side月詠：進む彼ら、止まった私　作：名無しのゴーレム

「あ、お帰り月詠～。」
「……ただいま。調査に進展は？」
「ん～、あんまり。でも場所も分かってるし、明日にでも乗り込むつもりだけど。」
「…………」


それは困る。神宮寺 郁哉の行動も早くて明日といったところだろう。まだ心希たちに動かれる訳には……


「心希、待ってください。」
「何かあったの？」
「……実は先ほど、スタンダードのデュエリストと遭遇しました。」
「……へぇ、それで？」
「私は彼がセキュリティの1人と一緒にいるのを目撃しました。もし彼らが情報を共有していて、さらにこちらを撹乱しているとしたら……？」
「……なるほど、裏切り者ね。じゃあ向こうさんに調べてもらって、それで……」
「心希はそちらをお願いします。私はその場所へ。これなら、もし罠でも対応が効くでしょう。」
「うん、分かった！ 任せたよ～！」
「……はい。」


……無論、神宮寺 郁哉と共にいるセキュリティを見たなんて言うのは嘘だ。こうでもしないと、心希の足を止めることは出来ない。


「もうこんな時間だね。おやすみ～。」
「お休みなさい。」






次の日、私は早くから行動を開始した。目的地まではやや距離がある。出来るだけ早く赴き、事実を明らかにしなければ……




「……ここ、ですか。」


ここには元プロデュエリストが住んでいるという。彼、そしてその同居者が日向と行動を共にしているらしいが……


バァァァン！！


「……？ 今のは一体……」


爆音の後、音源らしき建物が少し崩れた。普通ならばこんなことは発生しないだろう。となると……


（心希……はない。ならセキュリティ？ いや、彼らがここまでする理由もない。なら誰が？）


……入ってみるしかないか。意を決し、音のした方へと向かう。そこには……




「……敦人、日向！！」


日向は倒れている男性に寄り添い、敦人はそれを見ている……ように見えた。まさか、さっきの音は……


「月詠！」
「……はあ、見つかっちゃったか。心希もいるのかい？」
「いいえ、私だけです。……敦人、どうしてアカデミアを裏切ったんですか？ 私たちにはあそこしか居場所が無いというのに……」
「……それは、月詠がそう思っているからだよ。やろうと思えば、僕たちはいつでも自由になれた。今からでも、一緒に来ないかい？」
「…………」


私がそう思っているから……だから、私にはアカデミア以外の居場所が無い……？


「……私は、今の居場所に満足しています。だから、あなたと一緒に行く気はありません。」
「……残念。でも僕はそうじゃない。アカデミアを脱出して、そして……ところで君、誰？」


……？ 敦人の見る方を振り向くと、そこには……


「行くぞ、美愛！」
「は、はい！」


いつの間にか現れた神宮寺 郁哉が日向を連れて外へと走り出していた。やがて、2人は出口にたどり着いた。


「……あーあ、行っちゃったか。」
「……追いかけなくていいんですか。」
「別に。目的は彼らじゃないし、早くあれを見つけないといけないからね。」
「……先ほどの衝撃、神のカードを使ったのですか？」
「察しがいいね。正解だよ。」
「マスターも言っていたでしょう。神のカードは使用者に多大な負担を与えます。さらに、強靭な精神の持ち主でなければ……」
「神のカードに呑まれる、だろ？ そんなこと、覚悟の上さ。僕は3枚の神のカードを揃える。その力があれば、1人でアカデミアを敵に回すことだってできる。……さて、と。じゃあ2枚目を探しに行きますか。」
「……！！ まさか、ここに神のカードが！？」
「その通り。じゃあね月詠。」


敦人は身を翻し、瞬く間にこの場から姿を消した。


「……神の、カード。」


今から追いかければ敦人に追い付くことは可能だ。でも……


（……敦人も、日向と同じようにアカデミア以外の居場所を見つけようとしている。それを、私が止めてもいいの……？）


物心ついたころからずっとアカデミアにいた私には、今まであそこから離れるという考えを持つことはなかった。それでも、私の仲間たちは新たなる場所へ羽ばたこうとしている。それを止める資格が、今の私にあるのか？


