side京子：いろんな想い、一つの願い　作：名無しのゴーレム

「……さて、私たちの方も始めるとするか」



お兄さんのお姉さん……杏さんが唐突に切り出した。



「え…………？」
「……始めるって、どういうこと？」
「決まってんだろ……私たちに出来ることだ。あいつ自身には干渉出来なくとも、あいつの力を削ぐことは可能だからな」
「杏……何をするつもりなんですか？」
「……『器』をあいつから引き剥がす。そうすれば、あの化け物じみた力もなくなるはずだ……」
「器を、引き剥がす……ということは……！！」
「あの子を……風子を、助けるってこと！？」



え……美愛を、助けられるの！？



「とりあえず、クレアの研究所に向かうぞ。……あそこに行けば、お前たちも大体のことは分かるはずだ」
「け、研究所……？」
「……つっても、全員でってのはさすがに無理か。……おい、そのバイクには何人までなら乗せられる？」
「え？ ええと……人にもよるけど、私を含めて3人くらいなら、何とかなるかな……」
「そうか。……シルビア、神谷の……そこに倒れてる男の世話をしてやってくれ」
「杏！？ シルビアを、彼と2人きりにするつもりなんですか！？」
「ああ、そうだ……安心しな、そいつはもうロクに動けやしない。……だろ？」
「……まあ、少なくともあなたの考えていることの役には立てないでしょうね……お言葉に甘えて、僕はここで休ませてもらうとしましょうか……」
「よし、じゃあ行くぞ！」
「ま、待ってください！」



杏さんの号令に、涼花が待ったをかけた。



「……何だよ涼花。言っとくが、あんまり時間の余裕は……」
「どうして、誰も触れないんですか！？ そこにいる彼女はアカデミアです。なのに、何故共に行動しているんですか！？」
「…………」
「違うよ涼花！ 月詠は、美愛を助けるためにアカデミアと闘ってるの！」
「！？」
「……そうよ、涼花ちゃん。月詠ちゃんも、私たちと同じなのよ……」
「…………なら。どうしてあの時、あの子を……望を、アカデミアに連れ去ったんですか！！」
「っ……！！」



嘘……まさか、月詠が……！？



「……あなたのせいで、こんな事態が起こったのではないのですか？ その事実を、私が見過ごすとでも？」
「…………確かに、それは紛れも無い事実です。でも……今は、本当に後悔しています。こんなことになるのが分かっていれば、私は……」



月詠……



「……彼女を助け出すことが出来たなら、もうそれ以上は望みません。2度と会えなくとも…………ですから、お願いです。彼女を助けるのに、力を貸してください……！！」
「…………」
「……なあ、涼花。別にそいつのことを許してやれなんて言うつもりはねえ。けどよ……今のそいつを、信じてやれよ。お前だって本当は分かってるんだろ？」
「…………っ、でも……！！」
「……ねえ涼花。私、思うんだ……」
「……京子……？」
「私も涼花も月詠も、そして風音さんだって……みんな、全然違う場所で全然違う生活をしてた。でもね……それでも、今願ってることは同じなんだよ。たった1人の女の子を、大切な人を……助けたいんだよ」
「っ…………」



……そのまま、涼花は黙り込んでしまった。



「……じゃあ、さっさと研究所に……」









「ハァ、ハァ、…………キヒヒ。裏切り者、見ぃつけたぁ……！！」



！？ 今にでも途絶えてしまいそうな、でもこれ以上ないくらい怒りに満ちた声を上げながら……彼女は、ゆっくりとこちらへ歩いて来た。



「……！！ な、なんで……どうしてあなたがここに居るんですか、心希！？」
「……キヒヒ、お前もマスターを裏切ったんだぁ、月詠……許さない、許さないぃ！！」
「待って心希！ そんな身体で動いたら、あなたが……」
「黙れぇ！ ……消してやる。敦人もお前も、みんなみんな私が消してやるッ！！」
「……心希……」



時に倒れそうになりながらも、彼女は月詠の説得に耳を貸そうとはしない。



「…………まったく。どこまで馬鹿なら気がすむんだよ、お前は……」
「あ、敦人！？ 駄目です、無理に立ち上がっては……」
「……馬鹿、だと？ まさか、私のことを馬鹿って言ったの？」
「お前以外に誰がいるんだよ……っ、もう霧生 奈緒は、お前のことなんて必要としちゃあいない。……捨てられたんだよ、お前は……」
「！？ ふ、ふざけた事を言うなぁ！！ マスターが私を捨てるなんてこと、あるはずがない！！」
「……やっぱり、お前は大馬鹿野郎だよ……だけど、僕もお前と同じ大馬鹿野郎だ。だから……」



