第66話　楽しい催眠術教室　作：ター坊

黒タイツの集団もオベリスク･ブルーの襲撃もなく、落ち着いた時間が続く。戦国時代組もこちらの生活に慣れ始めた。
「ん？璃緒か。何読んでるんだ？」
「あらユイさん。実はこういったものを」
璃緒が見せてくれた本には
「なになに？『誰でもできる楽しい催眠術教室』？こんなのに興味あるんだ」
「いえ。折角ですし読んだことのないジャンルをと…」
「へぇ」
読書することのない俺には分からんが、時間がある状況だと色々読みたくなるのだろう。
「ところで本当にそれってできるのか？」
「さぁ…？やってみたい気もしますが、もし成功して皆さんに迷惑を掛けることになったら…」
「…いや。掛かっても大丈夫そうな奴に心当たりがあるぞ」
「はぁ…」



「お待たせ」
「…龍可さん？」
「あの、璃緒さん。何でしょうか？」
俺は催眠術の相手として龍可を連れてきた。
「あの…なぜ龍可さんなんでしょう？」
「あぁ。実は龍可の奴、喉の調子が悪いようでな。これを使う踏ん切りをつけたいと」
俺はそう言ってポケットからアレを取り出す。
「飴…ですか？」
「そっ。のど飴なんだが、漢方系のやつでな。その本の催眠術で甘く出来たら面白いなぁと」
「ユイさん。予想よりもハードルが高いような」
「あの…璃緒さん、お願いします。もし甘くならないにしても、喉を治さないと皆さんに迷惑掛けると思うので…」
「はぁ…。分かりましたわ。やってみましょう。けど、もし苦いままだったらごめんなさいね」

こうして璃緒の催眠術が始まった。
「それじゃあ、参ります」
璃緒の本ではこのような催眠術らしい。まずは催眠術を掛ける相手の目の前に紐を通したコインをぶら下げ振り子の要領で揺らす。
「龍可さん、貴女はだんだん眠くな~る」
なんだか漫画みたいな催眠術だな。こんなのが効くのかと思ったが、龍可は次第に目がとろんとなって体も前後に揺れ始めた。
「貴女は一度深い眠りに落ちます」
「……Zzz…」
…本当に龍可の奴、寝息を立てて眠ってしまった。最後の仕上げに暗示を１つ言い、手を叩いて目を覚まさせると催眠術に掛かってる、というのが本で紹介されている方法だ。
「それでは貴女が目覚めて最初に食べた物はイチゴの味がします。起きて下さい」

パンッ！！

「ん…？」
「ほら、龍可。のど飴」
「ありがとうございます」ﾊﾟｸｯ
本来ならこの味を好む子供はそういないだろう。
「どうだ、龍可？」
「…あれ？甘酸っぱくて美味しいです」
えーー！本当にか！？龍可はうっとりとした表情で飴を口の中で転がす。
「まさか、本当に効くとは…」

「おい、璃緒。なにやってるんだ」
「ユイも何を呑気にしている」
そこに現れたのは凌牙と黒咲だった。
「あぁ。ちょっと催眠術で盛り上がっていてな」
「催眠術？くだらんな。そんなものよりデュエルの腕を磨くべきだな」
「黒咲の言い分も最もだな。璃緒も遊んでないで…」
「…なんですって？」
あれ？璃緒？
「分かりましたわ。二人にも催眠術を掛けてみましょう！」
あれ？変なスイッチが入ったのか。負けず嫌いな所あるからな。
「おい、凌牙。お前の妹だろ。なんとか止めさせろ」
「あら黒咲さん？お逃げになるのですか？」
「なんだと？」
「まぁ、私の催眠術に恐れをなすのも無理もないでしょうけど」
「…ふん。くだらん挑発だが、乗ってやろう。掛けれるものなら掛けてみろ！」
黒咲はそう言って璃緒の前の席にどかっと座る。
「えぇ。よろしいですわ。…お覚悟を」
先程のように璃緒は黒咲の前でコインを揺らし始めた。
「貴方はだんだん眠くな~る」
「さすがに黒咲には…」
「そーだな。璃緒も馬鹿くさくなって止めるだろ」


しかし、俺と凌牙の予想とは反した方向の展開となる。
「……Zzz」
なんと黒咲が完全に目を閉じ熟睡し始めたのだ。
「さて、どうしてくれましょうか？」
璃緒の表情は色んな意味で生き生きしている。
「そうですわね…。貴方は目覚めると笑顔の絶えない人になり、どんなことでも笑います。起きて下さい」

パンッ！！

「っ！」
黒咲が目を覚ました。さて、結果は…








…ニコッ♪

あの黒咲が…笑った！？璃緒の催眠術、もはや本物と認めざるを得ない。黒咲自体、顔立ちが整っているから、この笑顔でホストとかやればイイ線行くだろう。そのくらい良い笑顔だ。
「さぁ。ユイさん。何か一発ギャグを」
「え！？このタイミングでか？えっと……教会行くのは、今日かい？」
「フッフ、アッハ八ハッハハ！！」
「あの黒咲がしょうもないダジャレで腹抱えて笑ってやがる！」
凌牙…しょうもない言わないでくれ…。それにしても笑う黒咲…凄いギャップだ。
「これが私の力です…わ…Zzz」
あれ？急に璃緒の目がとろんとなり、すぐ眠ってしまった。
「おい！璃緒！…どうしたんだ？」
「この本に何か書いてあるかも」
俺は本を開いて読み、ある項目を見つけた。


注意事項:
●催眠術をやり過ぎると掛けた本人も眠くなります。1日1回程度にしましょう。


…なにこれ？
「アハハ♪」
「黒咲が気味悪いんだが…。ユイ。その本に解除法とか書いてないか？」
「えっと…」


●途中解除は出来ません。10分程度で効果が消えるので待ちましょう。


「…だって」
「じゃあ、ずっとこのままか…」
俺と凌牙に残されたのは

まだ飴をなめ続けて幸せ気分な龍可

腹を抱えて笑い続ける黒咲

そして勝ち誇ったような満足した寝顔の璃緒だけだった。