」
しかし、これがさらなる混乱を起こす事になる。
「あれ？」
「ユウ君、どうしt…えっ！？」
俺のデッキは『救世者』だった筈。しかし、抜き取ったデッキは…
「ユウ君！これどうしたの？」
「さ、さぁ俺にもよく…」
デッキのカードには何も書かれていなかった。イラストやテキストはおろか、枠の色もない文字通りの白紙だ。
「誰かに苛められてカードをすり替えられたのね！？ユウ君にこんなことするなんて！」
姉さんはかなり興奮している。
「いや、たぶんちg」
「いいえ！学校の先生に連絡するんだから！」
姉さんはそう言って部屋を慌てて出ていった。残された俺は白紙のカードを眺める。『救世者』デッキ…だろうな。何故こんな事に…。そう考えようとしたら誰かの気配を感じた。視線をドアに向けると遊月と美羽が除き込んでいた。
「二人ともどうした？」
「あの…今お義姉様が部屋を出ていかれて行ったのですが…何か一大事が？」
「あ…いや、別に何でもないさ」
「そう…ですか」
遊月はふと安堵した表情を浮かべ、美羽が言葉を続ける。
「それなら…その、ユウが明日大事な用事っていうのは分かってるけど…その…」
少しモジモジした様子の美羽。見れば二人ともおめかししている。だいたい言いたいことは察したが敢えて黙っておく。
「根詰めるのもあれだし…私たちと、デートm」
「そうだな。一緒に行こう」
美羽が言い切る前に誘いに乗った。現状、何故過去の人間がいるのか、『救世者』は何故白紙になったのか、いくら考えても分からない。ならば気分転換で行くのも悪くないだろう。






二人とのデートはそれは楽しかったに決まっている。



一緒に買い物をした―
「ユウ様…この髪留めどうでしょうか？」
「ああ。似合ってると思うぞ。あ、美羽。お前にはこのシュシュなんかどうだ？」
「どれどれ？あ、ホントだ、可愛い」



一緒にゲーセンで遊んだ―
「あ、遊月、そっち行った！」
「はい！」ﾊﾞｼｭﾊﾞｼｭ
「あっ。二人とも上手、上手」



一緒にご飯を食べた―
「美羽の注文したヤツ美味そうだな。ちょっといいか？」
「うん」
「ユウ様…その…」
「遊月はアレだな。ほら、あーん」



やっぱり二人と一緒の時間は特別なのだと感じられた。デートの途中でやったことはそうだけど、ただ一緒に歩くだけでもこんなに幸せを感じられる。悩みも少しは飛んだ気がした。


夕方、家に帰ってくる。靴を脱いで仄かに香るのは…今夜はカレーか。リビングに入ると案の定カレーの香りがより濃くなる。
「あらユウおかえりなさい。遊月ちゃんと美羽ちゃんとは良い気分転換になった？」
「ああ。そりゃあもう」
「今夜は明日勝てるようにカツカレーよ」
「そうなんだ」
よく聞けば揚げ油のジュワーという揚がる豪快な音がする。
「ユウ君！聞いてよぉ」
「うわ、姉さん！」
「あれから３０回くらい電話したのにカードが白紙になったなんて、そんな訳ないって言うのよ！」
「そ、そうなんだ…」
「はっはっはっ。全く未来は過保護だなぁ」
「お父さん！可愛い弟がピンチだと言うのに何を悠長に！！」
「えっと、姉さん。その事だけど夕飯食べ終わった後にデッキ構築とテストプレイをしてくれないか？」
「え！？それはもう喜んで！！」
賑やかな家族の会話―。ずっと手に入らなかったものがこうして当たり前に存在する。こんな幸せ、ずっと続いたらどうなんだろう、そう思い始めた。




夕飯が終わってから姉さんとデッキ構築を行い、無事に完成した。明日に向けて早く寝なさいよとだけ言い残し、姉さんは部屋に戻った。


時計を見ればもう深夜１時を過ぎていたが眠気が全然来ない。外からは雨がザーザーと降る音がなだれ込んでくる。その時、不意にドアがそっと開いた。暗がりだがずっと暗闇の中で起きてて目が慣れた俺には誰なのか分かった。
「どうした、美羽、遊月」
照明のスイッチを押してぱっと部屋を明るくする。そこには美羽と遊月が背を低くしたままの姿勢で止まっていた。
「えっと…その…」
格好を見ると…なるほど。まず、二人はかなりの薄着だ。肌の露出も多くて…。
「その…デートの時の感覚で目が覚めちゃって…」
「それで…ご迷惑は承知の上ですが…」
二人がズイズイ近付く。ベッドに乗り、腕が触れ―
「じゃあ、美羽からな」
「…うん / / / 」
俺は仰向けに倒れ美羽が上に乗る。


家族に囲まれて笑い合い―

恋人と語らい求め合い―

そんな愛する人たちと紡ぐ幸せな時間―


手離したくない―

ずっとこの時間が続いたら良いのに―




そんな思いを巡らせながら俺はそっと目を閉じて美羽の唇を待つ。











刹那―声が聞こえた。






『ユイ！お願い、帰ってきて！！私もユイを支えるから！！！』
『ユイ様！囚われないで下さい！！もう一度、一緒に戦って下さいませ！！！』