ふらふらと体を揺らしながら、敦人さんはデュエルディスクを構える……



「……さあ、かかって来いよ。お互いそう長くは保たないだろうが、最期までお前の馬鹿に付き合ってやるさ。……それが、僕なりのケジメって奴だ」
「ケジメぇ？ キヒヒッ、何言ってるの？ お前は私が跡形もなく消し去ってやるんだ、マスターを裏切った罰としてなぁ！！」
「……ハッ、出来るもんならやってみろよ。……月詠、早く行け。君は、僕たちみたいな大馬鹿野郎にはなるんじゃないぞ……」
「敦人……！！」
「……お前ら、行くぞ！ そこの3人はバイクに乗れ！」
「は、はい！ ……でも、あなたと涼花は！？」
「心配すんな！ ……涼花、しっかり掴まってろよ！」
「え？」



杏さんに従って風音さんのバイクに乗り込んだ私と月詠。そこで、私たちが目にしたものは……

















––––敦人さんたちを残したまま、私たちは研究所へ向かった。バイクに3人乗りというのはちょっと無理があるような気もするけど、それ以上に気になるのは……



「ねえ、あの人って本当に人間なの？」
「……どうなんだろう」
「……少なくとも、彼女は単身でアカデミアに大打撃を与えた驚異的なデュエリストではありますが……」
「いや、そういう問題じゃないでしょうに……フルスピードではないとしても、D・ホイールと並走してる時点でおかしいんだけど……」



……まあ、それはいいとしても……



「〜〜〜！！？？」



「……大丈夫かな、涼花……？」
「いや、あのスピードで走ってる杏さんに抱えられてるからね……」
「……！？ 2人とも、あれを見てください！！」
「ぇ……！？」



月詠が指差した先は、進行方向そのまま……そこには、黒い『ナニカ』が群がっていた。



「な、何あれ……」
「……やべぇな、『アレ』が来ちまったか……このまま突っ込むぞ！」
「え！？ それ、本当に大丈夫なんですか！？」
「問題ねえ！ おら、もっとスピード上げろ！」
「っ、もうどうにでもなりなさい……！！」



風音さんが半ば自棄気味にバイクの速度を上げていく。すると、すぐ目の前にまで『ナニカ』が迫って……



ｸﾞｼﾞｭﾘ



「…………？ 嘘……今、完全に当たったわよね？」
「そ、そう見えたけど……でも全然感触がなかったっていうか……2人は！？」



後ろを振り向くと、そこにはやはり無理矢理突き抜けたであろう杏さん（と涼花）。生身で、しかも走って……



「……たぶん、あれが研究所よね……」
「で、でも……」



目的地の目の前で私たちは停止した。今すぐにでもこの中に入りたい、けど……



「これは……次元の狭間？」



研究所への入り口を塞ぐように、つい先ほど目にした異質な割れ目がそこにあった。



「っ、これじゃあここから先へなんて進めやしないじゃない！」
「安心しろ。こうなってるのはこの場所だけ、つまりここを突破すれば研究所の中に入ることは出来る」
「……それでも、ここを突破する手段はもうないのでは？」
「そのためのこいつだ……涼花、そろそろ目を覚ましやがれ！」
「…………、ん……っ！ ここは！？」



……涼花、気絶してたんだ……



「寝ぼけてんじゃねえ。……お前たちはNo.の力で研究所に入れ！」
「ぇ……？」
「……ああ、もう！ 涼花に状況の説明をしてやれ！ 私は奴らの足止めをする！」
「奴ら？ ……！？ 杏、あれは……！！」
「何だ涼花、『アレ』を知ってるのか？ ……奴らは『修正者』、世界に決定的な破滅の危機が訪れた時に現れて、その世界を完全に抹消する。……まあ簡単に言えば、世界規模の掃除屋ってことになるな」
「……ってことは、この世界が……！？」
「ああ。恐らく奴らの狙いはこの研究所の中にいる『器』だろうな。……だが、奴らを行かせたら『器』は間違いなく『修正』される。だから……奴らは私がどうにかする、その間にお前たちで救い出せ！」
「杏、無茶です！ 『アレ』は杏一人の手に負える相手ではありません！」
「そんなこと言ってる場合じゃねえんだよ！ ……ハッ。今更、私が無茶くらいで止まるとでも思ってんのか？」



杏さん…………



「……涼花、早く美愛を助けに行こう」
「京子！？ あなたは杏を見殺しにするつもりなんですか！？」
「そうじゃないよ！ ……早くしないと、全部手遅れになってからじゃ駄目なんだよ！」
「……涼花ちゃん。私たちが今出来ること、しなきゃいけないことを思い出して。あの子を助け出す……そのために、杏さんはこの場を引き受けるって言ってるのよ？」
「……こうしている間にも、霧生 奈緒と闘っている彼らは危機に陥っているかもしれません。彼らを助けられるのは、私たちだけなんですよ……？」
「っ…………杏、お願いです。必ず、無事でいてください……！！」
「……当たり前だ。お前らこそ、しくじるんじゃねえぞ！」
「……はい！ お願い、銀河眼の光子竜皇、銀河眼の時空竜！」



次第に私たちの周囲が光に包まれていく。ようやく、美愛のところに…………










「……待ってて、美愛……！！」