（……帰りましょう。日向も、もうここには戻って来ないはず。なら、これ以上私がすべきことはありません。）


そんな思いを胸に、私はその場を立ち去った。敦人は2枚目の神のカードを手に入れるだろう。そんな彼を、心希たちは捕らえることが出来るのだろうか。





「……戻りました。」
「月詠、お帰り～！ 聞いて聞いて！ 月詠の情報のおかげで裏切り者が見つかったんだよ！」
「…………え？」


そんなはずはない。あの証言は私の出任せだ。……まさか、本当にそうだったのか？


「……詳細を。」
「もちろん！ あのね、実は……」


心希からの話を総合すると、セキュリティの1人が最近少年たちを自宅に過ごさせ、捜査情報を利用して匿っていたらしい。少年たちというのは、神宮寺 郁哉の一派のことなのだろうか……


「……それでね、だから今、そいつを取っ捕まえて尋問中なんだって！ うまく行けば目障りなスタンダードのデュエリストも始末できるよ！ いや～、これも月詠のおかげだね！」
「……そうですか。」


……駄目だ。今神宮寺 郁哉が捕まるということは日向も見つかることを意味している。でも、一体どうすれば……


「……心希。私も朝からの調査の報告を。日向は見つかりませんでしたが、代わりに敦人を発見しました。」
「ホントに！？ へぇ～、たまたまだと思うけど、結果オーライかな。それでどうしたの？」
「……彼は、マスターから盗んだ神のカードを使っていました。そして今ごろ、この次元の神のカードも……」
「……なんで止めなかったの？」
「敦人は神のカードを持っているんですよ？ 安易に止めようとするよりも情報を持ち帰るべきだと判断しました。」
「……うん、なるほど。」
「……率直に言って、今の敦人の危険度は他のすべてより遥かに高いです。まずは敦人の確保を優先すべきだと思います。」
「……一理あるね。なら、月詠はどうすべきだと思う？」
「……私と心希、セキュリティの精鋭で敦人の捜索を。残りでスタンダードのデュエリストの捜索。こんなところでしょうか。」


安易にすべての戦力を敦人に向けると言えば怪しまれる。この辺りが落とし所か……？


「……ん～。じゃあそうしよっか！ 連絡しとくね！」
「ありがとうございます。」


心希がさっそくセキュリティに連絡を入れる。こちらの息がかかっているセキュリティの数はそう多くはない。敦人の方に人数を回せば、もう片方には必ずボロが出るはずだ。そこは彼らに頑張ってもらうしかない。念のために……



心希が電話をしている間を見計らって、私は拠点を出た。神宮寺 郁哉に連絡をとるためだ。


「……神宮寺 郁哉ですか？」
『……天宮 月詠か。何の用だ？』
「よく聞いてください。セキュリティの1人があなたたちと一緒にいませんか？」
『……心当たりはある。何があった？』
「彼がセキュリティに拘束されました。今尋問されていて、もしかすればあなたたちの情報が漏れる可能性があります。また、その方の家にセキュリティが突入するとのことです。今、あなたはどこに居ますか？」
『……そこには居ない。だが……』
「日向――美愛は？」
『俺と一緒にいる。』


……よかった。取り敢えずはひと安心だ。


「美愛のこと、よろしくお願いします。」
『……頼まれなくても美愛は俺が守る。引き続き、情報が入り次第連絡を頼む。』
「分かりました。それでは。」



……これで、ひとまず日向の安全は確保された。後は敦人だが……



（……神のカードを操る敦人を、私たちで止められるの？）


……どうなるか分からないが、心希の手にかかるようなことは阻止しなければならない。当人同士がどう思っているのかは分からないが、私にとっては大事な仲間。仲間同士が戦うなんて、絶対に避けなければならない。再び決意を固め、私は心希の待つ拠点に戻ったのであった。